第81回 モンゴル映画を見て知る、日常のきらめき
私はいま、第2回日本モンゴル映画祭の準備に追われている。開催間近となり、翻訳した日本語字幕を映像にあわせて調整する作業が、ラストスパートを迎えている。

モンゴル映画を何本も繰り返し観るうちに、ふと気づいたことがある。異なる作品のなかに、よく似た光景があらわれるのだ。
それはたとえば、首都ウランバートルの団地に、朝から昼にかけて響くミルク売りの少年の声。
「スー アワーレー!」
少年は大声を出しながら、団地の住人たちに呼びかける。「ミルクはいかがですか?」という意味だ。
第2回日本モンゴル映画祭の上映作品のひとつ、『リモート・コントロール』の主人公も、ミルク売りを生業としている。物語は早朝、少年が継母に「急ぎなさい! 電車に乗り遅れる!」と、たたき起こされる場面からはじまる。
彼は近所で搾りたてのミルクを得てから、列車に乗って街の中心部へ向かう。まだ眠たげで、なにかを憂うような表情のまま、ぼんやりと車窓を眺めている。
街の団地に着くと、幼い子どもたちが数人、少年のまわりに集まってくる。その子どもたちも「ミルクいかがですか?」と一生懸命声をあげ、少年のそばを離れない。

この場面を見た、映画祭の日本人スタッフから尋ねられた。
「この子どもたちは、どこから来たんですか?」
モンゴルの友人に聞いてみたところ、少年が何度も団地を訪れるうちに、そこで暮らす子どもたちと顔なじみになり、お兄ちゃんを応援しようと仕事を手伝っているのだという。夕方が近づくと、にぎやかだった子どもたちは姿を消し、少年はまたひとりになる。
私自身、ウランバートルのアパートに滞在していたとき、「ミルクはいかがですか?」の声をよく耳にした。窓の外から風に乗って届くその声に、モンゴルにいるんだなあ、という実感を覚えた。

別の上映作品『Bedridden 〜寝たきりを選んだ男』にも、ミルク売りの声が登場する。パソコン修理にやってきた若者が、初恋を回想する場面だ。
彼はある夜、女性の家でいい雰囲気になった。しかし、持参したウォッカに自ら酔い潰れてしまい……。目を覚ますと、窓の外から「牛乳、ヨーグルトはいかが?」という声が聴こえてきた。寝落ちしたまま、朝になっていたのだ。
ミルク売りの声は、モンゴルの人びとにとって、日常に溶けこんだ風景である。あれ、そういえば、日本ではミルクをどうやって売るのだっけ?
いま私たちは、スーパーマーケットやコンビニで、陳列された牛乳パックをいつでも買うことができる。しかし、かつては日本にも、早朝に牛乳を配達する文化があった。それは実は現在も続いているが、違う点は、高齢の一人暮らし世帯の安否確認を兼ねた役割も担っていることだ。
『いつか読書する日』という日本映画がある。田中裕子演じる50代の独身女性は、坂の多い街で、早朝に牛乳配達を、昼はレジ打ちの仕事をしている。モンゴルの売り子と違い、日本の牛乳配達は玄関に黙って置いていく。この物語では、その静かな仕事が、途切れた縁をつなぐ鍵になる。
数年前、モンゴルの友人と東京の裏道を歩いていたとき、竿竹屋の車に出会った。私が思わず「懐かしい!」と叫ぶと、友人は不思議そうに言った。
「竿竹屋ってなに? モンゴルの遊牧民は、洗濯物を草原にそのまま置いたり、柵にかけたりして干すよ」
そういえば私も以前、ウランバートルの公園で、すべり台の上に誰かが(勝手に)干した布団を見かけて、驚いたことがある。
暮らしのなかで、当たり前すぎて気にも留めない瞬間こそが、あとになって振り返ったとき、鮮やかなきらめきを放つのだろう。
モンゴルのミルク売りの習慣も、次第に廃れつつあるという。2026年のウランバートルには、大型のスーパーマーケットや韓国資本のコンビニが増え、商品が24時間手に入るようになった。
映画とは、人生の特別な出来事を描くものだと思っていた。しかし、それだけではなかった。日常のかすかなきらめきをすくいとり、永遠に閉じこめること。それもまた、映画の重要な役割なのではないか。そう思うようになった。
<日本モンゴル映画祭公式ホームページはこちら>

おおにし・かなこ フリーライター・編集者。広島生まれ、東京育ち。東京外国語大学モンゴル語科卒。日本では近所の国モンゴルの情報がほとんど得られないことに疑問を持ち、2012年からフリーランスになりモンゴル通いをスタート。現地の人びとと友人づきあいをしながら取材活動も行う。2023年9月に株式会社NOMADZを設立し、日本で見られるモンゴルの音楽ライブや日本モンゴル映画祭など、イベント企画も行う。

