多くの社会課題が存在しています。そのために苦しい思いをしている人たちも大勢います。その課題解決を「楽しむ」と言ったら不謹慎!と思われますか? しかし社会課題に、もし楽しく関われるとしたら……。そもそも社会課題は、放っておいたら誰も関わろうとしないものです。でも、そこに楽しさを見出せるなら、喜んで関わろうとする人が出てくるはず。社会課題の解消は、ここからです。自らが楽しんで課題に向き合うという理念をもって堀崎茂さんが立ち上げたのがNPO法人東京里山開拓団。「そんなのうまくいかないよ」とされる問題に目からウロコの方法で立ち向かう。「放置されている里山を使わせて!」「その空き家、タダで貸してください!」。この虫のいい申し出が意外な展開を生むのです
第3回 雨水タンクが教えてくれること
荒れた山林や空き家が社会課題になっていることは知っていても、都会で忙しく暮らしている自分には直接関係ない話、関わってしまうと大変で面倒な話と思い込んでいる方が多いと思います。でも現実には、身近なところに荒れた里山や空き家はあふれていますし、思い切って関わってみるとけっこう楽しめるかもしれません。
というのも、私たち東京里山開拓団は、荒れた山林や空き家を探し、児童養護施設に入居する子どもたちと、山林を回復させたり、空き家を有効利用することを楽しみつつ、なんだかんだ、もう約20年近く活動を続けているからです。
試行錯誤はぜいたくな時間
今回は、雨水タンクにフォーカスして、私たちがどんなふうに荒れた山林や空き家と関わってきたのかを紹介します。
私たちが長年通って伐り拓いてきた東京・八王子郊外にある里山の頂上には雨水タンクがあります。里山の山頂では水道なんて引きようもないですし、沢がないか探したのですが枯れて水はありませんでした。そこで、雨水を集めてみようと思い立ったのです。この雨水タンクを設置したのは、東京里山開拓団ができてまもなくの2010年のことです。里山で水が確保できれば、きっと里山での活動のメニューが広がるはずと想像したからです。
雨水タンクは、NPO「雨水市民の会」が開発した「天水尊」という商品で、200Lの雨水が貯められるしっかりした造りになっています。都市部で、雨水利用の普及活動をされている会が、開拓団の活動に共感してくれ、中古品を無償で譲ってくれました。
開拓団のスタッフみんなで雨水タンクをいったん分解し、力技で頂上まで担ぎ上げるところまではなんとかなりました。ですが問題は、里山の中で雨を受ける屋根をどうやって架けるか?でした。
まずは里山で間伐した木を使って4本の柱を立て、上部に波板を固定し、雨樋で下の雨水タンクに集める「簡易小屋方式」で製作することにしました。
完成したら、雨を待ち遠しく感じます。次に行った時、雨水タンクの蛇口をひねると、多少の濁りはありましたが、ほぼ透明で冷たい水が勢いよく出て、達成感と感動を覚えました。

さて、しばらくの間は問題なく使えて満足していたのですが、翌年の秋になって台風がやってきました。簡易な小屋は、ひとたまりもなく吹き飛ばされ、無残にも破壊されてしまいました。里山の山頂は吹きっさらしで遮るものがなく、吹きつける風の強さは想像以上でした。
でも諦めるわけにはいきません。どう改良するのがいいか頭をひねって考えます。「試行錯誤する」というのも、私たち開拓団メンバーが大切にしている活動方針なのです。
たどり着いたのは、伐った木を柱にするのではなく、すでに生えている木々を柱に見立てて、その幹に梁となる木を直接縛り付けて波板を固定する「立木屋根かけ」方式でした。なんといっても、ここに生えている木はしっかりと根を張って、台風に負けないことは実証済みなのですから。
雨水タンクに屋根がかけやすいように、2メートルほどの間隔で3、4本の木がうまい具合に生えているところを探します。しかも、できれば、頂上広場からあまり離れていない斜面部分に設置したいとも思いました。
なぜかというと、初代の簡易小屋方式の雨水タンクは、頂上広場内の平らなところにありましたので、足元がすぐにびしょ濡れになってしまっていたからです。しかも、雨水タンクの蛇口は構造上かなり低いところにあり、しゃがみ込んだ、やや無理な姿勢で水を受ける必要もありました。
斜面側に蛇口を向ければ、水はけがよくて足元は汚れにくく、作業時の体勢もずいぶん楽になります。
場所が決まったら、梁となる木材を生木に縛りつけて、屋根の波板を設置します。そして蛇口の周りに伐った木を並べます。洗い物をまた泥土で汚さずにすむよう、水はけのいい流し台にするためです。
この目論見は大成功でした。2代目の「立木屋根かけ」方式の雨水タンクはたまに補修補強をする程度で、15年たった今も順調に稼働してくれています。
この雨水タンクによって、手洗い、消火用水の確保、調理器具の水洗いができるようになりました。里山活動の大きな楽しみである焚火料理ができるようになったのもこの雨水タンクができたおかげです。
本格的な石かまどづくりもできるようになりました。石を積み上げただけでなく、現地の粘土層から採取した土にこの雨水を加えて粘土にしてきれいに補強仕上げするのです。
夏がやってくるとペットボトルと雨水で水鉄砲遊びもできるようになりました。これは雨水の活用というより、夏の暑さを楽しみに変える工夫でもあります。
さらに、現地で栽培したサツマイモで焼き芋を作りたいという思いが募りまして、斜面に畑を伐り拓いて、たまに水やりしながらサツマイモ栽培に挑戦したのですが、こちらは結局サルやイノシシに食べられてしまい大失敗でした。

お金をかけない、これもぜいたくなこと
空き家のほうでも雨水タンクは大活躍しています。
2023年、開拓団は、里山のふもとで廃屋となっていた築300年の古民家を無償で借り受け、児童養護施設の子どもたちのための「ふるさとの家・さとごろりん」をDIYで造ることにしました。コロナ禍で外出がままならない時期でしたから、児童養護施設の職員や子どもたちだけでも里山ライフを実践できるようなふるさとの家がどうしてもほしかったのです。
しかし、ここには元々水道がありませんでした。かつて住んでいた方は沢から水を引いていたのですが、すでに枯れてしまっていました。どうやって水を調達するのがいいのか?
[案1]沢を整備して改めてホースで水を引く。ただしこの場合、大雨のたびに取水口を清掃することが不可欠。
[案2]井戸を掘る。実際、隣の家には古い井戸があり、可能性は十分あります。業者に相談してみたところ、ある程度まとまったお金が必要な上に、地下水が出るかどうかはやってみないと分からないとのこと。
[案3]本物の水道を引く。便利にはなりますが、道路沿いの水道管幹線からは数十メートル離れているので、専門業者に頼まねばならず、まとまったお金の準備や近隣との調整が必要。
[案4]雨水タンクの設置。「さとごろりん」には大きな屋根があり、壊れた雨樋を修復して雨水を集めれば、必要な水量は十分確保できそう。ただし、飲料水についてはペットボトルやポリタンクなどで持ち込む必要あり。
以上の4案をあれこれ考えた結果、選んだのが案4でした。
雨水タンクなら、自分たちの力で比較的手軽に作り上げることができて、その結果として自然の恵みを直接感じられるようになるはずです。しかもお金はきっと一番かからない。それが私たちにふさわしい開拓者精神を発揮するやり方だと思ったのです。
作業は雨樋の交換からでした。もとからあった雨樋は長年風雨にさらされて、金具が外れたり、ねじ曲がったり、欠けていたりという状態でした。採寸してホームセンターで必要な材料や道具を購入、古いものを取り外して置き換えていきます。自分でやってみると、いろんな気づきがあります。
雨樋というものは、縁側廊下の中央部が一番高くなっていて左右に緩やかに傾斜し、雨水が流れていく構造になっていることを、初めて知りました。
台所に近いところで雨樋からの雨水を受けられるよう雨水タンクを設置します。このとき大切なのは、できるだけ高い位置で受けることです。なぜなら高いところに貯めるほど使うときの水圧が高まり、蛇口からの水が勢いよく出るようになるからです。
ただし、購入した農業用雨水タンクは250L用ですから、満水になると250キロ以上の重さとなります。かなりしっかりとした土台をつくる必要があるのです。そのため現地に残されていた太い古い木材を組んで大きな木ネジで固定して台座を作り上げました。
工夫したのは、雨水を濾過するところです。水槽用濾過フィルターをいれたバケツの底に穴をあけて雨水タンクに接続する形で作ってみました。これならフィルター掃除が楽ですし、満水になっても接続部からあふれるだけで本体に影響はありません。
古く汚れた流し台からステンレス部分だけを取り外して磨き上げ、角材で新たな足を付けて土間に設置。隙間だらけの壁をうまくつかって雨水タンクからのホースを通し、ホースの先には、ひねると水が出るホース用蛇口金具をつけました。
次に「さとごろりん」に来た時、蛇口金具をひねってみると想像以上に透明な水が勢いよく出て感動しました。飲むことはできませんが、十分きれいで、手洗いや皿洗い、掃除には全く差し支えありません。
雨樋から雨水を受けられそうな場所はほかにもあり、防火用、遊び用としてビニール製雨水タンクを古タイヤを台座にして追加で3台設置しました。蚊対策として上にネットを張ったり、濾過フィルターを置いたりと細かい工夫をしながら使っています。
厳寒期の朝、水タンクやホースに残った水が凍ってしまい使えなくなってしまいましたが、自然の恵みで暮らすことの厳しさを感じました。でも気温が上がれば、氷は解け、使えるようになります。雨水はやはりありがたいのです。

気づかせてもらえない仕組み?
荒れた山林も、空き家も、身近なところにあるはずです。
多くの人が荒れた山林や空き家に関わらないのは、「身近に存在しないから」ではなく、「そこに目を向ける気持ちの余裕がなかったから」ではないでしょうか。こうした気づきは本当に大切です。社会課題に関わり続けるための必須要件は心の余裕です。
そして自らが試行錯誤しながら経験を積み重ねていく。自分ができなかったら周りに声をかける。最初はできなくても、仲間たちと課題を共有して試行錯誤すれば、その過程も楽しいものです。
都市に住む多くの現代人たちは、気忙しさゆえに、自分の周囲にたくさんの自然の恵みがあふれていることが見えていないのかもしれません。そこにあるのに見えていないのは、うっかり気づかなかったということではありません。大多数の人が気づかないということは、もしかしたら、そんな気づきを阻害する何か大きな力、仕組みが働いているのかも?
「身近な存在は大したものではない。まだ知らぬどこか遠くに、きっともっと大事なことがあるに違いない」――こうした思い込みは、実は戦後、農村から都市へと民族大移動してきた現代都市社会に暮らす人々に植え付けられた思考回路なのでしょうか。
だとすれば、いま必要なのは、それは思い込み、幻想であることに気づいて早く抜け出すことです。たくさんの人たちが荒れた山林や空き家と関わって、試行錯誤に楽しみを見出せるようになったとき、社会課題を克服する最善の方法が立ち現れてくるに違いないと思えてならないのです。

NPO法人 東京里山開拓団のホームページ https://satoyamapioneers.web.fc2.com/

ほりさき・しげる 1971年愛知県生まれ、東京在住、二児の父。サラリーマン生活の傍ら、2009年から「児童養護施設とのふるさとづくり」という、環境保全と児童福祉の一石二鳥の前例のないボランティア活動を立ち上げて環境大臣&厚生労働省からダブル表彰。現在は脱サラしてNPO運営やSDGs講演に注力しながら、課題の山積する現代にあっても心豊かな暮らしや社会をどうしたら実現できるか試行錯誤中。

