【連載】私の○○な日々◎第8回/暮田真名

第8回 わたしの川柳至上主義な日々 暮田真名

 やめるかやめないか、ではなくて、何をやめるか、それが問題だ。今年のお正月、わたしは〈「川柳だから」と卑屈になること〉をやめた。

「小野照崎神社」をご存知だろうか。東京・入谷の神社である。願い事をする代わりに好きなものを禁欲する、「断ち物」で有名だ。俳優の渥美清が「禁煙するので仕事を下さい」と願掛けをしたところ、『男はつらいよ』の寅さん役が決まったという逸話から、「寅さん神社」と呼ばれることもある。

 小野照崎神社に関心を持ったきっかけは、お笑い芸人のエピソードトークだったと思う。それも、一度や二度ではない。わたしの観測範囲では、お笑い芸人というのは、とにかく「寅さん神社」に行くものなのだ。煙草をやめた、酒をやめた、パチンコをやめたと、それは気持ちの良いやめっぷりであった。

 一方わたしは、一月の境内のベンチで呻いていた。ちょうどよくやめられそうな嗜好品がなかったのだ。お酒は付き合い程度で、煙草やギャンブルに手を出したこともない。
 もちろん、SNSの無限スクロールや、甘いものや揚げものの食べすぎなど、やめるべき習慣はいくらでもある。でも、SNSをやめたら仕事の告知に支障が出る。おいしいものを食べるのは、一人なら回復の、複数人なら社交の、立派な手段たりうる。それらを断つなんていいことだとは思えない。率直に言おう、やめられる気がしない。

 このままでは埒が明かない。物質的なことではなく、精神的なことにしよう。「わたしは、『川柳だから』という理由で卑屈になることをやめます。だから、たくさん仕事をください」。おみくじを引き、ピンク色の小さな「夢むすび」を買って、神社を後にした。

〈「川柳だから」と卑屈になることをやめる〉。咄嗟に出た言葉だが、我ながら難しいことを考えるものだ。わたしは卑屈になっていたのか。なっていたとして、それは自分を守るためのものでもあった。川柳は知られていないから、市場が小さいから、本が売れなくても仕方がない。そうやって、うまくいかないことは川柳の状況のせいに、うまくいったことは自分の手柄にすることが、折れずにいられるコツだった。

 著者がこんなことでは、わたしの本を出してくれる出版社にも申し訳が立たないと思っていた。川柳の本でなければ、川柳人の書いた本でなければ、もっと……。これが卑屈でなくてなんだろうか。

 そして、川柳を知ってもらうためには、どうして川柳を好きになったのか、川柳がいかに役に立つかをアピールしなくてはならない。そのためにわたしは、競争社会で摩耗した心を川柳が救ってくれた、という物語を選んだ。すると今度は、「つらい思いをしている人を救いたい人」にならなくてはいけないようでつらかった。わたしはただ川柳を知ってほしいだけなのに、川柳を、他人を救う手段かのように扱わなければいけないことが。

 そもそもわたしは、川柳の、役に立つとか立たないとかを超越しているところが好きなのだ。わたしが川柳の「効能」を喧伝することが、川柳の本質を毀損するとしたら、それほど悲しいことはない。

 そんな葛藤から、ふいに、解き放たれた。漫画『ケロロ軍曹』のおかげである。ケロロ軍曹は、故郷の「ケロン星」を背負って、地球(ケロン星の言葉では「ポコペン」)を侵略しにやってきた宇宙人だ。任務早々にケロロを発見、捕獲した日向家に居候している。作者・吉崎観音は藤子不二雄からの影響を公言しており、『ドラえもん』同様、良質な「異類居候もの」SFコメディである。

 わたしはケロロから、「卑屈じゃない」とはどういうことかを教わった。このケロロ、居候という立場でありながら、まったくへりくだっていないのである。日向家の家事当番を言いつけられているが、面従腹背、あの手この手でサボっている。

 特に感銘を受けたのは、侵略したいケロロと、侵略を阻止したい日向家の長女・夏美がいつものように喧嘩していると、母・秋がケロロに「もし地球を侵略したなら…どんなふうにいいことがあるのかキチンと説明したらどうかしら?」と助言する回だ(コミックス27巻第245話)。ケロロは反発するどころか、「説明不足だったんだ…!」と、アドバイスを直ちに受け入れようとする。メリットを提示することですら、あくまでも「侵略のための作戦」なのだ。心まで売り渡してはいない。

 ケロロと同じ、地球にやってきた異星人でありながら――そう、「川柳人」とは、「川柳星からやってきた宇宙人」の意に他ならない――「へっへ、きっと地球の皆さんのお役に立ちますから、どうか仲間に入れていただけませんかねえ?」と引きつった笑みを浮かべていた自分のことが、心底情けなくなった。

 本当は、「われわれは川柳人だ。地球はわれわれがいただいた」だけでよかった。もちろん、必要に応じて、理屈を捏ねくり回すこともあるだろう。でも、心の中までも理屈まみれにしなくてもよかった。「わたしは川柳が好きだ」、それだけでよかった。

「やっぱり川柳だよね。川柳じゃないと好きじゃないもの」という言葉を聞いたことがある。川柳人の大先輩、佐藤みさ子さんとお話ししたときのことだ。目の前がぱっと明るくなって、慌ててスマホにメモをした。この言葉の鮮烈さも、「理由がない」からだと、いまならわかる。まるで駄々っ子のようではないか。それを言うみさ子さんのいたずらっぽい表情も含めて、とても魅力的だったのだ。

 神社に参拝をするときは、はじめに氏名と住所を伝えるといい、という説がある。自分がどこの誰かを名乗ることは神様への礼儀であると同時に、自分自身を確かめることにもなるという。今度行くときに言うことは、もう決まっている。「わたしは暮田真名。川柳星からやってきました。川柳が好きです。川柳じゃないと、好きじゃありません」。

© Motonobu Kanemaru
暮田真名

くれだ まな 1997年東京都生まれ。川柳結社「蜂」主宰。川柳句集『ふりょの星』(左右社)『補遺』『ぺら』(私家版)のほか、エッセイ集『死んでいるのに、おしゃべりしている!』(柏書房)、川柳入門書『宇宙人のためのせんりゅう入門』(左右社)などの著作がある。

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