第6回 クラシックとポップのあいだ——田丸智也
「間[あいだ]」という漢字はもともと「閒」と書かれていました。古い屋敷の入り口にある「門」の隙間から、うっすらと「月」の光が漏れている様子を表した文字(会意文字)なのだそうです。
何だか詩的な情景が思い浮かびますね。しかし、風情ある雰囲気とは裏腹に、私たちが暮らしている現代社会には、実に複雑な「間[あいだ]」が数多く存在します。上下、左右、東西、南北、時間、空間、仮想空間、そして人間……。
仮に「世界は音楽でできている」と大多数が信じてやまない世界があったとして、ある日、「むむむ、本当にそうだろうか?」と考える人たちが出てくる。時がたち「やっぱり世界は音楽でできてなんかいな~い派」が形成され、社会の常識がアップデートされる。
「コペルニクス的転回」とか「パラダイムシフト」とか呼び方は違えど、こうした「問い」によって生まれた新たな「間」にこそ、文明が発展する原動力があります。それが健全な議論を超え、お互いの顔が見えないほどに広がり過ぎてしまうと、残念ながら、分断や紛争という悲しみや憎しみに満ちた、果てしなく深い溝に変わってしまうのでしょう。
ジャズが生んだ新たな「間」
今回のタイトルは『クラシックとポップのあいだ』です。もしも「音楽にジャンルなどというものは、一切存在しないぜ!」という超寛容、楽観的な考え方なら「間」は生じないわけですが、現実には、クラシックとポピュラー音楽には「何となく相容れない部分がある」という印象がつきまといます。
いやいや現代では、「大きな深い溝がある」と考える人も、少なからずいるのでは? じつは、この隔たりを徐々に生んだきっかけは、私の専門分野でもある「ジャズ(Jazz)」的な音楽なのかもしれません。
ジャズの誕生に影響を与えた音楽の一つに「ラグタイム(Ragtime)」があります。19世紀末にアメリカで誕生した大衆向けのピアノ曲の様式で、人が楽譜を見て演奏するだけでなく、自動ピアノと呼ばれる足踏み式の再演装置(ピアノ版オルゴールのようなもの)で演奏される事が多かったようです。
その音楽記録媒体が「ピアノ・ロール」で、これは巻物の様に丸めた紙に空気が通る小さな穴を開け、音程や音の長さを記録するものでした。自動ピアノにこれを送り込み、足踏みペダルで送風して音楽を再演(リプロデューシング)していたのです。余談ですが、現代の音楽制作アプリなどに見られるグラフのような入力画面は、これを模したものなのです。
『メープル・リーフ・ラグ』(1899年)や『ジ・エンターテイナー』(1902年)といった曲が大ヒットし、「ラグタイムキング」とまで称された生みの親、それがスコット・ジョプリンでした。ジョプリンは当時のリズムの常識を完全にアップデートしました。
クラシック音楽のアンサンブルでは拍の強い弱い、すなわち「強拍」と「弱拍」を、基本的に奏者全員で共有します。「強拍」があることで音楽全体に推進力が生まれます。例えば、行進曲などでお馴染みの二拍子だと「ワン・ツー=強・弱」、ワルツなど三拍子なら「ブン・チャッ・チャ=強・弱・弱」といった具合に「一つの揃った基本リズム」の上で音楽が演奏されます。オーケストラや吹奏楽、合唱などで指揮者がいる場合は、それを腕や手、指先の動きで表現するわけです。
アフリカ的なクラシック音楽⁉
アフリカ系アメリカ人であるスコット・ジョプリンは、クラシック音楽と、自身のルーツに関係するアフリカ民族音楽の要素を「融合」し、新しい音楽を創造しました。すなわちそれは「シンコペーションしたクラシック音楽」というものでした。シンコペーションとは、日本では「食う」などと呼ばれ、ご存じの方も多いかもしれません。先ほどの「強拍」の位置をわざと前にずらしたりする、リズムのアイデアのことです。
クラシック音楽にも、シンコペーションする旋律やリズム構造は数多く存在しますが、ジョプリンの音楽において特に重要だったのは、複数の声部(旋律だけでなく、中音域の和音とか、低音とか)で、各々のパートが「ばらばらに」シンコペーションするということでした。
先ほど紹介した、クラシック音楽が『一つの揃った基本リズム』を共有するのに対し、ラグタイムにおいては『複数の揃っていない、ばらばらの強弱』が存在するのが、とても「アフリカ的」だったのですね。この融合によって生まれたジョプリンの音楽は、「ラギッドタイム(Ragged Time)」=「揃っていない、ばらばらのリズム」という意味から転じて、ラグタイムと呼ばれるようになったとされています。
アフリカの民族音楽では、複数の打楽器奏者が各々「即興的」に自由に強拍の位置を変えて演奏することが多いのですが、ジョプリンは、この即興演奏の要素は全く取り入れませんでした。形式としてはあくまでも「楽譜化された西洋音楽=クラシック音楽」に、徹底的にこだわったのですね。
それは、クラシック音楽に対するリスペクトとも考えることができるでしょう。当時の一般的な考え方をすべて破壊して、いきなり斬新な新しいものを生み出そうとするのではなく、過去を踏襲し、ジョプリン独自の新しい価値観や創造性を付け加えて生まれた音楽がラグタイムなのです。
ジャズの広がりと多様な価値観
20世紀初頭、ジャズ発祥の地であるアメリカ・ルイジアナ州ニューオーリンズでは、ピアノで演奏されていた「ラグタイム」の様式を発展させ、トランペットやクラリネット、トロンボーンといった管楽器などを交えて、より自由に「即興的」に崩して演奏するようになりました。
先ほどの「アフリカ民族音楽的」な構造に、より一層近づくわけですね。そして時を経てさらに少しずつ変化しジャズ、特に南部発祥のこの音楽は「ディキシーランド・ジャズ」と呼ばれるようになります。こうして冒頭に書いた「間」が、少しずつじわりじわりと広がりを見せ始めるのです。
1920年代に入ると、建造物の高層化や人の流入などによって、都市部が目まぐるしい発展を遂げます。この頃、ニューオーリンズで生まれたジャズはシカゴやニューヨークといった大都市へと、さらなる広まりを見せ、より洗練された音楽芸術へと進化することになります。30年代末までには、ラジオ放送や大規模コンサートホールで演奏される、言わば「超ポップな音楽」へと飛躍的なアップデートを成し遂げるのでした。
このように、20世紀を通して実に様々な文化的要素との「融合」によって、スウィング、モダンジャズ、クロスオーバーフュージョンなどの新しいジャズの様式、すなわち「間」が創造されてきました。さらには国境を越えた、ジャズ以外のポピュラー音楽も世界で多数誕生し、そのスタイルをどんどん拡張してきた歴史があるのです。
ロック(現代ではロックだけでいったい幾つのジャンルがあるのでしょうか?)、ポップ、ラテン、パンク、テクノ、ヒップホップなど、私たちの世界は膨大な数のポピュラー音楽で満ち溢れています。多様な価値観、これはとても素晴らしいことですよね。
しかし、いつの間にか、クラシック音楽も含めたこうした音楽ジャンルの間に、「高い壁」を作る人たちが出てきてしまったのかもしれません。それは言ってみれば「少し排他的な考え」だったのではないでしょうか? 『クラシックとポップのあいだ』は、本来そうした壁や深い溝では無く、創造性に満ちた無限に開かれた対話空間であって欲しいと切に願います。教育に関わるものとして、自戒の念を込めて。
戦争、悲しい事件など、毎日のようにショッキングな情報が、圧倒的なデジタルスピードで飛び込んできて、ちょっと目や耳を塞ぎたくなるような現代社会。「果てしなく分断に満ち溢れた世界に生きているんだなあ」と、日々実感しているところです。そんな時代において、門を固く閉ざしたり、壁を高く積んだり、深い溝を掘るのではなく、「間」に目を向けてみることはとても重要ではないでしょうか?
ご紹介したラグタイムを知ることで、「クラシックとポピュラー音楽は、初めはそれほど遠い存在ではなかった」ということを、きっと理解してもらえたと思います。現代では、一見対立し分断した考え方のように見える存在も、そのルーツを辿れば、じつは案外近しい存在だったということもありえます。
これはもしかすると、最も厄介な「間」、すなわち「人間」を理解する上で、一つのヒントに成りうるのかもしれませんね。音楽で満ち溢れた、叫び声より楽器の音が鳴り響き、様々な価値観が共存する「調和のとれた」世の中を自分勝手に夢想して。
さて、今回までは各担当教員が「世界と音楽」について様々な観点から論じてきましたが、次回は「世界は音楽でできている」第1シリーズの締め括りとして、再び沖野成紀先生に、今日の多様な「ワールド・ミュージック」について紹介していただきます。

たまる・ともや 2001年バークリー音楽大学ジャズコンポジション科卒業。帰国後、音楽制作会社にてテレビ等メディアの音楽制作を行う傍ら、ベース奏者として演奏活動を行う。2008年に東海大学講師。2014年より大学図書館所蔵のアナログレコードを使ったジャズ講座やレクチャーコンサートを行政と連携し多数実施。マニアックな話に終始せず平易な楽しい語り口調を心がけている。
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