第12回 解剖実習でサメの違いを学ぶ
「先生、サメの心臓はどこにありますか?」
私はサメの胸鰭の付け根に出刃包丁の刃先を突き立てる。皮膚の表面にあるサメ肌に刃先があたり、ザラリと鈍い音がした。さらに喉元にかけて包丁を一回だけスライドさせる。
刃はこの日のために研ぎあげてあるので、切れ味は申し分ない。筋肉の下にある少し硬い軟骨を切ると、一心房一心室の親指大の心臓がコロンと出てきた。人間でいう肩甲骨の上あたりにサメの心臓は位置するのだ。


これはプロのサメ専用包丁。切れ味をよくするために頻繁に研いでいるため、一年ほどで包丁の幅がこのくらい細くなる
これは、今年5月に開催された東京の専門学校での特別授業「サメの解剖実習」の一コマだ。時代の流れもあり、2026年度から私の担当するサメ講義もオンデマンド授業となった。 動画編集の大変さはあるが、受講後のレポートを見る限りでは、授業の理解度は対面授業より上がっているように感じる。しかし、実習はオンラインでは難しい。そのため、この日は久しぶりに学校へ赴いてサメの解剖実習を行ったのだ。
サメの種を同定する
この実習で最初にやることは、種の同定である。同定とは、そのサンプル(この場合はサメ)が分類学上、どの種に属するのかを突き止める作業である。これにより、学名や和名が明らかになるため、サメに限らず生物を研究する上で必須である。
分類学的な研究がほとんど進んでいない生物群であれば、専門家でも同定が難しい場合がある。それに比べると、サメは分類学上の目レベルまで同定するのがさほど難しくない。サメの各鰭の名称がわかれば誰でもできて、まずはしり鰭の有無を確認することから始まる。

しり鰭が無い場合、平べったい体つきであればカスザメ目、ノコギリが吻端にあればノコギリザメ目、それ以外であればツノザメ目に分類される。しり鰭がある場合、背びれが一基で鰓孔の数が5つより大きければカグラザメ目、背びれに棘があればネコザメ目だ。
さらに目より前に口があればテンジクザメ目、そうでなければ、目をすっかり覆うまぶたがあればメジロザメ目、無ければネズミザメ目となり、8つの目に分類される(9目に分類される場合もある)。
「全部同じに見えていたサメの違いがはっきりとわかるようになりました」「こんなに簡単にサメを8つにグルーピングできるなんて驚きました」など、このような講義をするとサメのどこを観察すれば良いのかが理解でき、目から鱗が落ちる学生さんも少なくない。
その次は目から科へ、科から属へ。そして最終的には種まで落とす。近年はアプリで写真を撮影すると種名がわかる同定ツールがあるらしいが、博物館に展示したり、研究のサンプルとして扱ったりする場合は『日本産魚類検索』(東海大学出版会)というチャート式の図鑑で調べる。
本書を使い、サメの同定のキーとなる識別形質を主に外部形態の観察により調べていく。たとえば、尾鰭が著しく伸長していたらオナガザメ科。頭部背面がT字状であればシュモクザメ科といった具合だ。
ただ、識別形質を伴っていない種がいた場合、同定できないこともある。未同定になるパターンは他にもある。どこまでを種内変異と認識するかという課題があったり、近縁の種であれば、他種との交雑が生じている可能性もあったりするからだ。
また、学名がそもそも決まっていないパターンもあり、そうなるとその生物を参照するための正しい図鑑がない。学名と生物の対応関係に混乱が生じている場合は同定するのが極めて困難である。これを分類学的混乱といい、こればかりは専門家の更なる研究結果を待つしかない。
サメを好きになってサメのことを調べ始めると、誰よりもサメについて詳しくなった気がする。しかし、さらにサメを深掘りしていくとわからなくなってくる。その混沌とした世界へ踏み込んだ感覚を持ったなら、それはあなたのシャーキビリティが上がった証である。さあ、これからまたどっぷりサメ沼にハマろうじゃありませんか。
まるで未確認生物のような骨格標本
8月にオープンする予定のサメサメ・サメ博物館は、スタートアップのためにクラウドファンディングを行った(3月にて終了)。返礼品で人気があったもののひとつは、意外にもサメよりもエイの頭骨標本だった。

サメとエイは同じ板鰓類[ばんさいるい]というグループだが、一般的にサメよりエイは人気が低い傾向にある。ではなぜ今回はエイの標本が人気だったのかというと、それにはちゃんとした理由がある。骨格標本にすると宇宙人みたいな見た目でキモカワだからだ。
「ジェニー・ハニヴァー」(Jenny Haniver)という名前を聞いたことがあるだろうか。未確認生物の死体としてヨーロッパで一世を風靡した海洋生物の乾燥標本である。正体はエイの干物に切れ込みを入れた加工品であるが、小型の宇宙人を連想させるような姿をしていることがウケたようだ。興味のある方は、ぜひ「ジェニー・ハニヴァー」と検索してみてほしい。
さて、エイの仲間は、何目に分類されるのだろうか。『日本産魚類検索』によれば、エイ目として1つにまとめられている。
・Rajiformes エイ目
※目の和訳は『日本産魚類検索』第三版を参考にした。
一方で全ての軟骨魚類を網羅したウェイグマン氏の2015年の論文によれば、エイは以下6目に分類されている。
・Pristiophoriformes
・Torpediniformes
・Pristiformes
・Rhiniformes
・Rhinobatiformes
・Rajiformes
その後、2017年に開催されたインドパシフィック魚類学会で発表されたサイト(https://sharksrays.org/)によればエイは以下の4目だ。
・Rajiformes ガンギエイ目
・Torpediniformes シビレエイ目
・Rhinopristiformes ノコギリエイ目(トンガリサカタザメやサカタザメの仲間を含む)
・Myliobatiformes トビエイ目
※目の和訳は『日本板鰓類研究会会報』を参考にした。
ちなみに、ジェニー・ハニヴァーには、ガンギエイの仲間やサカタザメの仲間が使われることが多いという。サカタザメはサメとついているが分類学上はエイの仲間である。上記に則ると、ノコギリエイ目の傘下にサカタザメが入ることになる。
分類だけでなく、和名もこれまたややこしい。一見、エイのグループにサメが入っているけど正しいの? と思うかもしれないが、これで正しいということになる。サメに比べて人気が低いエイの世界。研究者も少ないのでエイの同定は難しいことも多い。
さて、冒頭のサメの解剖実習の話に戻る。全長サイズや体重を計測した後、肝臓、消化管、そして生殖腺を観察する。今回のサンプルは全長832mmのカスザメのオスであった。オスは腹鰭の一部が変形し、交尾器が2本ある。したがって、サメを含む軟骨魚類は雌雄の識別が容易である。
交尾器は成長により長くなり、硬くなる。触ってみて硬かったら、成熟している可能性が高い。それを決定させるのは精子の有無である。貯精のうを押してみると、白くてどろっとした液体が出てきた。これが精子である。このカスザメは成熟したオスであると判断した。
その後、オスのネコザメの解剖を行った。このネコザメの交尾器は短く、硬くなかった。精子もまったく確認できなかったので未成魚と判断した。今回の実習ではオスの成熟ステージの違いについても学ぶことができた。
この実習に参加した学生さん全員が、私の解説する一言一句を聞き漏らさないようにと集中していることが感じ取れた。やはり、授業というものはこうであって欲しい。彼らの熱量をダイレクトに感じると、もっともっと学んで欲しいという気持ちが湧いてくる。
今月の2回目の解剖実習では、少しサイズが大きい遊泳性のサメを解剖する。開腹してみないと、サンプル個体が妊娠しているかどうかはわからないのだが、お腹が膨らんでいる個体があるので期待できそうだ。次回はメスの生殖腺について学ぶ実習になれば良い。
今日も今日とてサメ日和。よろシャーク。

ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、
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