【連載】世界は音楽でできている◎東海大学教養学部芸術学科――第7回 沖野成紀/現代の〝world music〟とは?

第7回 現代の 〝world music〟とは?――沖野成紀

 2025年12月にスタートした連載も今回で7回目です。ここまでは「世界」と「音楽」を巡って、東海大学芸術学科の音楽系教員がさまざまな観点から論じてきました。 

 今回は第1期の締めくくりとして、「世界」と「音楽」という2つの単語をダイレクトに並べた現代英語のworld musicについて触れておきましょう。ただし、そのためには2つの意味を区別してお話ししなければなりません。日本語にすると、それぞれ「ワールド・ミュージック」と「世界音楽」になります。 

ポップスのサブジャンルとしての「ワールド・ミュージック」

 この連載のタイトル「世界は音楽でできている」は、事前準備の段階で出た幾つかの案の中から選んだものです。その時点では知らなかったのですが、じつは過去に同じタイトルの本が出版されていたようです。 

 この『世界は音楽でできている』(音楽出版社)は、雑誌『CDジャーナル』(音楽出版社)のムック本として2007年に出版されたものです。内容としてはCDやDVDのガイドブックで、そこで扱っているジャンル名が「ワールド・ミュージック」でした。それは、どんな音楽ジャンルのことだったのでしょうか。  

 この本によると、日本のCDショップなどでは、日本語や英語以外の言葉で歌われる音楽のことを「ワールド・ミュージック」といい、どちらかというと伝統音楽よりはポピュラー・ミュージックのことを指しているようです。そして、この「ワールド・ミュージック」という言葉は、1980年代後半からショップのコーナー名などとして音楽業界で使われるようになりました。きっかけは、1987年イギリスのレコード店や音楽雑誌が分類のために始めたという説が有力です。 

 もちろん、それ以前から、ボサ・ノヴァやレゲエ等のラテン系、ヨーロッパの場合はケルトやジプシーの音楽からフランスのシャンソン、イタリアのカンツォーネまで、今では「ワールド・ミュージック」に含まれるサブジャンルはたくさんありました。しかし、それらを総括する名称がなかったのですね。

 総称ができたというだけで、個々のサブジャンルの音楽は変わらなかったのでは? と思われるかもしれません。しかし、各サブジャンルの音楽が枝分かれし、先細りして煮詰まっている状態だったのが、「ワールド・ミュージック」のブームで一瞬垣根が取り払われたような開放感が生じた。その結果、ジャンルの垣根を越えてお互いの「ワールド・ミュージック」を聴くようになり、幾つものヒットが生まれていったとのことです。 

 筆者も、まさにこの頃を代表する1枚のCDを買って何度も聴いたものです。それは、イエメン系イスラエル人の歌姫、オフラ・ハザの『シャダイ(神聖)』(ワーナーミュージック・ジャパン)です。冒頭曲《イム・ニン・アル》は、本来イエメンの伝統的な民謡でしたが、ダンス・リミックスとしてアレンジされヨーロッパひいては日本を含む世界へと広まって行きました。 

 他のCDで聴けたハザ自身による同曲の伝統的な演奏もそれはそれで素敵でしたが、この《イム・ニン・アル》は、聞き慣れた欧風ダンス・ビートにアラブの微妙な音感や民族楽器独特のリズム感も挿入され、ハザの歌声の伸びやかさと相俟って、当時すごく新鮮に響いたことを覚えています。 

地球上の全民族の音楽の総称としての「世界音楽」

「ワールド・ミュージック」が(日本では)日本語や英語以外の言葉で歌われるポピュラー音楽のことを指す一方で、元の英熟語〝world music〟にはもう一つの意味があります。

 それは1960年前後から民族音楽学において使われ始め、特に1976年アメリカの学会テーマに採用されてからは英語圏での使用例が増加したようです。こちらの〝world music〟は、一般的には「世界音楽」と訳されていますが、要は民族音楽のことです。ではなぜ、民族音楽学者たちはそう呼ぶようになったのでしょう。 

 近代的な音楽学が成立したのは19世紀後半ドイツ語圏においてのことです。それは音楽史を中心とするものでしたが、実質的には「西洋音楽史」と呼ぶべきものでした。よって、西洋以外の音楽を扱う分野が登場した時、それはまず「比較音楽学」と呼ばれました。 

 この名称は、暗に比較の基準に西洋音楽が位置することを示しており、その背景には、西洋のクラシックとその流れを汲む芸術音楽こそ発展した唯一の音楽であり、その他は未熟な音楽であるという西洋中心主義があります。実際その反省から、比較音楽学は20世紀半ばには「民族音楽学」と呼ばれるようになりました。 

 しかし、呼び方が変わっても実態はさほど改善されなかったようです。考えてみれば西洋音楽もまた西洋民族・・の音楽なのに、民族音楽学が扱うのは相変わらず西洋以外の音楽であったし、単なる音楽学は相も変わらず西洋の芸術音楽のみを対象とする状況が続いたのです。 

 これに対する更なる反省として、西洋の芸術音楽や世俗音楽をも含めて、世界中に存在するすべての音楽を対等に扱おうとする精神の現れとして、「世界音楽」なる言い方がされるようになりました。「世界音楽」という概念は、洋の東西を問わず、民族を問わず、芸術・非芸術を問わず、クラシック・ポピュラーを問わず、あらゆる音楽を対等なものとして扱おうとします。 

 ただ、そうすると今度は、各種伝統音楽の独自性を保つため他種の音楽からの影響を排除し、純粋な伝統的文化財として保存しようとする傾向が生まれます。特に西洋音楽のシステムは強力で、文化的な浸透力があります。それは西洋文明の拡張に伴い、多くの他民族の伝統的な音楽を変容させてきました。 

 前節で見た「ワールド・ミュージック」は、まさにそのような変容を積極的に行い、売らんとする商業的企てといえます。それは、伝統的な姿を西洋音楽で汚染し歪めてしまう悪しき事例と映って、怒る学者や専門家もいたことでしょう。 

 さて、これら「ワールド・ミュージック」と「世界音楽」は、元の名前は同じ〝world music〟なのに、離反する定めにあるのでしょうか!? 

2つの〝world music〟を調停する文化観

 じつは、音楽業界において「ワールド・ミュージック」が流行り出す少し前の1985年、民族音楽学の重鎮、ブルーノ・ネトルが一冊の本を出版しました。邦訳が『世界音楽の時代』(勁草書房)というタイトルで出版されていますが、原題はThe Western Impact on World Music直訳すれば『世界音楽への西洋の衝撃』となります。そう、それまで民族音楽学者がまともに取り上げようとはしなかった「西洋音楽がさまざまな音楽に与えた影響」を、テーマとする著作だったのです。 

 たとえば、西洋音楽との接触によって変化したアフリカの伝統音楽や、西洋音楽の要素や楽器を大胆に取り入れたアジアの民謡といったものは、一昔前の民族音楽学者なら不純なものとして退け、研究対象から除外していました。それらの事例に、当時の音楽学者たちが真摯に向き合い始めたエピソードを、この本は幾つも紹介しています。 

 この変化の背景には、良し悪しの価値判断を越えて、音楽は(ひいては文化は)常に変容し続けているのであり、この変容のダイナミズムこそ捉えて分析することが重要という、文化変容(acculturation)への深い眼差しがあります。 

 日本の「伝統的な」音楽と言っても、雅楽にせよ三味線にせよ、元をただせば大陸から渡来したものです。それが長い年月をかけて変容し、今では日本的なものと思われて根付いているわけです。明治以降になって急激に入ってきた西洋音楽も、今では伝統的な邦楽以上に、日本の音楽文化のかなりの部分を占めていると言えます。 

 もちろん、伝統的文化財としての保護も必要です。ただ、闇雲に保護すればいいというわけではなく、まず学者は文化変容の本質を見極めること、次に音楽家はその上で新たな音楽を創造していくことこそが重要なのではないでしょうか。振り返って見れば、本連載でも過去3回で語られていたことは全て、この結論に繋がります。

 ここに、相反する2つの〝world music〟を結びつける道が拓けたと筆者は考えます。「世界音楽」は専ら学問の世界で、「ワールド・ミュージック」は専ら音楽産業界で、それぞれに使われてメジャーになり、主唱者どうしの直接的な影響関係はないとされています。ですが、ネトルの本が出版されて間もなくポップスとしての「ワールド・ミュージック」が流行り出したという前後関係を考慮に入れると、それぞれの流れを作っていった人々の間で、何らかの間接的な影響はあったのではないかと推測してしまいますね。 こうして現代でも、「世界は音楽でできている」と言ってもいいくらい、世界は音楽であふれているわけです。 

 さて、次回からは連載の第2期に入ります。今までは主としてムシカ・ムンダーナにちなんで世界と音楽の諸相を見てきましたが、第2シリーズはムシカ・フマーナを踏まえて、音楽が人に及ぼす効果・影響を共通テーマとします。 

 これには既に紹介のあった音楽療法も含まれますが、それにとどまらず、音楽は生理的・心理的影響を及ぼし、人々の言動を変容し、人間関係や社会にも介入し、政治や歴史にも登場します。まずは、当芸術学科の出身者で、現在東海大学健康学部の山里亜未先生に、睡眠に対する音楽の聴取効果について紹介していただきます。 

沖野成紀(東海大学教養学部芸術学科・特任教授)

おきの・しげき 1960年兵庫県生まれ。東京大学基礎科学科卒業、同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1996年、東海大学教養学部芸術学科に赴任。専門は哲学的音楽美学から実験音楽美学へとシフト。論文はインターネット上で閲覧可。著書に『古楽の音律』(共訳。春秋社)、『人はなぜ音楽を聴くのか』(共訳。東海大学出版会)など。

バックナンバー

バックナンバー一覧へ

  • URLをコピーしました!