国粋主義的なヘイト団体は、現在はクルド人を標的にしている。母国の保護もなく、日本社会で小さなコミュニティしか築けない彼らは、格好の攻撃対象なのだろう。だが、多くの分野で外国にルーツを持つ人たちが働いていることを見れば、排除ではなく、ともに日本社会を機能させていく一員とみるべきだし、理にかなっているのではないか。
前回の記事はこちら【ジャーナル】在日クルド人問題は日本社会の試金石(上)
偏見と差別を煽る書き込み
1990年代、ブラジルやペルーから多くの日系人がデカセギに来日した。生活習慣上のトラブルは、日系人が集中した群馬県大泉町、太田市、静岡県浜松市、愛知県豊田市でも起きていた。だが、こうした地域では行政、民間が協力して積極的に共生策が取られてきた。しかし、川口市、蕨市ではそうではなかった。その間隙を突くように2009年からヘイト団体が活動を開始した。
「国粋主義的な団体が、フィリピンの家族をターゲットにして、日本から出ていけとデモをし、当時、中学生だった女の子が通う中学校の門まで押しかけてヘイトスピーチを行ったんです」(市民団体「在日クルド人と共に」代表の温井立央[ぬくい・たつひろ]さん)
最初のターゲットはフィリピン人の一家だった。
それからまもなく、団体は新宿区大久保で在日コリアンを攻撃するヘイトデモを展開し、2013年ころからは在日コリアンが多く暮らす川崎市でヘイトデモを繰り返すようになった。
過激なヘイトスピーチに対して、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」が成立したのは、2016年6月3日だった。川崎市は2019年にヘイトスピーチに刑事罰を科す「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」を成立させた。
「川崎市での取り締まりを受け、ヘイト団体は中国人が多く住む川口市、蕨市でデモを行うようになり、ターゲットは中国人でした」(温井さん)
ではいつからクルド人にヘイトの矛先が向けられるようになったのか?
前回の記事に書いたように、入管法が2023年6月に改正され、三回以上の難民申請者は強制送還が可能になった。これを受け川口市議会は、2023年に「一部外国人による犯罪の取り締まり強化を求める意見書」を政府、埼玉県知事、警察関係に提出している。
「多くの外国人は善良に暮らしているものの、一部の外国人は生活圏内である資材置場周辺や住宅密集地域などで暴走行為、煽り運転を繰り返し、人身、物損事故を多く発生」と指摘した。この頃からクルド人に対する偏見と差別を煽るような書き込みがインターネット上に流れるようになった。
クルド人社会で発生したトラブルもヘイトの激しさを増す契機となった。2023年7月、クルド人同士が女性問題を巡って争い、刺傷事件に発展、殺人未遂容疑で7人が逮捕された(7人はいずれも不起訴処分)。負傷したクルド人が搬送された市立医療センター前に、容体を案じた加害者、被害者双方の親族など約100人が集まり、一時騒然となった。
11月にはトルコ政府が、日本のクルド人組織「日本クルド文化協会」の幹部6人を「テロ組織支援者」とし、トルコ国内での資産を凍結した。しかしトルコ政府からは、6人がテロ組織とされるクルディスタン労働者党(PKK)のメンバーである証拠の提示や、日本から資金援助が行われていたという事実の証明はない。
それ以降、「クルド人は難民ではなく出稼ぎの不法移民」「クルド人を強制送還しろ」「クルド人は犯罪集団」「クルド人が暴れ埼玉県人が困っている」といったヘイトスピーチがSNSで拡散した。不安感をもたらすものすべてがクルド人によって引き起こされているような印象が市民の間に浸透していったと見られる。
2024年、川口市、蕨市ではヘイトデモが執拗に繰り返された。2025年の参院選では「日本人ファースト」を掲げる政党が躍進した。選挙後、埼玉県の大野元裕知事が、日本とトルコとの査証免除協定の一時停止を要望する考えを表明した。
「埼玉には難民申請を繰り返しているトルコ国籍の方が多く滞在しており、それに対する不安が寄せられていることが大きな理由だ」と査証免除の停止を求める理由を説明した。そして「治安が不安定化しているファクトはあまりないが、治安に対して不安感を抱いている方が多い」とも述べている。
怯えるクルド人
埼玉県警が2024年に検挙した全ての刑法・特別法犯のうち外国人は1125人(全体の8.8%)。最多はベトナム国籍の398人(3.1%)、トルコ国籍は51人(0.4%)。クルド人が特別多くの犯罪を引き起こしている事実はない。県民を「不安」にさせているのは、SNSで拡散しているヘイトスピーチに大きな原因があると思われる。
「在日クルド人と共に」事務局にはクルド人を非難する手紙やメールが届き、電話もかかってくる。ある日本人女性は「このままではクルド人に襲われる。恐ろしくてたまりません」と泣きながら電話をかけてきた。
「クルド人にまつわるフェイク情報を鵜吞みし、そうした情報ばかりに目を通していたようです」(温井さん)
差別と偏見を煽るフェイクを規制するのが行政の役割だが、現在までのところ、川崎市のような機能は埼玉県、川口市には期待できそうにもない。川崎市は刑事罰付きの条例でヘイトスピーチ、ヘイトクライムに厳しく対応してきた。
川口市では、クルド人の小学生に中年の日本人男性が暴力を振るい「法律がなければ殺してやる」と脅迫する事態も発生している。クルド人は怯え切っている。
クルド人の状況を自らも「難民」の一人として見つめてきたのが、1993年4月、新東京国際空港に降り立ったアリ・アイユルディズさんだ。トルコでは18歳になれば徴兵される。出国の動機は徴兵から逃れるためだ。「クルド人を制圧する現場に派兵されたくなかった」と言う。
アリさんは時給630円のアイロンをかける仕事を埼玉県で見つけた。一日1000円の寮費を支払い、そこで息を潜めるようにして生活した。しかし入管法違反で1998年に逮捕された。そのまま東日本入国管理センターに収容され、2001年6月まで3年3ヵ月にわたって拘束された。
その一方で、難民申請を行ったが却下された。その処分取り消しを求める訴訟を2001年に東京地裁に起こした。最高裁まで争ったが、2006年に棄却されている。同様の裁判を09年にも起こしたが、結局、控訴審判決も棄却で、判決は確定した。
アリさんは五回目の申請中だった2008年10月に日本人女性と結婚し、現在まで婚姻関係が維持されている。しかし判決には結婚生活はいっさい考慮されていない。
「仮放免中の結婚は、査証を取得するための偽装結婚のように思われてしまう。日本政府は、トルコ政府とまったく同じだ。安倍内閣以降、オーバーステイの外国人への対応はいちだんと厳しくなったように感じる」
現在七回目の申請が行われている。アリさんが申請したのは、「三回目以降の難民申請は強制送還の対象」という改正入管法が施行される直前だった。その結果はまだ出されていない。しかし、難民申請が認可されなければ、アリさんも強制送還の対象となる。
「妻は精神的なストレスで二年前から心療内科で治療を受けている」
アリさんの周囲にも、日本での生活を諦めて帰国する者が少なくない。父親が強制送還されてしまえば、子どもたちに留学の査証、あるいは日本生まれの学齢期の児童に特別在留許可が与えられ、日本に残れたとしても生活は不安定になり、査証が更新されるとは限らない。
「知り合いの子どもの中には、高校を卒業し、保育士、介護福祉士を目指し、資格を取得した者もいる。でも、就労可能な査証に切り替えができなければ、日本で働くことはできない」
結局、クルド人一家は苦渋の選択を迫られ、日本を離れることになる。
鈴木馨祐法相は「護送官付き国費送還(強制送還)の実施を強化していくことで、自発的に帰国する方が増加する効果が期待できる」と語っている。
現在のやりかたは政府の思惑通りに進んでいるということだろう。しかし、それは迫害される恐れが高いトルコにクルド人を追いやることであり、日本で育ったクルドの子どもから夢を奪うことでもある。
攻撃しやすい存在
SNSで拡散されているフェイクは無数にある。その中で外国人、あるいは移民を排斥、排撃する主だった理由の一つは、外国人の流入が日本の治安を悪化させているというものだ。
2025年6月の在留外国人数は過去最多の395万6619人だ。日本の総人口に対する在留外国人数は3.2%を占める。「警察白書」によれば、在留外国人数は2013年が212万1831人で、外国人の刑法犯での検挙人員は1万552人。2023年が341万992人で、検挙人員は9726人。人口は約1.6倍に増加しているが、外国人による犯罪は減少傾向にある。
生活保護も外国人は受給しやすいというフェイクが飛び交う。2023年度における外国籍の受給世帯は4万7317世帯で、全体の2.87%だ。在留外国人数は全人口の2.75%、しかもすべての外国人に受給資格があるのではなく、生活保護の対象となるのは、永住者、定住者に限られる。技能実習生や留学生は対象外で、受給資格があるのは在留外国人の四割程度だ。決して外国人が優遇されているわけではない。
「クルド人で生活保護を受給している人などみたこともない」
アリさんが語気を強くして語った。
外国人労働者が低賃金で働くから、日本人の賃金が上がらないと、外国人を排斥する書き込みも多い。外国人が低賃金で働いているのは事実だ。技能実習生は「現代の奴隷制度」と揶揄されている。しかし、賃金が上昇しないのは、非正規雇用を拡大するなどの政府の経済政策の失敗が大きな原因だ。
一部の者たちが抱える社会に対する不安、鬱積が、ヘイトとなってクルド人にぶつけられている。
「なぜクルド人なのか。彼らはトルコという国家から排斥され、後ろ盾がない。コミュニティも小さい。攻撃しやすいのでしょう。彼らの意見は、レイシストたちによってかき消されてしまい、排撃の対象になっているとしか思えない」(温井さん)
在日クルド人らは疲れ果て、日本に失望して、トルコに戻っていく。
2025年7月、全国知事会で外国人問題も議題に上がった。知事会は、地方の労働力不足は深刻で、外国人労働者の必要性を訴えた。自治体の多文化共生政策への経済支援などは急務で、外国人との共生を進めるための基本法が必要だとしている。
介護や建設など日本人が敬遠する労働現場には外国人労働者が多く従事している。クルド人も解体業を担っている。外国人労働者が一人もいなくなれば、たとえば老人介護施設はどんな状態に陥るのか。居酒屋、コンビニは無論のこと、農業、漁業にも技能実習生が多く就労している。エッセンシャルワークを維持していくために、すでに外国にルーツを持つ働き手は不可欠だし、定着しつつある。排除に躍起になるのは時代錯誤だ。
その意味でも、在日クルド人の問題は、日本社会に突きつけられた試金石といえる。
(了)

たかはし・ゆきはる 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後、ブラジルへ移住。1975年から三年間、サンパウロで発行されている邦字新聞パウリスタ新聞社(現・ブラジル日報)勤務。1978年に帰国後、ノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼のペンネームで小説も執筆している。1987年、『カリブ海の「楽園」』で第6回潮ノンフィクション賞受賞。1991年、『蒼氓の大地』で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。日系移民の歴史、在日外国人問題、臓器移植など幅広いテーマで執筆している。小説に『天皇の船』『国籍不明』など多数。最新刊に『褐色の血―混濁の愛』(上)、『褐色の血―彷徨の地図』(中)があり、『褐色の血―ヘイト列島』(下)も近日発売予定(幻冬舎)。
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