親の目を盗んでペロリと舐める至福。今や、どんな鄙びた酒場でもお構いなしの人間になったあたしにも、そんな密やかな時間が、幼い頃にはあった。ただそれが、ピーナッツバターなどではなかっただけ。お正月のお屠蘇があたしの原点。そこから酒場偏愛への助走が始まるのである。
我が故郷・熊本は「赤酒」という独特の酒文化が残っている。灰持酒の云々カンヌンという専門的な説明はこの際置いておくとして、みりんのような濃厚な旨味のあるお酒(=赤酒)に、丁子や山椒などのスパイスを浸したものがお屠蘇として供される。それが熊本の伝統的なお正月。うっとりするほどの甘やかさに、す~っと口中に広がるエキゾチックな香り。お正月のみに許されるものという特別感も相まって、この上ないほど魅了された。
子どもだから、もちろんほんのり口に湿らせる程度。憧れるあまりに、親の目を盗んではペロリ、ペロリ。そんな子ども時代だから、当然、お酒への興味は人一倍。大人になったら絶対に酒呑みになるんだ。幼心に決めていた。
そして待望の大人時代到来。大学入学を機に上京し、まず最初に買い出しに行ったのが、日本酒の一升瓶だった。銘柄は、大関か菊正宗か。ひとりあおった茶碗酒が、陶然とするほどの美味しさだった。
これを皮切りに、お酒の世界に一層魅せられて、ズブズブと。
せっかくの東京だもの。流行りのカフェやオシャレなレストランにだってもちろん足を運んだ。しかしその時のアウェイ感と言ったらなかった。まるであたし一人だけが異邦人のような……。そんな時に出会ったのが時代を帯びた食堂。タバコの煙がもくもくと充満する中、スポーツ新聞片手にビールを呑んでいるおじさま方。その光景があまりに素敵すぎて、あたしの生きる道はここだ、天啓が降りたような心持ちになった。運命の出会いだったと言っていい。以来、昭和な酒場に吸い寄せられるようになった。
新橋のガード下にかつてあった老舗モツ焼き屋では、モツの部位すらも知らなかった世間知らずのあたしに、注文の仕方を教えてくれるおじさまもいた。初めて酒場でひとり酒をした時も、たまたま隣り合った常連おじさまから、細やかに、しかし実にさりげなく、おすすめの酒肴などを教えてもらった。
出会う人たちがことごとく優しくて、面倒見の良い方々揃いだった。絡み酒をするようなストロングスタイルの酔っ払いさんと出会うことは皆無だった。幸運としか言いようがない。おかげで、酒場は天国という確信を、今でも持ち続けることができている。

酒場でひとり呑み。
「何をしながら呑んでいるんですか?」
そう尋ねられることも多い。その時のあたしの答えは一択だ。
「ただ呑んでます」。
本を片手に呑む人ももちろん多い。あたしもそのスタイルで楽しんでいた時もあった。特に最良の酒の友だったのが、雑誌『噂の眞相』。ほろ酔いに見事に伴走してくれる一冊だった。そんな時代も経ながら、今は、1ページたりとも繰ることはない。とにかく酒場の空気を余すことなく吸収したいからだ。
常連さんが召し上がっている酒肴は何か。お酒は冷酒なのか熱燗なのか。ホッピーはどんな割合で中と外を割っていくのか。何の注文もせずとも「いつものね」という無言の会話でポンと手元に生ビールを置かれた常連さんが、「行ってらっしゃい」とお店の方に送り出されていく瞬間まで、その方とお店の方々との関係性を勝手に空想しながら呑むお酒の美味しさよ。
食堂呑みもたまらない。
瓶ビールを傾けているあたしの横では、生姜焼き定食の丼飯をワシワシとかきこんでいる学生さんがいる。その向こうには、昼からご機嫌に仕上がっている赤ら顔のお父さんたち。年齢層の幅の広さに加えて、お酒を呑まないノンアルの人たちもいるので、客層もより多彩。その人たちの人生にも想いを馳せるのだ。
そう、酒場は、食堂は、あたしに無限の翼をくれる場。お子様連れのお客さんたちが隣り合うと、まるで自分が親戚になったかのような心持ちになって過ごしてしまうほど。
そんな気持ちの悪い客はない、かもしれない。けれども、勝手に空想をしているだけなので、どうか許してほしい。


そんな偏愛の中でも、あたしにとっての最高峰は、赤羽「まるます家」だ。コロナ禍前までは朝9時から呑めたこともあって、朝酒の聖地と称されていたこともある。と言うと、酒呑み濃度の濃い酒場だと思われそうだけれども、お食事だけのお客さんも普通にいらっしゃる。
とある年のクリスマスイブ、2階の座敷で呑んでいたら、隣向こうの卓では、終業式帰りらしき小学生のお子様連れお母様二人組が、みんなで一緒に鰻重を楽しんでいらっしゃった。クリスマスイブにチキンではなく、鰻なんだと言う点でも赤羽という土地の奥深さにヤラレタのだけれども、酒場の座敷にお子様連れでいらっしゃる様子が、何の違和感もなかったのも深く心に刺さった。
子どもも女性もひとり呑みもノンアルの人も、安心安全に過ごせる場があることのありがたさよ。それを可能にするほど場を律し、雰囲気を作り上げてきてくださったお店の方、そして常連さんたちの不断のご努力に深く感謝をしながら、やっぱり今日も、空想の翼を羽ばたかせに、酒場へ足を運ぶのである。



くらしま きわこ 1973年熊本県生まれ。出版社に就職後、「酒浸り」の暮らしを目指し『古典酒場』創刊。著書に『口開け酒場でひとり呑み』(本の雑誌社)『Tokyoぐびぐびばくばく口福日記』(新講社)がある。「にっぽん酒処めぐり」など、飲み歩きのテレビ番組でも活躍中。

