第8回 音楽を使って睡眠の質を改善する――山里亜未
みなさんは、毎日ぐっすり眠れていますか。「寝ようと思ってもなかなか眠れない」「夜中に何度も目が覚める」「朝起きても疲れが残っている」。そんな経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。
睡眠は、私たちの心と体の健康を支える大切な時間です。じつは、睡眠不足や睡眠の質の低下は、日中の集中力や学習効率が落ちるだけでなく、長い目で見ると生活習慣病やメンタルヘルスにも影響することが分かっています。
では、睡眠不足にならないようにとにかく長く寝ればいいのかというと、そういうわけではありません。睡眠時間は短すぎても長すぎてもだめなんですね。さまざまな病気のリスクを高めてしまうことが知られています。(図1参照)

大学生は不眠症になりやすい
睡眠に問題を抱えている人は決して少なくありません。なかなか寝つけない、夜中に何度も目が覚める、予定より早く目が覚めてしまいその後眠れない、といった症状が続くと、不眠症と診断されます。
日本では、およそ5人に1人が不眠症を抱えているとされていて、私たちにとって身近な問題なのです。さらに驚くことに、大学生を対象とした研究では、半数以上が睡眠に何らかの問題を抱えていると報告されており、調査によっては約7割に達します。諸外国と比べてみても、日本の大学生は睡眠の問題を抱える割合が高いといえるでしょう。 (図2参照)
たとえば中学生や高校生であれば、受験勉強や部活動、スマートフォンでゲームをしたりSNSを使ったりして、つい夜更かしをしてしまうこともありますよね。「早く寝なさい!」と、両親から怒られた経験がある人も多いのではないでしょうか。
それが大学生になると、家庭や学校からの干渉や制約が少なくなり、いろいろなことを自分で決められるようになります。自由になることで夜型の生活になりやすく、睡眠時間が短くなり、生活のリズムも乱れがちになってしまいます。
また、大学生は「自分はどんな人間なのか」「将来どう生きていきたいのか」といった悩みを抱えやすい時期でもあります。実際に、大学生を対象とした調査では、不安が強い学生ほど睡眠困難や日中覚醒困難を感じていることが報告されています。
このように、生活環境の変化や将来への悩みなどが重なることで、日本の大学生たちは睡眠に問題を抱えやすくなっていると考えられます。

音楽が睡眠の改善につながる
では、睡眠を改善するためにはどうしたらよいのでしょうか。現在の不眠症治療の主流は睡眠薬を用いた薬物療法ですが、それと同時に、できるだけ早期から「睡眠衛生」と呼ばれる生活習慣や睡眠環境を見直すことが重要とされています。
睡眠衛生指導については、厚生労働省がとりまとめた「睡眠障害対処12の指針」が発表されており、それぞれ、科学的根拠に基づく睡眠知識が示されています。たとえば「光の利用でよい睡眠」「規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣」「刺激物は避け、眠る前には自分なりのリラックス法」などがその例です。そのリラックス法の一つとして「音楽」が紹介されています。
音楽と睡眠の関係については1990年代から世界中で研究が行われています。多くの研究結果をまとめたレビューでは、寝る前に音楽を聴くことで睡眠の質が改善する可能性が示されています。睡眠前に音楽を聴いても、健康に問題が起こるようなことはありませんし、誰でも気軽に試しやすい方法として期待されています。
最近では動画サイトや音楽配信サービスでも「睡眠用BGM」や「眠れる音楽」が数多く公開されており、誰もが気軽に試すことができる環境にあります。しかし、種類が多すぎて「結局どれを聴けばいいの?」と迷ってしまう人も多いのではないでしょうか。
じつは私もその一人でした。これまで音楽と睡眠に関する研究で用いられていた音楽はさまざまですが、その音楽自体の特性を明らかにした報告はありませんでした。「音楽」と一言で言っても、音楽自体が持つ性格、音楽が与える印象などはいろいろですよね。
そこで、「睡眠を改善する音楽」にはどのような特徴があるのかを調査しました。先行研究の中で、睡眠改善に効果があったと報告されている楽曲を分析したところ、テンポはゆっくり(1分間に平均約63拍)で、リズムも細かすぎず、あまり変化がなく、メロディは滑らか(音の高さの変動が激しくない。数値にすると「1/fゆらぎ」に近似)という特徴が見えてきました。
激しく盛り上がったり、急に音が変化したりする音楽よりも、落ち着いた流れをもつ音楽の方が眠りには向いている可能性が示されました。音楽はさまざまな要素で構成されているため、包括的に捉えることは難しく、今回用いた4つの指標は音楽の一側面にすぎないことには注意が必要ですが、寝る前に聴く音楽を選択するうえで参考にしてみてください。
音楽をより効果的に聴く方法
睡眠によさそうな音楽の特徴が分かりましたが、ここで一つ疑問が生まれます。「どんなに眠りに良い特徴があっても、自分が好きではない音楽を聴くより、好きな音楽を聴いた方がいいのではないか?」。音楽を考えるうえで欠かせない要素の一つが、「好み」です。
先行研究では、個人の好みの音楽を聴くことが、痛みや不安、ストレス、興奮の軽減に有効であることが報告されています。しかし、睡眠について「好きな音楽」と「睡眠向きとされる音楽」のどちらがより効果的なのかを比較した研究は、これまでありませんでした。
そこで、睡眠に問題を抱える大学生を対象に、「好きな音楽」と、こちらで指定した「睡眠向きとされる音楽」のどちらが睡眠の改善に効果的なのかを調べてみました。その結果、「好きな音楽」も「睡眠向きとされる音楽」も、寝る前に聴くことで睡眠の質が改善し、両者の間に大きな差は認められませんでした。この結果から、自分が心地よいと感じる音楽を選ぶことも、睡眠改善には大切なポイントだと考えられます。
もちろん、好きだからといって激しいロックやテンポの速いダンスミュージックを寝る直前に聴くと、かえって覚醒刺激になってしまう可能性があります。好きな曲の中でも、テンポがゆっくりで落ち着いた雰囲気の音楽を選ぶのがおすすめです。
また、音楽を聴く時間にも工夫が必要です。一晩中流し続けるよりも、寝つくまでの時間だけ聴く方が望ましいと考えられています。寝る状態をつくってから実際に眠りにつくまでの入眠潜時は、一般の健康な成人で10~20分程度、高齢者だと13~35分程度かかると言われています。これらの時間を網羅できる時間が望ましく、タイマー機能を使って30~40分程度で止まるように設定するとよいでしょう。
私たちは普段、楽しみや気分転換のために音楽を聴くことが多いかもしれません。しかし音楽には、それだけでなく心や体の状態に働きかける力もあります。
もし最近、「なんとなく寝つきが悪いな」「朝すっきり起きられないな」と感じているなら、寝る前のひとときに、気分が落ち着くゆったりとした音楽を取り入れてみてはいかがでしょうか。身近な音楽が、みなさんの毎日の眠りを少しだけ心地よいものに変えてくれるかもしれません。
さて、音楽はこのように私たち一人一人の心や体に働きかけるだけでなく、人と人との関係にもさまざまな影響を与えます。音楽を一緒に楽しむことで、人はどのようにつながり、新しい関係が生まれていくのでしょうか。次回は、近藤真由先生に、地域での音楽活動の実践を通して、音楽が生み出す「つながり」について紹介していただきます。

やまさと・あみ 東海大学教養学部芸術学科音楽学課程卒業。東海大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。日本音楽療法学会認定音楽療法士。大学院修士課程より精神科に所属し、睡眠障害や自閉スペクトラム症を対象とした音楽療法の研究に取り組んできた。現在は横浜市立大学COI-NEXTプロジェクト「若者の生きづらさを解消し高いウェルビーイングを実現する共創拠点」のメンバーとしてメンタルヘルスに関する研究にも従事している。
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