【望星インタビュー】新屋敷直木さん――物理学で冷凍食品がおいしくなる!? 

一昔前の冷凍食品といえば、便利だけれど味や食感はいまいちというイメージがあった。しかし、最近の冷凍食品は驚くほどおいしくなっていて、「冷凍食品の方がおいしいかも」と思えるようなものも多い。ではなぜ冷凍食品がおいしくなったのだろうか。そのメカニズムの解明に、物理学の研究成果が期待されるという。一見関係なさそうな冷凍食品と物理学はどう関係しているのか。水の分子運動を研究する新屋敷直木さんに聞いた。 

コップの中の水もじつは動いている! 

――新屋敷先生が取り組んでいる研究とは、どのようなものなのですか?

 電磁波を使って分子の運動を調べる研究です。どういった物理法則に従って物質の中の水の分子が動き、液体から固体、あるいは固体から液体になるかを明らかにするというものですね。 

――水の分子の動きを調べるというのは?

 テーブルの上に水の入ったコップを置いたとします。そうするとコップの中の水は静止しているように見えますよね。でも、じつは激しく水の分子が動いているんです。たとえば水にインクを垂らすと滲んでいきますね。あれは水の分子が動いているから広がっていくんですよ。もし動いていなかったら、インクは落ちた滴の状態で水面に乗ったままの状態になります。 

 では、激しく動いているというのは、いったいどれぐらい動いていると思いますか? ここでいう「分子が動く」とは、分子が向きを変えたり、回転したりすることなのですが、コップの中の水分子は1秒間に100億回も向きを変えているんですよ。 

――完全に止まっているように見える水でも実際は動いていると。

 そうなんです。それはコップの中にあるような水だけではありません。水はコンクリートや食品、化粧品、薬品など、さまざまな物質に含まれていますよね。たとえば高分子ってわかりますか?   

――えーと、分子がたくさん集まってできている物質……ですか?

 まあ、そうですね(笑)。数千から1万以上もの分子が化学結合してできた巨大分子で、身近なものだとペットボトルなどのプラスチック製品からタンパク質等の生体高分子など、様々なものがあります。 

 じつは、すごくゆっくりなのですが高分子も動いています。液体から固体になっていく過程で、非常に速く動いていた水分子が、ある部分では高分子と同じスピードでゆっくり動いていたり、同じスピードで動きながらも水分子だけで早く動く部分があったり、いろいろな動きを起こしているんです。 

 また、生き物の体、すなわち生体にもタンパク質やDNAなどのさまざまな種類の高分子が含まれており、我々の体の中でも分子が動いています。どんどん細かくして突き詰めていくと、結局は水分子が動いていて、その中でタンパク質とかDNAとか、いろいろな生体分子が動いている状況なんですね。分子が動かなかったらどうなるかと言うと、わかりやすいのは鰹節やスルメのような腐らない固体になります。 

 いまの若い人たちは知らないかもしれませんが、昭和の時代に「シーモンキー」というものが流行りました。小さな粒々を水に入れると海老のようなプランクトンが誕生するというものです。小さな粒々は乾燥した卵なのですが、水と適度な温度があれば生命が発生します。 

 これも分子運動と関係していて、水がない固体の状態だと分子は動けないんですね。そこに水を与えると動けるようになり、いろいろな化学反応が起きて「シーモンキー」が蘇るわけです。  

水分子の動きがわかると冷凍食品がより進化する!? 

――そうした物質の中の水分子の動きを研究することで、水の動きをいろいろな製品に応用していけそうですね。

 物理学で私が取り組んでいるのは基礎研究ですから、実際の活用や応用までは考えていないのですが、結果として私たちの研究成果を何かに活用してもらいたいとは思っています。 

 水分子の研究が生かされている身近な例として冷凍食品があります。先ほど、水は激しく動いているとお話ししましたが、実は氷の状態でも水分子は動いています。液体の時と比べると動き方はかなりゆっくりになりますが、氷の中の水分子は1秒間に1万回ぐらい動くことができます。 

 分子の運動の観測では速さだけでなく、量もわかるので、たとえば冷凍食品を測定すると、どのぐらい凍っていて、どのぐらい凍っていないか、凍り具合がわかります。冷凍食品は凍ってはいるけれども、その中には凍っているように見えてじつは凍っていない水もいっぱいあるんです。 

――冷凍食品なのに凍っていないところがあるのですか。

 凍らない部分と氷にわかれるんです。しかも氷の中でも水分子は動いていますから、溶ける温度も違ってきます。氷はすべて0度で溶けるわけではなくて、水以外の物質のそばの氷はたとえばマイナス15度で溶け、少し離れるとマイナス10度で溶け、もっと離れると0度で溶けるという具合に、部分によって溶ける温度がかなり違うんですね。 

 冷蔵庫を製作している人たちは、分子運動を見ているわけではないけれど、そうした溶ける量の違いを経験的に利用しているんです。たとえば、パーシャル冷凍という機能が付いた冷蔵庫があります。これを使うとカチカチに凍らず切りやすいため便利です。 

 ではなぜ、パーシャル冷凍で保存したものは切りやすいのかというと、マイナス20度ぐらいで保存する通常の冷凍庫と違い、パーシャル冷凍の場合、マイナス10度とかマイナス5度で凍らせていて、凍らない部分が多いからなのです。 

――そういうことだったんですか!

 家庭用の冷蔵庫と業務用の冷蔵庫で大きな違いがあります。家庭用冷蔵庫がマイナス20度、いっぽう業務用冷蔵庫になるとマイナス50度ぐらいになります。業務用の冷蔵庫で1年間保存しておくのと、家庭用の冷蔵庫で1年置いておくのを比較してみると、水の分子運動の違いが歴然とわかります。じつは2ケタぐらい分子運動の速さが違うんです。 

 2ケタ違うというのは、水が流れて移動するスピードが2ケタ違うということ。マイナス50度で保存した場合に100日で起こる変化が、家庭用冷蔵庫だと1日で起こる。つまりマイナス50度で冷凍したほうが水分子は動きにくくなり、長くおいしい状態が保てるわけです。もしマイナス20度でも、マイナス50度と同じような状況に食品をもっていくことができれば、安い電力で保存期間を長くできるかもしれません。 

 人間って、メカニズムがわかれば創意工夫して常識を超えたものをつくろうとしますよね。水の動きが広く知られれば、それを活用して保存条件や製造条件をさらに工夫することも可能でしょう。

――研究が進めば、冷凍食品をもっとおいしくできるかもしれませんね。

 分子の運動を調べていくと、何がどうなり、どうなったからおいしいのかを理論で裏付けることができるんです。 

 近年、瞬間冷凍の技術が発達して、冷凍食品がよりおいしくなっています。これはなぜかというと、瞬間冷凍することで食品の中に小さい氷がいっぱいできるからなんですよ。反対に、ゆっくり冷凍すると、時間がかかる分、氷が大きくなってしまう。 

 氷になると体積は1割膨張するため、食品の組織を破裂させて壊してしまうんですね。小さい氷がいっぱいできるほうが、凍らない水も多くなって体積があまり増えず、組織が傷まない。だから、おいしい。 

 食品メーカーの人たちは、おそらく試行錯誤してそこに行き着いたと思うのですが、分子の運動を調べていくと、その内部がどうなっているかについて、より科学的な裏付けができるわけですね。 

 たとえば液体の状態だと、20度の水が25度になるなど温度を多少変えても分子運動の速さはそれほど変わらないのですが、液体から固体に近づいていくと、温度を1度下げただけで動く速さが1000倍とか1万倍くらい遅くなったりします。固体になる瞬間の分子の動きは劇的に変わるんですね。そこを把握して制御できれば、数値的にいろいろ設計して、何かに応用していくことも可能なんです。 

いまの科学技術は物理学があったからこそ生まれた

――冷凍食品のほかにも応用していけるのでしょうか? 

 水が含まれている物質であればすべてです。これまでも共同研究とか委託研究を行ってきていますが、分野としては医療、化粧品、食品、医薬品、海水、土壌、材料、木材、コンクリート……なんでもです。コンクリートでいうと、ゼネコンとの共同研究で老朽化した首都高速のセメントの状態を調べたりしました。 

 現在、共同研究を進めているのは化粧品で、皮膚の状態を測定する機具をつくって測定方法を決め、化粧品会社が数百人のモニターを集めてテストをしているところです。いろいろな方法があるのですけれど、皮膚の水分量や水分子の動きやすさはもちろんわかりますし、可能性としてタンパク質の分子運動や皮膚の中のイオンの移動も見ることができると思います。 

――物理学の研究が、いろいろな製品開発に応用されているのですね。

  製品開発を考えるとき、私たちの研究から得られた知見をもとにしている人たちはいると思います。ただ物理学の研究は工学のそれとは違って、すぐに役に立つモノをつくっているわけではありません。 

 先ほどお話ししたように、物理学は仕組みを探究する基礎的な分野ですから、役に立てようと思うと基礎研究ではなくなってくる。目に見えない、世の中の人が知らないことを探究するのが物理学ですので、実際に活用されるのは早くても10年、場合によっては100年後ということもあり得ます。 

 たとえば物理学の歴史をたどるとわかりやすいのですが、物理の量子力学が確立されたのは20世紀初頭です。量子力学が確立されていなかったら、コンピュータにはいまだに真空管が使われ、パソコンも教室ひとつ分くらいの大きさを必要としているでしょう。いま私たちがスマホを使えるのは、100年前に確立された量子力学の理論を使って半導体が開発されたからです。 

 また、カーナビやスマホのGPSは、人工衛星を使って位置情報を把握していますけれど、これもアインシュタインの相対性理論がなければ実現していなかったでしょう。じゃあ、アインシュタインは、相対性理論を発見したとき「人工衛星を使って位置情報を決めたい」と思ったかというと、そんなことは思っていないわけですよね。 

――物理学の理論があったからこそ、私たちはさまざまな技術の恩恵にあずかっているのですね。

 物理学の研究は今すぐには役に立たないかもしれません。でも、何がどうなっているかを知ることで後の技術につながってきた歴史がすでにあります。人間が物理や基礎研究をやめてしまったら、その先の発展もなくなるでしょうね。 

なぜ物理嫌い、数学嫌いをつくってしまうのか

――そうすると、やっぱり物理を勉強する人が増えないとダメですね。

 そうなのですが、これがなかなかむずかしい。というのも、物理や数学は理解するのに時間が必要なんです。社会や国語などと比べると、「そうか!」となるまでに時間がかかるんですね。 

 たとえば社会の場合、地名を覚えるとか、歴史を覚えるとか、暗記で何とかなる割合も多いですよね。暗記しなくても、その場所に行って歴史を知るなど、私たちの〝目で見て感覚で認識する〟ことができます。 

 けれども物理や数学の場合、抽象的な概念を〝考えて理解する〟時間がすごく大切です。ところが現在の学校教育では、他の科目よりもじっくり考えるという時間が十分に確保されていません。だから物理や数学はわからないし、むずかしいとなって、物理嫌い、数学嫌いが増えてしまっているんです。 

――公式がたくさん出てきて、覚えなくてはいけませんし……。

 じつは、それこそが問題なんです。公式を覚えようとしている段階で、お終いなんですよ。公式を覚えるところから入ってしまうと、そこで思考が停止してしまう。「とりあえず公式を覚えなさい、それに当てはめれば答えは出るから」と教えられた時点で、考えることをやめてしまうんです。 

 たとえば数学の速さと時間、距離にかんする問題で、速さの公式「はじき」って習いませんでしたか? 

――「速さ×時間=距離」とかですね。小学生のころ「はじきの図」で覚えました。

 そう、それです。距離はわかりますよね。時間もわかるでしょう。となると問題は速さで、「速さとは一体何か」を考えないと、速さと時間と距離の関係は理解できないんです。 

 ざっくり言えば、「ある時間の中でどのぐらい動けるか」が速さで、1時間で1キロメートル移動したとすると、速さは時速1キロということになる。これがわかれば、これを元に計算していけばいいわけですね。「時速1キロで2時間歩いたとすると、進んだ距離はどのくらいになるか」であれば、1時間で1キロメートルだから、2時間で2キロメートルとわかる。 

 単純な例をあげましたけれど、「速さって何?」のように、「それって一体何なの?」や「なんでそうなっているのか?」を立ち止まって考えて、本質的なところから理解することが物理や数学の勉強ではとても重要なんですね。 

 公式を覚えるだけになってしまう弊害は、いろいろなところで応用ができなくなる点にもあります。大事なのは、その後の人生で応用していく力をつけていくことなんです。根本から考えて活用していく力。とくに今は時代の変わり目で、どんどん新しいもの、新しい考え方が必要になってきていますよね。イノベーションが求められる時代に生き残れるのは、やっぱり根本的に考えることができる人だと思うのです。 

――やっぱり物理は大事ですね。「物理!? ダメダメ!苦手!」なんて言っていられない。 

 わからないプロセスを考えていくことって本当に面白いんですよ。「わからないから面白くない」ではなく、「わからないことを面白がる」になっていくと、物理学の楽しさが見えてくるかもしれません。

(構成・八木沢由香)

新屋敷直木

しんやしき・なおき 東海大学理学部物理学科卒業。理学研究科博士課程前期物理学専攻修了後、富士写真フイルム勤務。1992年に退職、1994年に博士(理学)の学位取得後、東海大学理学部物理学科に着任。物理学科主任、総合理工学専攻長、総合理工学研究科長を経て2024年に理学部長、理学研究科長に就任。学部の卒業研究から現在に至るまで、水を含む物質の緩和現象に関する研究に取り組む。