【連載】続・マタギの村から◎大滝ジュンコ――第63回/熊の胆は静かに痩せてゆく

第63回 熊の胆は静かに痩せてゆく

 我が家の居間には胆嚢[たんのう]がぶら下がっている――。 
 春が駆け足でやって来たことで、山熊田の熊巻狩りはあっという間に終わった。それだけではなく、積雪の少ない他の集落では、住宅地や田畑など、人間のテリトリーに入り込む熊を箱罠で捕獲することが多く、この村の男衆はその対応にも追われる日々となった。 

 冬眠から目覚めた直後の個体は、肉や毛皮も大事だが、私たちが何よりも重要視するのが「熊の胆[い]」だ。だが、熊が活動を始め飲食をするようになると、熊の胆(胆嚢)の中の胆汁は消化のために消費される。絶食の冬眠時と比べれば、当然、濃度は薄くなっていく。 

 以前、NHKが熊の胆の効能を調べる番組を制作した。そのロケの際に、我が家謹製の熊の胆のかけらを湯で溶いて差し出すと、買えば金と同じといわれる高価さもあってか、強烈な苦味に悶えつつも、制作スタッフは楽しそうに舐めていった。 
 彼らを悶えさせた主犯のウルソデオキシコール酸など胆汁酸は、胃もたれや肝機能のサポートなど、非常に有用だ。だがここ山熊田では、もはや万能薬のポジション。雪で村が閉ざされる時期だけでなく、僻地ゆえに医者にかかること自体が簡単にはいかなかったからだ。 
 そういうわけで大活躍するのが「熊の胆」だった。熱中症、歯痛、二日酔い、産後、てんかんや意識朦朧時の気つけ、さらには意識不明で危篤状態の人に別れの挨拶をするための目覚めを促すなど、いかにも民間療法っぽいものや、倫理的にアリなの? と思う使い方もあったけれど、なんせ、山の王者かつ山の神が授けてくれた「熊の胆」だ。薬効があるうえに、プラシーボ効果も相当影響している気がする。 

干し始めの頃の熊の胆嚢。タプタプたっぷりしているけれど色は薄い

 五月は毎年、山菜と田んぼに追われるのだが、今年はさらに、新潟伊勢丹の県産銘品セレクトショップ「NIIGATA越品」でのポップアップにお声がけいただいた。羽越しな布の小物を新たに作ったり、天日干しぜんまいもラインナップして、できる限り赴いて糸績み実演をした。県北部の山熊田から、中央部の県庁所在地まで車で片道二~三時間。新潟県の長さに恐れ入る。 
 さらに同時期に、隈研吾建築都市設計事務所にて羽越しな布プレゼンテーションのチャンスを頂いたので、東京日帰り。山熊田に戻れば、ぜんまい揉みにわらび採り。私の寝室の外では、早朝から、男たちが集まって箱罠にかかった熊の解体をする。すぐそこの窓の外が血だらけって、よく考えたらすごいな。 
 干からびそうなほどキラキラのライトにまみれた都会とのコントラスト。土俵が違いすぎるおかげで、疲労よりも「なんだこの暮らしは」とおもしろくなってしまった。 

 夏めいてきても、朝晩は寒いのでストーブに火を入れる。この時期、我が家のストーブが稼働するのは居間だけだから、必然的に熊の胆干しは居間になる。一昔前は、この干す胆でさえ、女性が見てはならないものだったほど、熊巻狩りに関わる一切が女人禁制だった。 
 今もそれは色濃いが、昨今の熊被害、熊を罠で捕獲するようになったことが、寒い春でなく暑い初夏に熊の胆を干す、というイレギュラーを生んでいる。罠の場合は、掟に従わなくていいらしい。

 忙しいとはいえ、やっつけ仕事は絶対にやりたくなかった。考えうる準備をして挑んだが、私が継ぐ羽越しな布の、良さ、おもしろさをしっかり伝えることができただろうか……。振り返り、反芻しつつ、ひと口、酒を飲む。ふと、目線をあげる。苔色の萎れたカチョカヴァッロチーズのような物体が、薪ストーブの上にクルクルとゆっくり回りながらぶら下がっている。 
「あのときの大熊の熊の胆かあ。胆もでかいなあ……」 
 数日間ストーブの上で吊るされた胆は、重力のまま胆汁が下部へ溜まり、糸が結んである上部は皮膜がスルメみたいに乾いてくっついて固まり始めている。クルクル回る熊の胆を、しばらく、ただ眺める。 

 獲った直後の生の状態では、長さ15センチ、幅10センチ、厚さ5センチほどだっただろうか。これほど大きくても中の液体は薄緑色。胃の内容物は油分の多い米糠だったらしいから、ジャブジャブ胆汁を使っていたのだろう。冬眠明けのものとは全く違う淡い色味だ。夫は「いい胆ではねえどもな。なげ(捨て)らんね」と、胆嚢の口を太糸でギュッと縛り、そこから伸ばした糸を天井の釘に引っ掛けて、干したものがこれだ。 

三日ほど経つと雫状になり、かなり痩せてきたがまだまだ序盤だ

 ある日、私は目覚めと同時に「板!」と叫び、飛び起きた。胆汁の凝縮が進んだ熊の胆は板に挟んで平らに整形する。干し名人だった爺やは、ストーブの上に、天井から下げた篩[ふるい]に乗せ、熊の脂を塗りながらしばらく干して、ある程度濃度が濃くなってきたら杉の板二枚に熊の胆を挟み、綿糸で縛って圧をかけていた。干し具合によってだんだんとキツく縛っていくのだけれど、付きっきりでの火力の加減と、縛る圧の加減はとても難しい。失敗して皮膜を破きでもしたら、村中から大ブーイングだろう。なにせ万能薬だし、天秤の匁ばかりを使ってまで平等に分けるほど大切な授かりものだからだ。 

 薄い胆汁でもせっかく干すなら最善をと思うのだけれど、きっと今回、夫は爺やの板で干すことはやらなさそうだ。みなで分けるほどの当てもない小さい熊の胆の場合、ただぶら下げるだけの干し方で、現時点でそれと同じ状態だからだ。 
 私はホームセンターに行き、ボルトとナット、蝶ナットと杉板を買ってきた。手鋸で板を切り、四隅に穴を開け、すごく簡単だけど干すのに楽そうな干し板を作った。これなら圧のかけ具合も細やかに加減できる。今の乾燥状態はきっと、板挟みして整形するベストタイミングだろう。まだ取り繕うには間に合いそうだ。 
 予備を含めて二組作って、晩酌中の夫の前にそっと置く。「なんだ?」「熊の胆に」「爺やのあったろ?」「すねろ(しないでしょ)?」「…………。」 
 板を横目に、晩酌は続く。むむ、使ってくれないか。まあ、私の余計なお世話だったかな。と思ったらその翌朝、想像通りの使い方で薪ストーブの上で板がぶら下がっていた。ちゃんと脂も塗ってある。罠で獲った熊とはいえ、私が手を出すことはなんとなく憚られたのだが、使ってくれた。夫は時々、そっと蝶ナットをねじっているらしく、日を追うごとに板の隙間が狭まっている。なあんだ、作ってよかった。 

 無事に田植えも終わり、今夜も私は、板に挟まり、ゆっくりクルクルと宙を回る胆嚢を眺めながら、晩酌をしよう。プラシーボ効果で、眺めるだけでご利益があって肝臓が健やかになる、とかならないかな。こう書いている時点で無理か。 

成形は見栄えをよくし、切り分けやすくなる
後半から板に挟んで干して三週間が経った。だいぶ硬くなってきた。干し上がりまで、もうひと息だ 
大滝ジュンコ

おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。

この連載が元になった大滝ジュンコさんの著書。『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』(山と溪谷社。1760円=税込)
バックナンバー

バックナンバー一覧へ

  • URLをコピーしました!