【ジャーナル】自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(上)◎樫田秀樹

住民の幸福の実現。自治体の役割はそれに尽きる。だが、国策的事業や大規模事業が関係すると、多くの自治体は、事業内容やその影響の検証よりも、推進役となり加担することが多い。結果、住民の意向や希望がないがしろにされる。リニア中央新幹線計画を巡っては、深刻な問題が提示され、事業者であるJR東海の責任は重い。だが同時に関係自治体の姿勢と責任も重い。樫田秀樹さんがレポートする。 

住民の不安を、あまりにも軽視(岐阜県瑞浪市)

 時速500キロで品川(東京)から名古屋までを40分で結ぶリニア中央新幹線を計画するJR東海が、環境影響評価法に則り住民説明会を始めたのは2011年からだ。だが同社はリニアが通過する一都六県(東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知)で開催した百回を超える説明会で、 
「工事で発生する膨大な残土はどう処分するのか?」 
「水枯れをどう食い止めるのか?」 
「路線近くでは騒音や振動、日照障害で暮らせなくなるのでは?」 
などの具体的な質問に対して、どの会場でも 
「残土の処分については都県を窓口に探します」 
「騒音や振動は環境基準値内に収まります」 
「一所懸命にやらせていただきます」 
といった抽象的な回答を繰り返すだけだった。 

 住民の懸念には根拠がある。 
 JR東海は山梨県の山梨リニア実験線の建設を1990年に着工、1997年から走行実験を始めているが、実験線周辺で深刻な事態が起きた。 
 実験線の八割はトンネル区間だが、二割の地上区間では、高さ30メートル前後の高架橋が作られた。高架橋の北側に建つ家屋は、冬になると一条の光も入らない日照障害に見舞われ、近隣の住民は例外なく騒音に苦しんだ。 
 またトンネル工事が地下水脈を断ち切ったため、数多くの川や沢が減渇水した。釣りのメッカであり、地域の簡易水道の水源でもあった上野原市秋山地区の「棚の入沢」は一滴の水も流れない石の道と化し、住民は「あの水をとにかく返してほしい」と口にする。 
 こうした事態が起きたからこそ、2011年以降、各地の市民団体は「本線工事では必ず問題が起きるはずだ」と訴えてきた。 

 2024年。懸念は現実となった。 
 5月。岐阜県瑞浪[みずなみ]市大湫町[おおくてちょう]で十四もの水資源(溜め池や井戸)の減渇水が全国的に報道された。原因はリニアのトンネル工事であることをJR東海も認め、今に至るまで工事は中断している。 

 その取材でわかったのは、JR東海は全国報道される三ヵ月前の2月に瑞浪市に減渇水の報告を行っていたことだ。だが、瑞浪市は「何もしなかった」。市職員を大湫町に派遣しての事情聴取もせず、県との情報共有もしなかった。もし2月時点で市が県に報告を上げ、JR東海に善処を訴えていたら、その時点で工事は中断されたはずなのに、結局、無策の三ヵ月間が被害を拡大してしまった。 

 25年1月。私は瑞浪市の水野光二市長に「なぜ県に報告せず、三ヵ月間も無策だったのか」と尋ねた。 
 市長の回答は、「リニアは市の案件ではなく県の案件です」 。
 大湫町では今、減渇水は十七ヵ所に広がり、地区によっては月1センチのペースで地盤沈下が起こり(最大沈下地点で15センチ超)、地面が傾き、田んぼの水にも高低差が起きて稲の生育不良が起きている。 

大湫町では多くの水源が枯れた。その一つの「神命の泉」も湧き水が止まったままだ

 6月3日。JR東海は住民説明会を開催し「打つ手がありません」と白旗を揚げ、だが「工事は進めたい」と表明した。「水を還せ!」と会場は不満の声であふれたが、驚くのは三日後の6日、県とJR東海との協議の場で、水野市長が「住民説明会で住民はJR東海の説明を理解し安心した」と発言したことだ。 
 私は説明会の録音データを確認していたので、閉会後の記者会見で「市長の発言は事実と違う。安心したと発言した住民はひとりもいない」と問い質すと、水野市長は「見解の相違です」とその場をしのいだ。 
 これを知った大湫町の住民は「市長がどちらに顔を向けているのかはっきりとわかった」と憤った。 

 一年経った今、JR東海は「代替水源を用意する」との案を示したが、住民の不安は消えない。さすがに水野市長は26年2月の記者会見では「住民の不安は解消されていない」と軌道修正したものの、「市独自にJR東海と話し合う協議の場を設置するつもりはないのか?」の問いに「ない」と答えるなど、JR東海との対応は県任せになったままである。 

瑞浪市の水野光二市長。住民の不安を無視したかのような発言があった

開業が遅れるなら集団移転ができたはず(長野県飯田市) 

 2024年3月29日、従来から2027年開業を公言していたJR東海は、リニアが通る全都県(東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知)で工事が大幅に遅れ、「開業時期は未定」と公表、メディアは「開業は2034年以降」と報道した。この公表と報道に、長野県飯田市では多くの住民が「いったいなんのために立ち退いたのか!」と口にした。 

 飯田市はリニア本線が通り、かつ、リニア長野県駅が建設される町だ。 
 2019年頃、久保田正一さん(74歳)が暮らす北条自治会第一班に市の用地課とJR東海の社員数人が訪ねてきて、こう要請した。 
「リニア計画の一環として、地区の用水路の付け替え工事をする。その工区にお宅がかかるので移転をお願いします」 
 職員らの説明によると、約百世帯が暮らす第一班の約七割が立ち退き対象になる。 
「どえらい問題だ。地域が分断される!」 
 危機感から久保田さんは第一班でアンケート調査を実施し、ほとんどの住民が「一緒に住みたい」との意向を示したことで、市に「集団移転」を要請した。だが市は約七十世帯への合同説明会をすることなく、すべて個別訪問で回り、移住の同意を取り付けた。このときの説明を同じ地区の吉川利明さんは覚えている。 
「リニアは27年に開業します。不動産価値は一年経てば百万円単位で下落します。少しでも早い移住を、と説明されました」 
 その結果、焦った住民は次々と移住に同意し、そして地域が崩れた。リニア計画に疑義を呈する市民団体「リニアから自然と生活環境を守る沿線住民の会」の大坪勇さんは、「個別交渉という密室で決まる数千万円の補償額は、地域の井戸端会議で話せるものではない。だから補償金を得た住民は、ほぼ例外なく挨拶もなく引っ越しました」 

 久保田さんが2023年に移住した土地には70区画あるが、他地域からの立ち退き者も来たことで、北条からは約二十世帯が移住しただけだった。 
 その約二十世帯にしても、移住地のなかではバラバラに混在している。24年4月、久保田さんらは飛び地状にある十軒で新しい自治会を設立した。しかし活動の実態は「回覧板を回すだけ」。ご近所さんとは挨拶を交わすだけ。久保田さんは、「隣人の顔も知らない大都会の生活みたいです」と寂しそうに語った。 
 久保田さんにも吉川さんにも「27年開業に協力した」との思いはある。だからこそ、突然の「開業時期未定」に納得できない。 
「こんなに遅れるなら、私たちはもっと時間をかけ、より多くの世帯の集団移住を市と話し合えたはず。ただ残念です」(久保田さん) 

立ち退きに協力した久保田正一さん(右)と「沿線住民の会」の大坪勇さん。移住地の地図を確認し、旧北条自治会第一班の住民を確認している。元のコミュニティは消滅した 

県と市は開業の遅れを知っていた?

 飯田市でのリニア計画には、JR東海が担当する「リニア長野県駅」、飯田市が担当する「駅周辺開発」、県が担当する「駅へのアクセス向上のための道路拡幅事業」の三事業がある。この実現のため、県と市は「リニア27年開業にご協力ください」と戸別訪問に走り、約百九十世帯と百の事業所を立ち退かせた。 
 大坪さんは、突然の「開業時期未定」に、「これほど大幅な遅れなら、JR東海も市も県も前々から知っていたはずだ」と疑問の声をあげる。 
 実際、リニア問題に取り組む市民団体は、「飯田市での開業準備は2040年代になる」と推定していた。 

 一部マスコミは、飯田市で建設中のリニア長野県駅の完成を2031年末と報道するが、資料をよく読めば、それは「土木造成工事」、すなわち基礎工事のことだ。そして肝心の「駅舎」についての工程は未作成なのだ。 
 だが参考になる資料として、JR東海が14年に公表した環境アセスメントの報告書「環境影響評価書」では「工期7年」が示されている。つまり施設の完成は2031+7=2038年だ。そしてリニア計画では全施設の完成後に品川・名古屋間での走行実験を二年間行うので、リニア長野県駅における開業準備は早くても2040年と計算できる。 
 小学生でもできる計算だ。では、市はこんな簡単な計算もせず用地買収に走ったのか。筆者が尋ねると、「JR東海から工事遅れの説明がない以上、27年開業の想定でした」と回答した。 
――そうではなく、市自ら工事の遅れを計算しなかったのですか? 
「していません」 
――27年開業を信じて、多くの住民が泣く泣く立ち退きました。反省はないのでしょうか? このままでは、リニア駅周辺開発だって閑古鳥が鳴くだけですよ。 
「反省はあります。だから、周辺開発を通常の町起こしの一環として急ぐことで報いたいです」 

 無責任な体質が感じられるが、私は大坪さん同様、市も県も開業の遅れを知っていたのではといぶかっている。というのは、拡幅予定の県道では、今も操業を続ける事業者が複数いるからだ。 
 何社かを訪ねると、「県から『焦って立ち退く必要はない』と言われた」と記憶する事業者もいれば、あるガソリンスタンドは、「県から具体的な立ち退きの話はない」との証言もあった。重要インフラ施設を最後まで残そうとの配慮なのだろうか。 
 大坪さんは、「開業の遅れを算出していなければ職務怠慢だし、遅れを知りながら住民らを立ち退かせたのなら極めて悪質です」と、行政の姿勢を批判する。 

リニア長野県駅予定地(飯田市上郷飯沼)。多くの世帯が「2027年開業」を信じ立ち退いた。だが現在(26年4月)でも工事は始まっていない 
山梨県のリニア実験線では、25年秋に新型車両「M10」が登場した 

(続く)

樫田秀樹

かした・ひでき 1959年、北海道生まれ。オートバイの旅に魅せられ、大学在学中にサハラ砂漠横断、卒業後はオーストラリア大陸を旅する。以降、ソマリアの難民キャンプ、マレーシアの環境保護団体での活動に参加。ボルネオの熱帯雨林伐採の実態を伝える記事でジャーナリスト人生をスタートさせる。1997年、ハンセン病のカミングアウトを描いたルポ「雲外蒼天」で、第1回週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞を受賞。98年、車いすの少女の中学校普通学級入りを目指した闘いを描いた「自分に嘘はつかない」で、第3回週刊金曜日ルポルタージュ大賞佳作を受賞。著書に『「新しい貯金」で幸せになる方法』(築地書館)、『自爆営業』(ポプラ新書)、『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社。第58回日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)、『世界から貧しさを救う30の方法』(合同出版。編著)など。近著にリニア計画の問題点を浮き彫りにする『最新報告 混迷のリニア中央新幹線』(旬報社。1980円=税込)がある。 

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