【連載】「社会課題の楽しみ方」by 東京里山開拓団――第2回 荒れた山林とお茶の木◎堀崎 茂 

社会課題に苦しんでいる人たちが大勢いるのに「楽しむ」なんて不謹慎!と思われますか? しかし社会課題に、もし楽しく関われるとしたら――。そもそも社会課題は、放っておいたら誰も関わろうとしないものです。でも、楽しさが見出せるなら、自ら喜んで関わろうとする人が出てくる。社会課題の解消は、ここからです。こうした理念をもって堀崎茂さんが立ち上げたのがNPO法人東京里山開拓団。「そんなのうまくいかないよ」とされる問題に目からウロコの方法で立ち向かう。「放置されている里山を使わせて!」「その空き家、タダで貸してください!」。この虫のいい申し出が意外な展開を生むのです。

第2回 荒れた山林とお茶の木

放置されていたお茶の木

 2006年頃、私はサラリーマン生活の傍ら、東京・八王子郊外の荒れた山林にひとり通い始めました。東京に転職してきたばかりだったのに早々に会社と家の振り子運動に疲れてしまい、趣味のアウトドアを生かして自分だけの休日の居場所がつくれたらと探し求めていたのです。 
 山林通いを始めた頃は、「スギやヒノキの林の中は光が届かず生態系が乏しいので、豊かな雑木林に変えるべき」なんて教科書的に思い込んでいました。 
 でも足しげく通っているうちに、光もあまり届かないところだからこそ、生き抜いている植物があることに気づきました。「お茶の木」もその一つです。林業が成り立たず放置された薄暗い林の中に、お茶の木がたくさん自生していたのです。 

 お茶の木というと、静岡あたりの温暖で日当たりのいい丘陵地帯に育つイメージがあるのではないかと思います。でもそれは、人の手で他の草木が生えないよう栽培管理されているからです。 
 お茶の木をじっくりと観察してみると、こんなことが分かります。高さはせいぜい人の背丈ほどでそれほど高くはなりません。でも、細かく分かれた枝には葉がたくさんびっしりとついて、他の木よりも圧倒的に葉の密度が濃いのです。加えて、冬も含めて一年を通じてずっと葉を落とすことがありません。秋には白い花をたくさん咲かせて簡単には食べられない固い殻の種子をいっぱい作ります。そんなたくましい木だからこそ、薄暗い植林の森の中にわずかに届く光を有効活用できて、ここまで勢力範囲を拡げることができたのだろうと想像しました。 

手間はかかるが、幸せな時間

 お茶の木は、奈良・平安時代に遣唐使として中国に派遣された僧侶が日本に持ち帰ったのが始まりとされています。その後、日常の暮らしの中で愛され、日本中で栽培が進みました。今に至るまで、お茶は日本文化にとって欠かせない存在であり続けています。 
 一方で、林業が成り立たなくなり荒れ果ててしまった薄暗い山林の中にも、野生を取り戻したお茶の木がたくましく生き抜いています。 

 私たちが2023年に児童養護施設の子どもたちとともに廃屋をDIY改修したふるさとの家「さとごろりん」の周りにも、お茶の木がたくさん自生しています。ここは築三百年の古民家ですので、ずいぶん昔から自家用に栽培されていたのでしょう。日当たりのよくない里山の北側にあるので、廃屋になってからも他とあまり競争することなく、したたかに生き抜いていたのです。 

廃屋をDIY改修したふるさとの家「さとごろりん」の外観 
こちらは大広間。ときどきハンモックを吊るす 

「♪夏も近づく八十八夜」というのは、ちょうどゴールデンウィークの頃にあたります。私たちはこの頃、よく庭にあふれるお茶の木から新緑色の若葉を摘んでお茶作りをします。フライパンにお茶の葉を並べて囲炉裏の炭火で焙煎すると、「さとごろりん」は香ばしい香りに包まれます。みんなでおしゃべりしながら一緒にお茶をいただく。何ともいえない幸福な気分になります。時間も手間もかかりますが、お金では得られない幸せ体験です。 

 さらに欲張りな私は、数年前、里山からお茶の木を持ち帰って、都心の自宅でわずかに地面が残る所に移植してみました。住宅の密集するところなので南隣の家の壁が迫り日当たりはまったくよくありません。でも、荒れた山林を生き抜いたお茶の木なら、きっとうまく育ってくれるはずと考えたのです。 
 単に里山の緑を普段から近くで感じたいからではありません。実は、私は普段、早起きして自分で抹茶を点て、外でいただくことを日課にしています。もし手摘みの抹茶で一服できたら、毎日もっといいスタートが切れるはずと思えたのです。 
 移植した時はひざ丈ほどの小さな苗でしたが、三年経った今は、しっかりと根付いて、今年はたくさんの新芽や若葉が吹き出すようになりました。青々とした新芽や若葉を手で摘んで、ちょっと蒸してから日干し乾燥し、すり鉢で細かくしてふるいにかけると手作りの抹茶ができます。  

自生しているお茶の木の葉を摘む
葉を干す 

お茶の木はしたたかに生き抜く 

 お茶の木は、私に大切なことを示してくれているのではないかと思っています。 
 荒れた山林で生き抜くお茶の木は、単に日当たりのいい場所の陣取り合戦に敗れて日陰に押しやられた「敗残兵」ではありません。無駄な競争を避けて他者が目をつけようとしない荒れ果てた山林の中に自分の居場所を見つけ出し、少ない光をしっかり集めてたくさんの種をつくって生き抜こうとする「開拓者」なのです。 
 競争を避けて生きるというと負け犬のイメージを持つ人もいるかもしれませんね。でも本当は、きわめて勇気のいる生き方です。だって単に競争を避けるだけでは普通生きていけませんから。 
 人間の場合、多くの人は、受験でも就活でも出世でも商売でも、競争を避けたらどこかとんでもないところへ転落してしまうのではという恐怖心が先に立つのではないでしょうか。競争そのものが不毛でどこかおかしいと感じていても、離脱する決断ができず、なんとなく続けてしまうのです。 

 お茶の木は、「無駄な競争はするな」「他の人が見残したところに価値を見出せ」「自らの生きる力を発揮して適応せよ」と、世の競争社会をしたたかに生き抜く開拓者としての生き方を体現し、私たちに見せてくれているのです。 
 戦後、地方から都市への民族大移動がありました。大規模に植林した山林は儲からなくなると荒れたまま放置されました。豊かさを求めていたはずなのに、都市には浅はかなマネーゲームや出世競争、見栄の張り合いから抜け出せずに、いつも何かに追われ続ける人たちがいます。お茶の木は、人間のこうした愚かさを見透かしているようでさえあります。 

遠大な目的に照準を向け続ける

 さらに想像は広がります。もし私が二十年前に「教科書」に従い、「いいこと」と思い込んで、暗い山林の木々をチェーンソーで刈り払って明るい雑木林に変えるなんてことをしていたら、いったいどうなっていたでしょう。きっと、お茶の木は伐り拓かれた空間では他の木々との競争に負けていつの間にか消え去っていたことでしょう。そして私は、お茶の木の本当の価値に気づくことなく、心豊かな生き方を楽しみながら学ぶ機会も失っていたことでしょう。 

 私たちの活動は一見、自然学習や自然遊びのように見えるかもしれませんが、目指しているのは、「心豊かな暮らしや社会を実現する」という遠大なところにあります。 
 それを意識することなく、表面的な活動にとどまってしまえば、活動後の休み明けには再び考える間もなく忙しく雑事に追われ、疲弊してしまい、日常が変わることはありません。もっというなら、それはモルモットが回し車の中で少しだけ止まっても、また強迫観念にかられて駆け続け、疲れ果てている様子と本質的に変わりません。 

 私にとって大切なのは、児童養護施設とのふるさとづくりを継続、実践すること。得体のしれない何かに忙しく追いたてられて目先の事だけで一杯一杯になってしまう、ちっぽけな自分から抜け出すこと。心豊かな暮らしや社会を本気で取り戻すことにずっと照準を向け続けること――。 
 私の場合二十年かかってしまいましたが、お茶の木の姿、その立ち居振る舞いが、深い思想に支えられた優れた役者のように見えてきたのです。

焙煎したお茶の葉。手間はかかるが、その風味は買ったお茶では味わえません 

NPO法人 東京里山開拓団のホームページ https://satoyamapioneers.web.fc2.com/

堀崎 茂

ほりさき・しげる 1971年愛知県生まれ、東京在住、二児の父。サラリーマン生活の傍ら、2009年から「児童養護施設とのふるさとづくり」という、環境保全と児童福祉の一石二鳥の前例のないボランティア活動を立ち上げて環境大臣&厚生労働省からダブル表彰。現在は脱サラしてNPO運営やSDGs講演に注力しながら、課題の山積する現代にあっても心豊かな暮らしや社会をどうしたら実現できるか試行錯誤中。 

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