第22回 スマートフォンのある生活
スマートフォンを解約し、ガラケーに変更したのは、二〇一七年、娘が一歳のときのことだ。可愛らしいさかりの娘を見ることもせずに、毎日SNSを見つめる自分がいやになったのだ。
それからしばらくはガラケーでTwitterなどを見ていたが、あまりにも見にくいので、半年ほどで見るのをやめてしまった。
ぼくは空いた時間で子どもたちと遊び、本を読み、海外サッカーを見た。それはとても充実した時間であったが、たまにどうしようもなくスマートフォンが恋しくなるときがあった。
そういうときは古いスマートフォンを持って、全国チェーンのカフェ に行き、店のWi-FiでTwitterやInstagramを見た。
カフェに行く前は、思う存分SNSをたのしもうと思っているのだが、実際に席に座り、スマートフォンの画面を見つめると、決まって十分ほどで飽きてしまった。
そういうことが何回か続いたから、ぼくは自分が完全にスマートフォン依存症から脱したのだと思っていた。
ふたたびスマートフォンを手にしたのは二〇二三年の七月のことだ。
きっかけはサザンオールスターズのライブで、キャリアと契約していないスマートフォンでは電子チケットを利用できないことがわかったからだ。
ぼくは渋々、格安スマホを契約し、ついでにiPhoneを最新のものに買い替えた。
目的はライブに参加するためであり、インターネットを楽しむためではない、と思っていたが、新品のそれを家に持ち帰り、箱を開けると、ワクワクが止まらなかった。
まず、ぼくが長年つかったスマートフォンより画面がきれいだった。
次に、処理速度が驚くほどに速かった。
そしてなんといっても、画面が割れていなかった。
サザンオールスターズのライブは残念ながら抽選にはずれてしまったが、ぼくの生活はたった二、三日で、スマートフォン中心のものに戻った。
六年間も離れていたのに、あっという間に元通りになった。
そのとき、息子は小学三年生で、娘は小学一年生だった。
家ではスマートフォンをまったく見なかった父が、あるときからその小さな機械でK-POPなどを見ているのを最初のほうは珍しがっていた。
もちろん、しばらくすると、遊ぼう、遊ぼうとぼくの袖を引っ張った。
ぼくは遊んだが、そのあとすぐに、iPhoneで大好きなバルセロナの試合の動画や、NewJeansの動画を見た。
見まくった。
早いもので、あの夏からもう三年以上経つ。
ぼくは変わらずスマートフォン中心の生活を送り、六年生になった息子はiPadで、娘はゲーム機器のSwitchでユーチューブなどを見ている。
息子は動画を見たり、編集したりするのが楽しくて仕方ないらしく、学校から帰るとすぐにiPadを立ち上げる。
一方、小学校に週に二、三回、しかも一コマしか参加していない娘は、楽しいというよりも、ほかにすることがなくて、電子機器の画面を見つめているように見える。
親としては、それよりもぼくといっしょに遊ぼう、と声をかけたいところだが、ぼくも家ではゆっくりスマートフォンを見たい。情けない。
今年の春、娘が、スマートフォンも、タブレットも、パソコンも、ゲームも一切見ない日をつくらない? とぼくにいった。
ぼくはそれを名案だと思い、妻も「いいね」といった。が、息子は涙目になって、「それならせめて、その日は本屋さんで漫画を買って」といった。
そうして、四月七日にぼくたちは四人で「ノー・デジタル・デイ」を過ごした。
息子には漫画を買わなかったが、その代わりにニトリでベッドを買った。
それまでは三組の布団で四人が眠っていたため、朝になると妻の布団がなくなっていたり、あるいは彼女の眠る場所がどこにもなかったりしていたからだ。
ニトリから帰って少し早い夕飯を食べ、子どもたちが宿題を済ませると、夜は「ドンジャラ」を囲んだ。
とてもたのしかった。それからわが家では、毎月第一火曜日が「ノー・デジタル・デイ」となった。
(続く)

しまだ・じゅんいちろう 1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながらヨーロッパとアフリカを旅する。小説家を目指していたが挫折。2009年9月、出版社「夏葉社」起業。著書に『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『長い読書』(みすず書房)などがある。
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