第11回 無意識のうちに感情や行動に影響を及ぼすBGM——沖野成紀
連載の第2期では、人に対する音楽のさまざまな効果・影響を見てきましたが、作曲にせよ音楽療法にせよ、音楽を提供する側もされる側も音楽のポジティヴな効果を意識してのこと、という点では変わりありません。
ところが、提供する側が密かに、提供される側に意識されないようなネガティヴな効果を狙うケースがあるとしたらどうでしょうか。ちょっと怖い気もしますね。それは、意識されていなくても、聞く人に影響を及ぼすBGM(Background Music:背景音楽)の持つ力によります。
BGMを提供する側はともかく、聞いている私たちは特に音楽に注目していませんよね。それでも音楽は、それが耳に入る人に確実に影響を及ぼし、しかもその目的が場合によってはネガティヴなこともありえます。今回は、そのようなちょっと怖い側面もあるBGMについてのお話です。
BGMが私たちに与える影響
一言でBGMと言っても、それにはさまざまな種類があります。まずは、特に「背景音楽」と日本語に訳した場合は、映画やTVドラマなど映像作品で流れる音楽のことを指す場合が多いようです。映像作品を視聴するとき、普通私たちの意識は視覚情報や言語情報(せりふ)に集中し、主題歌以外の音楽や効果音はまさに背景に沈んでいます。
それでも、それは私たちの状況解釈や予測に影響を及ぼします。ストーリー展開がこの後、良い方に向かうのか悪い方に転ぶのか微妙なシーンでも、明るい背景音楽だと好転するんじゃないかと期待を抱きますし、暗い音楽であれば何か悪い事が起こりそうな気分になります。
視聴中、音楽そのものやその効果については、相対的に意識はされませんが、作品の一部であるという前提で私たちは視聴しているので、そこに倫理的な問題はあまりないでしょう。聞きたくなければ、そもそもその映像作品を視聴しなければいいわけです。
しかし、これがテレビCM(コマーシャル)等になると、少し危うい面が出てきます。CMですから、作り手側は、少しでも商品を買ってもらおうと、その良さをアピールします。しかし、単に商品をアピールするだけではなく、あの手この手で仕掛けてきます。
かつて「サブリミナル効果」を使ったCMが話題になったことがありました。これは映像に一瞬、認識できないほど短い間、広告画像を混ぜることで潜在意識に影響を与える手法です。思われているほどの効果があるのかどうか、学術的には疑問視されてきましたが、一定の効果がある可能性は否定できないため、今では日本を含む多くの国で倫理的に禁止されています。
ここまで極端な例でなくても、やはりCMにおいて意識の的ではないBGMの効果には注意が必要です。CMそのものへの好き嫌い、良い悪いといった感情反応はその製品への態度に影響を与えますが、CMで使われるBGMもまた、そのような感情を引き起こします。
たとえば、マーケティング理論で有名な、G. J. ゴーンが1980年ごろにカナダで行なった実験的研究では、好まれる音楽か好ましくない音楽のどちらかが鳴る中(それぞれ映画『グリース』の音楽とインド古典音楽だったそうです)、青かベージュのペンのスライドが実験協力者に呈示されました。
その後、実験参加への謝礼という設定でこれら2種のペンのうちどちらか1つを持ち帰れるようにしたところ、79%もの人が映画音楽の鳴っていた時に映し出された方を選んだとのことです。つまり、好まれるBGMを付けることがCMに効果的であることが実証されたのです。
このように、私たちが何となくテレビCMを見るとき、知らず知らずのうちにBGMによって条件づけられていることもあるのです。ただし他の要因も絡むので、パブロフの犬のように単純ではありません(実際このような実験結果にならないタイプの製品もあります)。 しかも、TVや映画館で見せられるCMは、私たちが視聴したくて見聞きしている作品の一部ではなく、あくまで制作サイドの利益誘導のために、否応なく視聴させられていることになります。
音楽が購買意欲を刺激する!?
もっとも、CMの場合は、見たくなければお手洗いに行くとか、映画館だと本編が始まる寸前に入ればいいわけです。より問題となるのは、映像の背景音楽としてのBGMではなく、現実の空間に流されるBGMでしょう。いわゆる環境音楽としてのBGMです。
それも、展示施設等のBGMならその展示空間と一体と考えられ、聞くのが嫌なら展示会場に行かなければいいのでまだしも、一番問題となるのは、お店や病院、工場、あるいはもっと公共性の高い場所で流されるBGMです。
これらの音楽は、映像作品や展示会場とは違ってその場の本来的な構成要素とは考えられません。にもかかわらず意図的に流され、耳に入ってくるのを防ぐ手立てがないことが多いです。そのような場合は、BGMの提供者の意図を考えてみなければなりません。
お店のBGMが果たす大きな役割は、当然ですが売り上げを伸ばすためです。これについてもいろいろな研究があります。スーパーマーケットで客が費やした時間を計測した研究では、騒々しいBGM下では平均17.64分、ソフトな音楽では18.53分という結果が出ました。覚醒的な音楽は客にいっそう素早く買い物をさせたと考えられます。
また、お客さんが店内の2点間を移動する時間を計測した研究では、毎分93拍以上の急速な音楽では108.93秒、毎分73拍以下のゆっくりとした音楽では127.53秒という結果になりました。遅いテンポでは客の移動も遅く、おそらくそれ故より多くのお金も使ったと考えられます(この実験では、それぞれ1万2112.85ドルと1万6740.23ドルでした)。買い物客は、決して踊るときのようにBGMのテンポに合わせようとしたわけではないでしょうが、無意識のうちに合わせてしまっているのです。
このようなことは、物を販売するお店だけではありません。レストランでの追跡実験では、ゆっくりとした音楽は長い食事時間を導き、多くの飲み物が注文されたとのことです。また、大学のカフェテリアで急速な音楽を流したところ、ゆっくりとしたBGMと比べて、1分間に食べ物を口に入れる回数が増えることを観察した研究まであります(平均値は4.40回と3.83回)。
飲食店のカテゴリーにもよりますが、経営者からしてみれば、スローテンポのBGMで飲み物代を稼ぐか、アップテンポなBGMで客の回転率を上げるか、そのバランスが難しいところですね。 お店が売り上げのためにBGMにもこだわるというのは、CM同様に許されることなのかもしれません。でも、私たちの消費行動が知らぬ間にBGMによって操作されているなんて、ちょっと悔しい気もしますね。
しかし、すべての環境音楽型BGMが、提供者の利益誘導のためばかりではありません。たとえばヒーリング・ミュージック(癒しの音楽)として流されるBGMがあります。歯医者に行ったら、そのような音楽がかかっていた経験はありませんか。これは私たちが意識していなくても治療の一環と見做せますから有難いことです。
ただし、同じヒーリング系BGMでも工場などで流されるとなると、どうでしょう。それは専ら単純反復作業による労働者の疲労や倦怠を軽減するために流すとされているのですが、同時に、生産効率を上げることによって経営者の利益にも直結します。現に工場のBGM効果に関するイギリスでの初期の研究(1937年)から既に、労働者のためにBGM利用は効果があるとしながらも、どのジャンルの音楽が生産を高めたか低めたかという議論をしています。
これに対し、個人レベルで勉強や作業時に効率を上げようと自ら音楽を流すのは、全く各個人の自由選択によるものです。東海大学教養学部芸術学科の音楽系学生の卒研でも、個人的BGMと作業効率(スピードや正確さ)の関係は、人気の実験テーマの一つです。
その効果には最終的に各人の性格や音楽の好み等も関わってきますので、皆さんも興味のある人は、いろいろな情報を参考にしつつ、自分に合ったBGMを探してみてください。もちろん、無音が一番いい人もいるはずです。
たかが音楽、されど音楽……。
しかし、こういったBGMの効果について、時としてゾッとするようなケースもあります。例えば、アメリカのV. J. コネチニが1970年代後半から始めた一連の実験的研究の結果です。この研究は、単にBGMの効果というだけでなく、音楽と人間の行動の相互作用を明らかにしようとする社会心理学的な実験であったのため、かなり手が混んでいます。
まず、予備実験あるいは本実験の比較実験として、コンピュータで複雑さの高いメロディーと低いメロディーをいくつか生成し、実験協力者にこれら2タイプから自由に選択して聴いてもらいます。すると、どちらのタイプも同じ回数ずつ聴こうとしました。
そして本実験です。集まった実験協力者たちが上の選択聴取に入る前、協力者の1人を装ったサクラによって、なんと執拗に侮辱されるのです。その結果、怒った協力者たちは、時間にして約70%もの間単純なメロディーの方を選んで聴くようになりました。何となく結果の分かりそうな試みですが、きちんとした実験と統計学的処理によって学術的に検証されたのです。
そして実験の第3パートでは、侮辱されて怒れる協力者が選択聴取に入る直前、侮辱した人に仕返しをする機会が与えられました。当然、仕返しをした人としなかった人に分かれます。するとどうでしょう、仕返しした人はしなかった人よりも、単純なメロディーを選ぶ確率が低くなったのです。
ところで、仕返しとは具体的に何ができたのでしょう。それはなんと、サクラにマイルドな電気ショックを与えることでした! もちろん実際に電気は流れず、サクラが演技をするだけですが、この手法は、20世紀に行われた社会心理学的実験の中でも特に有名なS. ミルグラムによる追従実験あるいはアイヒマン実験と呼ばれるものを彷彿とさせます(興味のある人は調べてみてください。ただし、このような実験は協力者に多大なダメージを与えることが分かり、その後実験倫理基準がどんどん厳しくなった今では、もうほとんど許されません)。
さて、BGMの恐ろしい効果に関わる、コネチニ実験の最後の段階に入ります。実は、実験協力者が仕返しをするかどうか決めている間、BGMが流れていることがありました。それは、複雑さと音量という2つの次元で計4つの条件に分けられています。
すなわち、複雑かつ大音量の音楽に晒されていた人たちは、単純かつ適度な音量の音楽に晒されていた人たち以上に、さらには複雑なだけか音が大きいだけの音楽に晒されていた人たちよりも多く、そのサクラを罰したのです。音楽は、それ自体攻撃への直接的効果をもつわけではありませんが、侮辱の引き起こした興奮状態を増幅あるいはコントロールしていたのです(ちなみに、単純かつ適度な音量の音楽に晒されていた人たちは、全く音楽に晒されなかった人たちと比べても、攻撃行動が少なかったとのことです) 。
もちろん、この実験結果を知って人間なんて所詮……、と悲観的になることはありません。このような心理学的実験の常ですが、平均的に統計学的有意という結果が出ても、実際は個体差が大きいのです。私たち一人一人が心掛けるべきことは、音楽の持つこのような平均的傾向も十分に知った上で、万一自分が然るべき状況に陥ったとき、決してBGM提供者の思惑通りにはならないよう、冷静に主体的に行動することではないでしょうか。
以上のように見て来ますと、「たかが音楽されど音楽……」とでも言いたくなりますね。音楽が人や社会に与える力を、決して軽く見るべきでありません。それは悪意を持った人に意図的に使われれば、他人を攻撃しうる結果をももたらしうるからです。
次回からは、良くも悪くも音楽が政治や歴史に影響を与えたケースを紹介していきます。まずは田丸智也先生に、「怒りの感情と音楽」をテーマに、1960年前後の米国のジャズと社会背景について解説していただきます。そこでは、音楽が単に一時の感情や行動だけでなく、思想にも影響を及ぼしうるケースが紹介されることでしょう。

おきの・しげき 1960年兵庫県生まれ。東京大学基礎科学科卒業、同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1996年、東海大学教養学部芸術学科に赴任。専門は哲学的音楽美学から実験音楽美学へとシフト。論文はインターネット上で閲覧可。著書に『古楽の音律』(共訳、春秋社)、『人はなぜ音楽を聴くのか』(共訳、東海大学出版会)など。
バックナンバー

