月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【連載】投稿の広場◎マーサ・ナカムラ——第18回

「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、その一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2025年1月16日から2月10日の募集期間に投稿された四十篇の中から選考を行い、四十篇すべてにマーサさんからの講評をいただきました。 

クリックすると拡大します
クリックすると拡大します
クリックすると拡大します

いちごジャムの詩  あられ工場 

マンションの中央で螺旋を描く非常階段 

時刻は午後6時
立ち話をする母親の後ろに子どもたち

8階から 
渦巻く非常階段の隙間を 
のぞいている 

突然、室内へ駆けていく子ども 
再び母親たちの隙間を通り抜け 
外へ飛び出す 

話し込むふたりの母親は 
疲れた顔をしている 

階段の隙間へ 
いちごジャムが入った瓶を差し出す 
時刻は午後6時 

日が暮れたこの時間 
よく見えないけれど 
階段下には駐輪場がある 

小さな手が緩み 
いちごジャムの瓶は 
垂直に落下する 


あっ 
子どもが小さく発した声で 
振り向くふたりの母親 


数秒後に破裂音 
ガラスの瓶は地面を直撃し 
中身が飛び散る 

慌てて階段から身を乗り出し 
下を覗く母親 

日没とともに 
交通量は増え、車の走行音は大きくなる 
ヒューヒューと北風が吹く 

止まってしまった時の中 
ふたりの母親は顔を見合わせる 
子どもたちの動きも止まる 

母親と子どもの隙間から 
湧き起こる 
行きどころのない感情は 

マンションの 
壁にぶつかり 
跳ね返り 
また壁にぶつかり 
跳ねっ、返る



我に帰った母親たちは 
瓶の破片を拾い 
飛び散ったいちごジャムを集め 

それぞれに 
家のドアを閉める 

二連目と六連目に出てくる「午後6 時」の「6」は時計回りに90 度回転(前出の縦書部分参照) 

クリックすると拡大します
クリックすると拡大します
クリックすると拡大します

◇  更科 憬 

否、くぐったら離れるしかない。
左胸に彫られたAjtósi、足りない
からと肉厚温厚な手の代わりにそ
れを着衣しようとしている。日ご
と割れゆく背中の痛みは、ひどく
捩れたこの身に相応しく、この世
界ではもう))二重)))三重と輪郭を増や
す月しか見えない、守りの盾とし
て使えるのか、削れても残るのか、
しばし立ち止まって考えてみるが、
いくら満ちたとて暈やかして、溶
かさず気配の希釈が無難だろう、
夜の灯りのひとつひとつが安寧で
あるようにと、懐中時計、左肩を
起始として内外うちそとの曲線に沿いなが
ら前腕へと流れゆくマネーローズ、
袖口から咲きこぼれ、捧ぐ、小指
が曲がったまま修道士の長頭巾に
似せた背を被り、丸く、深く、跪
く。硬くて強張る、こんなにも冷
たいそびらと言われ、この右に置かれ
た貝殻を囲むように紫の小さな月
を六つ浮かべる、七日もすれば消
えることを拒み、黄ばんでひとつ、
残る。痛めば「ある」を知り、そ
の見えない波に、彫る勇気のない
まま悲しくない網を静かに放つ、
プライミング、概念の海から引き
あげられたもの、誓いなのか罰な
のか、まとわりつくものすべてに
剣を深く、刃毀はこぼれするほど突き刺し
て塗りつぶしてしまいたい。転写。
息苦しく横たわるマグリット、誰
もが願う幸せな航海賑わう航路、
かなわない、つたう手もなく逃げ
込んだ岩戸に引き波だけが時間差
で足元、今今までずっと私を成し
てきたものが冷えた足の指先から
小さくこぼれてゆく崩れてゆく周
縁で薄べったく残骸する個体のま
ま。トルソーには浮かばないはず
のドロップ、怒涛、触れて負荷、
すぐさま五文字に還っては、ほん
のわずかな質量を含み、震えもせ
ずただ真っすぐ底へ凪ぐ、鱗、何
を当てはめる、せめて自由であれ、
祈る手もないまま、只、仰ぐ。巻
き肩で、巻き貝になったようにあ
の時の波を抱えて、夜。赤子のよ
うに両腕を上げ、解放された姿で
眠りたい。巻き戻したい、でもど
こまで。ラリー街11番地で、閉じ
ていて、あいていた。マルドロー
ルの歌、ミシンの音で傘をさし、
雨にする。打鍵にも似てやさしく
叩く、ほどけて共鳴、行く先でそ
つぶらを守りますようにと、直し
た傘を戸口にそっと置く。背中合
わせの運針、歪む仕立て、この曲
がったままの指では背中同士を縫
い合わせることは叶わない。音が
消えて、破調。 
ペトリコール、じきに本当の雨が
くる。 

クリックすると拡大します
クリックすると拡大します

絵画を    碧 はる 

橙色の炎天下による紫外線が僕の肌に侵食してくる 
屋上プールの舞台に僕は立っている 
コラージュの空に貼り付いた 
熱を放つ褐色との最短距離 

(地獄のシャワー)を経た僕は 
鼻腔を揺らす塩素の香りを全身に送り 
漂白の中を漂流し 
文字通り白く 白骨化した 

白色の額縁で囲われたなかは 
ただの水色で描かれた抽象画 
さんかく,へいめん,さんかく,へいめん の 
リズムの稜線からはみ出た白い反射光が 
波を立てて泳いでいる 

天国に近い場所で地獄に近い存在へと 
変化してしまった僕は 
これから 
どこまで泳いでゆけるだろう 

黒いホイッスルの音が 
熱を孕んでもつれた空気を切り裂く 
残った肉体たちが抽象画の中に飛び込む 
堵列した者たちが1列ずつ消えていく 
じりじりと前進した僕は 
ざらつく地面の感触から 
着水によって暴れた飛沫が付着した 
滑る額縁の感触へと変化したことを受け入れる 
折り畳んだ姿勢をとった骨は 
反芻する合図と共に 
飛び込んだ 

抽象画の中は 
意外にあたたかい 
ゴーグル越しの世界は 
幾分ふやけている 

個性の筆致で想い想い描くよう 
滑らかに泳いでゆく 

  奥深くへと 

そこには 
珊瑚礁がひろがり 
魚たちが 
飛ばされるビニール袋のかげのように 
ゆらゆらと自由になびいている 

僕の目とその壮大生の間には 
いくつもの遠近法があった 
僕たちはひとりひとりが 
多色の中の単色で 
このせかいの奥深くへ 
彩を与え 
たった一枚の絵画を作り上げるのだ 

どこにもない たったひとつの 

クリックすると拡大します

 砂時計   三波 並

くらしの正しさに触れた夜 
口に含めていた砂を噛むみ砕く 

少しばかりの甘さを残して 
砂であった物々は胃にかえってゆく 
まっすぐ落ちることの正しさを
歪めてくれる食道のなめらかさに救われる 
落ちきる頃の舌の裏側は 
次のざらめきを求めだしている 

仕方なく海ヘと向かう 
波も正しく水平線も正しいこの場所で 
居場所は砂浜だけであった 
生も死も在も不在も混ざり合う 
あたたかさを残した砂を両の手ですくい上げると 
隙間からこぼれ落ちたのは現在であった 

過去も未来も可視化されたくらしの中で 
不明瞭な現在だけを、わたしの選んだ正しさとする 

明日には変わるかもしれない正しさに思いを馳せながら 
わたしは朝日を迎えるのであった 

講評は次ページに続きます

1 2