【BOOKS】堀田孝之著/『こども天風哲学』◎松永裕衣子

〝心の元気こそが、すべての源 

 明治生まれの思想家・中村天風先生こと中村三郎氏は、自らの死病を克服してインドで体得・確立した「心身統一法」を世に広めたことで知られる。 
 心身統一法とは、ひとことでかんたんに述べるなら、「心を積極的にするための実践法」だといえる。川の流れにたとえると、心は川上、体は川下にあたり、どんな場合でも心は積極的にしなければならない。人生で何があろうとも、尊く強く正しく清く生きること。人間は本来誰しも幸せに生きられる、そういうふうにできている、という教えだ。 

 本書はタイトルにあるように、これまでこどもが接する機会の少なかった天風哲学の要諦を、44の項目に分けて分かりやすくまとめたもので、先生自身のことばとその訳、こどもの目線に立った著者からの応援メッセージと解説から成り立っている。 
 天風先生の教えは時に難解といわれることがあるが、実際はとてもシンプルだ。といって、誰にでもすぐ実践できるわけではない。たとえば天風会の誓詞にある「怒らず、怖れず、悲しまず」(三勿)や「正直、親切、愉快」(三行)は、一見平凡な単語の羅列のようにみえる。それらがどんな変化を心身にもたらすのか、字面からだけでは分からない。つねに己を振り返り、強い意志で日々心新たに努めることで初めて教えは意味をもち、現実となる。 

 先生が残した有名なことばに、「人間の健康も、運命も、心ひとつの置きどころ」がある。本書ではこれを「どんな人生になるかは、心でなにを思うか、なにを考えるかで決まる」と訳している。きみが心のなかで思ったり、考えたりしたとおりに、きみの人生はつくられていく。正解は「次は必ずできる!」だよ、と。それは本当かと疑われるだろうか。けれど決して理想を語っているのではなく、事実を述べているにすぎないのだ。 
 また、「心というものは、万物を産み出す宇宙本体の有する無限の力を、自分の生命の中へ受け入れるパイプと同様である」は、著者のこども訳では「心を積極的にすれば、宇宙が持つ無限の力をチャージできる!」となる。ぼくたちの心は、人間を含めたすべての自然を作り出したパワーとつながっている。ぼくたち人間も大自然のなかの一部なのだから、と平易なことばでそのエッセンスを伝えている。 

 人間の心や体は生きるために与えられた道具にすぎない、とも先生は述べている。ユニークなのは人間の命を扇風機にたとえている点で、扇風機本体が体、電源が心、電気が命にあたる。人間の本質は「気」(先生のいう「先天の一気」)であり、いつでも外から根源的エネルギーを取り込むことができるという見方は、あくまで主体は自分と考える窮屈さから人を解放してくれるものではあるまいか。 

 天風先生の教えは、とりわけ病んでいる人、逆境にある人、不運な人など、現在苦しみを抱えている人の心に響くことが多い。作家の宇野千代さんもその一人だった。十年以上まったく書けない状況だった宇野さんは、最晩年の天風先生に出会い、ある日また書けるようになったという。「ただの四年間でも、先生の薫陶を享けられたということは、何と言う仕合せであったろう。この四年間に、私は自分でも信じられないほどの変り方をした」と宇野さんは述懐している。 

 天風先生はいわゆる辻説法によって、現在の天風会(中村天風財団)へとつながる活動を開始し、数多くの名言を残した。そうした講話のなかから、宇野さんが先生の語り口調を生かしてまとめた『天風先生座談』は、下記の二見書房のほか廣済堂出版、中央公論社などによって版が重ねられ、広く読まれている。同書と並び、天風思想の基本を学べる本書は、初めての一冊にふさわしい書と言ってよいだろう。 

こども天風哲学 』 

堀田孝之 著
オレンジページ 1650円(税込) 

著者略歴

堀田孝之[ほった・たかゆき]  ブックライター・書籍編集者。1984年生まれ。いくつかの出版社で書籍編集に従事。中村天風財団「天風会」の元理事長・合田周平氏の書籍の編集・執筆協力に携わり、天風哲学の神髄を学んだ。35歳で独立後、ブックライターとして活動開始。2024年に発表した合田氏との共著『決定版 中村天風の教えがマンガで3時間でマスターできる本』(明日香出版社)では、難解な天風哲学をやさしい文章にまとめてスマッシュヒットした。本書は、「こども向け」に特化した初めての中村天風関連書籍となる。

松永裕衣子

こちらの本(↑)もおすすめです。 
天風先生座談』(宇野千代著/中村天風述、二見書房、1986年) 

まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。

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