【連載】続・マタギの村から◎大滝ジュンコ――第65回/壮大な伝言ゲーム「念仏」のスタメンに

第65回 壮大な伝言ゲーム「念仏」のスタメンに

 今年、私は山熊田集落の念仏デビューをした。正確に言えば、移住してから時々お邪魔していたのだが、母ちゃん(義母)が元気なこともあり、あくまでも見学者というスタンスだった。そんなお気軽ポジションではなく、念仏スタメンとなったのだ。 

 念仏は、家の最長老の女性に参加資格がある。また、新しい分家だと仏壇に祈る相手がまだいないという理由で、参加しないということもある。昭和半ばまでは、それこそ本家の女性しか参加を許されなかったそうだ。 
 そんな格式を漂わせていたのも今は昔。人口が減り、家が減ったうえ、昨今は定年を過ぎても元気に働きに行くことが当たり前のようになってきて、平日の朝から村の地蔵堂に集まれるような、自由が利く人はご隠居ばかりとなった。そうして存続が難しくなってきたのだった。 

 数年前、一時的な入院を機に、母ちゃんは念仏参加を辞めた。今ではピンピンしているので復活してもいいのではと勧めたのだが、それはないという。私が代わりに入ってもいいけれど、仕事を休んでまで行くほどのことかな、と、あまり前向きな考えにはなれなかった。実際、そこまでする人もいない。 
 ただ、数年前に移住したKちゃんには、当初から参加をお勧めした。村の婆たちと交流できる貴重な場だし、かなり高難度の方言に慣れる絶好の機会だからだ。工房でしな布制作を学ぶことと等しく、大切なことだと思っている。 

 念仏はざっと分けると、亡き人へのお弔い系、今生きている人のためのお祈り系の2タイプがある。毎月二十四日の午前中に行うのが「二十四日念仏」で、故人を偲び、あの世での平安を願う念仏だ。この時はリズムをとる鐘に合わせて、独特のメロディで南無阿弥陀仏を唱える。 
 だが、山熊田弁特有の「母音が適当」問題や、滑舌を悪くさせる「総入れ歯」問題も相まって、習得は耳コピしか頼れない。 

「トウミョウジンボウスイガイショウジョウレンブツ ナモアミダ」 
「ナモアミダ ナモアミダンブツ ナモアミダンブツ ナモアミダンブツ ナモアミダ……」 

 という具合で、独自の発音変化を遂げている二十四日念仏の「南無阿弥陀仏」なのだが、図らずもサンスクリット語っぽくなっている箇所があったり、「アミダンブチ」と、かわいい音で言う人もある。個々フリースタイルで、合ってるのか間違っているのか。冒頭文言の意味も、もはや誰も知らない。悠久の時を経て続く伝言ゲームだ。 

火を灯し、ずらりと並ぶお地蔵さまたちに向かって念仏が始まる

 山熊田の念仏はメロディがとても美しい。私は歌としてかなり気に入っているのだが、覚えたての十年以上前、歌詞を覚えがてら念仏を鼻歌で歌っていたら、母ちゃんに叱られた。縁起が悪い、という理由だった。死者にのみ向ける言葉でもないのにな、とも思うので、白黒つけずにグレーにしておこう。今でも時々、こっそり口ずさんでいる。 

 蝋燭に火を灯せば始まりの合図。上記歌詞の1行目を一回、2行目を七回繰り返したら1セットで、それを7セット唱える。長い時間唱えるために「龍角散のど飴」が常備され、みんなが舐めながら歌うから、地蔵堂はまるでお香を炊いたかのよう。 

 メロディには結構な高低差があって、出だしの音を誤ると、裏声コーラスみたいになってしまったり、低音が犬の唸り声みたいになるから要注意だ。だから歌い出しはみんな音程を探り探り、蚊のような声量で始まる。前回、唱え終わったあと、鍵盤アプリで最適な歌い出しの音を探ったら「レ」だったので、今回は事前にレを鳴らしてみた。けれど効果はなかった。みな全然聞いてない。 
 2セット目を過ぎると、単純な歌詞と繰り返しに気が遠くなってきて、強制的に無我に近づく感触がある。さすが念仏、レも無だ。 

 それが終わると今度は別のメロディで、「ナモジゾダイボサジ」と聞こえる文言を七回繰り返し、それを3セット唱えて終了だ。みんな地蔵菩薩のことだとわかっていたとしても、メロディに乗ると「ボサジ」となってしまう。 
 すべて唱え終えたら、御神酒をお下がりし、みんなでお茶会が始まる。村の婆たちが一堂に集まる寄り合いは念仏くらいしかなく、顔を合わせて関心ごとや他愛もないおしゃべりをすることは、コミュニティを健やかに保つ、とても大きな役目だと感じている。 

 そんな毎月の念仏とは別に、年に一度の祈祷念仏、風まつり(二百十日念仏)がある。これは生者の健康と平穏や、台風来ないでと豊穣を祈るもの。直径3メートルほどの数珠をみんなで輪になって廻しながら念仏を唱える。この時はまた違うメロディの南無阿弥陀仏なのだが、二組に分かれ、歌詞は同じで異なるメロディが交互に追いかけ合う「複合唱」の構成で、百回数珠が回ったら終わり。黒光りする数珠も、回数を数えるための古布製の玉も、長い歴史をうかがわせる風格だ。 
 目印になる大きな数珠玉が通り過ぎるつど、回数を数える係もうかうかしていられないのだが、全員が早く終わらせようとして数珠を超高速で回すから大変だ。上半身だけ、謎の忙しいスポーツさながら汗かきかき。なのに合唱はゆったり雅、というギャップが猛烈におもしろい。 

【動画】高速回転の数珠と、美しくゆったりしたメロディのギャップがとても良い「祈祷念仏」

 念仏スタメンになるきっかけがあった。 
 鐘担当の婆が欠席となることがわかり、代わりに叩ける人がいない、ということが判明した。取り立てて難しい技術はないのだが、一定リズムをキープし、回数の構造を理解し、数えながら叩く、いわば「指揮者」の役目なのだが、それを自信を持ってできない、ということらしい。 
 そこで白羽の矢が立ったのが私だった。私の機織り師匠のお葬式の御斎で、悲しみで酔った私は、鐘の代わりにコップを割り箸でチンチンと叩きながら念仏を唱えた。すると、だんだんと婆たちが加わって、合唱になったのだった。 
 それを覚えていた婆がたが「ジョンコはしえた(できた)ぞ」となったらしい。実家のある埼玉・坂戸の夏祭りのお囃子に比べたらえらく簡単なのだけれど、他所から嫁いだ私がやってもいいものなのか? 格式を重んじる歴史のある念仏なのに、と躊躇していたら、身の丈に応じて皆やっている、今回は非常事態だから頼む、と押しが強い。代打的に関わるのも無責任だなと思い、母ちゃんも引退していたから、仕事の都合がつく限り、念仏に加わることにしたのだった。 

 張り切り出したのが母ちゃんだ。先代の鐘担当は彼女だったから、私に恥をかかせまいと特訓、やる気満々。しかし私は、懲りずに鼻歌のみならず酔ってでも唱えていたものだから、教え甲斐もない。とりあえず、一升瓶を鐘に見立てて叩きながら、答え合わせをするように一通り念仏を唱えた。すると母ちゃんは翌日、持て余したやる気によって、一枚の紙に念仏の文言と回数を書きまとめた。コピペすべき繰り返しだらけの文言を、コツコツ手書きしている。これは素晴らしい! 答えが明らかになる!と感激した。 
 だが、字を読むと、地蔵は「じの」、大菩薩は「だいみょうじ」と、例に違わず、個性豊かな変化を遂げている。 
 どうしたものか。伝言ゲーム末端の今を重んじるのか、推測できる限りの正しい固有名詞に立ち返るべきなのか。 

 高速回転する数珠もなかなか形骸化しているけれど、山熊田の人の性格が滲み出ているし、変化自体が先祖代々の歴史だと思うと愛おしい。先人たちへのお弔いならなおのこと、この伝言ゲームで起きてきた変化は、彼らが生きた証そのものなのだ。だから、違和感を一旦横に置いておいて、現状を尊重していこう。 
 ただ、神様のお名前を間違えることはさすがに失礼なので、心の中ではちゃんと呼ぼうと思う。 

数珠が何度回ったかを数えるための五十粒の玉。年季が入っていても現役選手だ
大滝ジュンコ

おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。

この連載が元になった大滝ジュンコさんの著書。『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』(山と溪谷社。1760円=税込)
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