「ユース世代の孤立」を社会課題と捉え、子ども・若者たちのためのセーフティネットを作るべく奮闘している認定NPO法人D×P(ディーピー)。その活動の日々を、理事長の今井紀明さんが綴ってくれました。
その苦境は「自己責任」なのか?
「なに、ちんたらしとるん」といびられた経験を思い出す。執拗に責め立てられる引越し業の派遣の仕事で、どうしても嫌になってすぐに辞めてしまった。
当時、「自分は仕事ができないなぁ、特に体力を伴う仕事はダメだ。力もないし、器用でもないし……」と思い込んで落ち込んでいた。
その後もアルバイトはいくつも経験したが、体育会系のノリが苦手だった。今にして思えば、まだ学生で、イラクでの出来事(プロフィール参照)から徐々に精神的に回復してきている頃だ。海外に行くためにお金を貯めようとしていた時期でもあったので、落ち込む時はあっても、精神的な余裕は残せていた。しかし、もし精神的に追い詰められていてお金がなかったら、どうしていたんだろうと思う機会があった。
というのも、D×Pの活動でつながり、関わっている子に話を聞いていた時、「職場でパワハラやセクハラに遭って働くことができない状態になってしまった」と聞いたことがあったからだ。
「そうかぁ」と話を聞いていたが、お金がない中で一人暮らしをしていた十代の時に、職場環境によっては自分も同じような状況に追い込まれていたかもしれないと、過去の経験から思った。
人によっては運良く職場に恵まれて、先輩や上司に育てられてよかった、みたいなこともあると思う。だが、その逆で、職場にはパワハラやセクハラがあり、お金もなく、親にも頼れない環境だったら……と思うとどうしようもない。
自分の場合、最初に就職した商社時代に似たような経験がある。昼ごはんの後に新人が無理やりハンバーガーを10個食べさせられたり、シェイク8個を飲まされたりすることがあった。今思えば、パワハラだ。それが、毎日ではないが一ヵ月ぐらい続いた時期があったが、その時はどうしても働かなければいけない状況だった(お金もないし、大阪という新天地で誰も知り合いがいない状況だった)ので、辞めなかった。
もちろん文句は言っていたし、環境改善に向けて動いたとは思うが、あの時にうつのような状態になっていたら、どうなっていたんだろうと振り返って思う。
問題は職場だけにあるのではない。休める家があるか、頼れる人がいるか、相談できる窓口があるか。そうした支えがないまま、ひとつの出来事をきっかけに生活全体が崩れてしまうことがある。
二十歳前後で生活保護を受けている子や、なかなか自立できていない子に対しては、「本人の努力不足」という声を聞くことも多い。しかし、親から虐待を受けたり、親にケアされずに生きてきた子が自力で働いて頑張っていても、職場でネガティブな環境に巻き込まれてしまうことがある。そういう中で彼らは本当に生きていけるのだろうか。
自分が生き残れてきたのは、ただ運が良かったからではないのか。いつも、そう自問する。
誰も動いていないからこそ、自分たちでセーフティネットを作る
私たちが運営する全国の困りごとを抱えた若者のためのLINE相談「ユキサキチャット」でも、大阪ミナミの繁華街(通称「グリ下」)での支援活動でも、親に頼れない、家庭の支えを期待できない子どもたちや若者から多くの相談がくる。
ユキサキチャットには全国各地の十三歳から二十五歳の若者が登録しており、登録者はこの春に2万人を超えた。コロナ禍から始めた食糧支援の累計は43万食、現金給付支援は累計1.1億円に達している。毎年、物価上昇などを背景に食糧支援数は過去最多を更新し続けており、親に頼れずにしんどい状況にいる全国の子どもたちや学生たちからの相談は後を絶たない。

大阪ミナミの繁華街で運営しているユースセンターは週2回の開所で、2025年度は繁華街で過ごす若者がのべ5000人近く来訪した。場所を公開していないのに、口コミで集まっている。家出してきた子、虐待を受けてきた子、家庭や学校に居場所が見つからずに繁華街に流れてきた子たちだ。行政の支援にもつながれず、誰にも「助けて」と言えないまま生きている子たちと、D×Pはここでつながりを作っている。

親に頼れない状況での生活は本当に厳しい。そんな状況でハラスメントに遭い、精神的に落ち込んだ時に、お金もなければ安心して住める家もない。それでも「助けて」と言えない子が実に多い。自分が運よく生き残れてきたからこそ、その子たちが「助けて」と言える環境を作っていきたい。
D×Pは寄付で運営しているからこそ、自治体や行政がサポートできていない子どもたちや学生たちを独自に支援する仕組みを作ってきた。年間活動予算は3.8億円を超え、そのうち約90%は寄付での運営になる。ほとんどが個人寄付だが、様々な人たちからの寄付のおかげで、ユキサキチャットやユースセンターも作ることができた。誰も動いていないからこそ、民間発のセーフティネットを作っていきたい。それがD×Pを始めた時からの変わらない気持ちだ。

いまい のりあき 1985年北海道生まれ。認定NPO法人D×P理事長。高校生のときにイラクの子どもたちのための医療支援NGOを設立。活動のために当時紛争地域だったイラクへ渡航した際、現地の武装勢力に拘束される。帰国後に日本社会から大きなバッシングを受け対人恐怖症になるも、大学進学後、友人らに支えられて社会復帰を果たす。そこで偶然、中退・不登校を経験した10代と出会う。親や先生から否定された彼らの経験と、バッシングされた自身の経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい若者が頼れる先をつくるべく、LINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じる。また大阪ミナミの繁華街で若者の居場所となる「ユースセンター」を運営し活動を行なう。ユース世代の声を聴いて伝えることを使命に、SNSなどで発信を続けている。

