【連載】今日もサメ日和◎沼口麻子——第13回/サメサメ・サメ博物館オープンに向けた展示作り

第13回 サメサメ・サメ博物館オープンに向けた展示作り

「先生、ホシザメ餃子がまもなく焼き上がるのでいらしてください!」 

 夜の8時頃、研修生から連絡があった。彼らが宿泊するサメハウスの扉を開けるといい匂いがする。サメサメ・サメ博物館での研修が終わった後にホシザメを捌いて、夕飯のまかないにしたようだ。 

 サメを使った餃子の他にも、ホシザメのぶつ切りステーキもできていた。研修生の一人が言う。「私、サバとか青魚を食べられないんですが、サメは美味しく食べられます!」 

ホシザメのぶつ切りステーキ。新鮮なサメは臭みがなく、魚が苦手な人でも美味しく食べることができる

 私が教鞭をとるTCA東京ECO動物海洋専門学校の学生4名が、7月1日から長期滞在してサメサメ・サメ博物館のオープンに向けた準備に取り組んでくれている。日ごろから、水族館や博物館をプロデュースするために必要なことを勉強したり、魚類の飼育を学んだりして、この業界のプロフェッショナルを目指している学生たちだ。 

 彼らは私が講師として行った特別講義「サメ標本作り」にも参加してくれていて、頭骨標本作りのノウハウも学び済みだ。そして、東京からはるばる宮城県へ。サメサメ・サメ博物館のスタートアップのインターン生として立候補してくれた精鋭たち。研修後にもサメを捌いてサメ料理に勤しむのだから、シャーキビリティの高さは筋金入りだろう。 

スペースを活かした体験型の展示を作る

 今回の研修テーマは「引き出し展示の制作」である。こちらから学生さんに提示した課題は、サメの特徴や能力など一つのテーマを決めて、引き出し展示を作ること。引き出し展示とは、文字通りであるが、「引き出し」を活用した展示手法だ。 

 コンパクトなスペースを最大限に活用でき、そして自ら引き出しを開けるという体験型の展示を実現できる優れものだ。サメサメ・サメ博物館のような小規模施設に最適な手法ではないかと考え、取り入れてみたいと思ったのだ。 

 博物館の館内は、もともと病院施設であったころに使われていたものをできるだけ活用したいと考えた。廃材となっていた引き出しをかき集め、使えるものを選定。その後、展示内容や部屋の幅に合わせて、5段×5列の引き出しを作ることにした。 

 想定される中身の重さに耐えうる素材選びなど、専門的な設計と工事はプロに任せたい。そんな私の希望に地元の建築士さんが快く力を貸してくれて、理想の引き出しが出来上がった。 

 実は引き出し展示には懸念する点があった。それは不特定多数が触れるものなので、扱い方によっては、引き出しの中身や天板の上の剝製などに影響が出てしまうのではないかということだ。強い振動を受けると、標本によっては割れたり、劣化してしまったりすることもある。しかし、その心配は杞憂に終わった。 

引き出し展示の天板をはめ込むところ。サメサメ・サメ博物館の引き出し展示は対象年齢を7歳としたので、平均身長を加味して、天板の高さは80cmほどにした。大人からするとちょっと低めと感じる高さだが、天板の上に剝製を展示することを考えると、対象者の目線にちょうどいいと考えた

 引き出しの展示制作の研修は次のように進められた。まずは、引き出し展示とは何か、どんな工夫ができるのかということを学ぶために、学生さんがオーストラリアの博物館で撮影した展示や国内の博物館の展示例をシェアした。その後、サメのどの部位のテーマを誰が担当するかについて話し合いが行われた。 

 そして、レイアウトの叩き台を基にプレゼンを行い、そこで出た意見をフィードバックして修正をしていく。さらには全国のサメに関心のある子どもたちとオンラインでディスカッションを行い、展示案についての意見交換を行った。 

 その後、情報の裏付けをするために文献や図鑑から情報収集を行うと同時に、引き出しの中に入れる必要なツールの洗い出しをして準備。最終的なレイアウトが完成したら、展示品の制作作業にひたすら集中した。 

サメ特有の電気受容器官「ロレンチーニ瓶」の解説に使う標本を制作する研修生。「ロレンチーニ瓶」というサメ特有の器官を解説するための写真が欲しければ、サメの頭の皮膚を剝がし、写真を撮影することが必要になる。また、さらに理解してもらうために器官そのものの拡大模型を制作する。繊細な作業なので大変時間がかかる
「サメ肌」をテーマにした学生は、サメの体から皮を剝がし、乾かす。梅雨に入ってしまったので、乾燥にも時間を要した。このあと、サメ肌をカッティングして、顕微鏡写真を撮影

 研修生たちが書いた研修日報の「1週間を振り返って」の項目には、 
・チームでコミュニケーションを取りながら、一人では気付けないような視点を取り入れることの重要性を感じた。 
・博物館では間違った情報を掲載することは絶対にあってはならないため、どれだけ多くの情報を集められるかよりも、どれだけ根拠のある情報を集められるかがとても大切だと学んだ。 
・模型作りを確認せずに完成まで進めてしまい、一からやり直しということがありました。時間のロスからスケジュールどおりに物事を進められないというのが自分の課題だと認識したので、自分の考えをその都度チームに共有していくように直したい。 
・目標を立てて、それが何%達成できたのか、100%達成するためには具体的にはどうしたら良いのか。その考え方を学び、今後も実践していくことで、自分の苦手分野をなくすことへの良いきっかけとなる研修でした。 
などの感想が書かれていた。それぞれが研修を通して何らかの学びを得られたようで、とてもうれしい。 

研修日報。ミーティングは朝、昼、夕方と1日3回行った。その引き出しは何を目的としたものなのか。そのツールで本当に良いのか。解説文は正しいのか。ターゲットに寄り添った内容になっているのか。全員で確認し、客観的な意見交換を行うことを習慣化した

まもなく理想とするサメ博物館がオープン

 サメサメ・サメ博物館のオープンまで1ヵ月を切った。思い返せば、サメの学習施設を作るために宮城県に引っ越そうと決めたのが4年前のこと。物件の調査やインフラ整備を行い、展示標本の採集、作成、収集、寄贈の受け入れもこの時期から開始した。700点以上にもなった所蔵標本のラベリング、そしてデータベース化する作業はボランティアの学生さんたちにお願いした。 

 また、資金に関しては、クラウドファンディングにて資金調達を行った。母校である東海大学の先輩や関係者、そして多くの人から支援をいただき、博物館をオープンすることが決定した。まずは博物館の方針を決められるのは自分だけという状況で進めたかったので、公的な資金援助や助成金に頼らない方向で進むことにしたのだ。もちろん、名もなき小規模博物館の運営は、成功したら奇跡と言われるほど難しいということは百も承知である。しかし、自分の気持ちに忠実にスタートを切りたかった。 

 オープンに向けて全てが順調に進んでいたわけではない。私の未熟さからオープニングスタッフが退職してしまったことなどもあった。スタートアップのための準備は日々試行錯誤だ。ターゲットとする来館者のためにはどんなツールを使って、どんな表現や解説をすれば正しくサメを理解してもらえるか。何のためにこの展示を作るのか。想定される状況を頭の中で想像して、あらゆる方法で正しい情報を収集して、勉強して、一つの展示を作り上げる。 

 世の中に正しいサメの知識や情報を発信し、今ある真実のサメの姿を知ってもらう。また、彼らの背景にある見えない問題を紐解く。自分の人生と全く関係ないと思われているサメを自分ごとにしてもらう。保全をしていくためには、一人でも多くの人にサメという生き物に興味を持ってもらうこと。それが一番重要なのだ。 

 しかし、それを実現するための明確な正解もなければ、やり方を指南してくれるマニュアルもない。もしかすると、地球上でまだ誰一人としてやり遂げていないことかもしれない。これから多くの若者がサメサメ・サメ博物館を通過していくと思う(していって欲しい)。世の中にサメの魅力を伝える伝道師育成の教育プログラム作りにも、本腰を入れる時期がきていることは間違いない。 

 今日も今日とてサメ日和。よろシャーク。 

シャークジャーナリスト沼口麻子の「サメサメ倶楽部」
 https://lounge.dmm.com/detail/645

サメが好きな人が集まり、サメについて学び、サメの魅力を世の中に広めて行こうというコミュニティです。

沼口麻子

ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、同大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。在学中は小笠原諸島周辺海域におけるサメ相調査とその寄生虫(Cestoda条虫綱)の出現調査を行う。現在は、世界で唯一の「シャークジャーナリスト」として、世界中のサメを取材し、その魅力をメディアなどで発信している。著書に『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)、『ホホジロザメ』(福音館の科学シリーズ)。

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