【ジャーナル】自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(中)◎樫田秀樹

住民の幸福の実現。自治体の役割はそれに尽きる。だが、国策的事業や大規模事業が関係すると、多くの自治体は、事業内容やその影響の検証よりも、推進役となり加担することが多い。結果、住民の意向や希望がないがしろにされる。リニア中央新幹線計画を巡っては、深刻な問題が提示され、事業者であるJR東海の責任は重い。だが同時に関係自治体の姿勢と責任も重い。樫田秀樹さんがレポートする。 

前回の記事はこちら自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(上)

姑息な印象がつきまとう道路計画(神奈川県相模原市)

 七年前の2019年。神奈川県相模原市の職員が西橋本二丁目と三丁目を中心に戸別訪問をしていた。予定されているリニア神奈川県駅の近くだ。 

 JR東海は住宅地の直下でリニアのトンネル建設を計画している。だが地下15メートル前後と浅いため、その建設には地下を利用できる「区分地上権」の設定を個々の世帯と契約しなければならない。市はその業務をJR東海から受託していた。 

 住民の対応は二つに分かれた。 
 西橋本二丁目に住むKさんは、「今の場所で住み続けることが保証される」と理解して、2021年に契約に応じた。 
 同じ町内に住む竹内安夫さんは、自宅直下を時速500キロのリニアが走ることでの騒音や振動に不安を覚え契約に応じない。竹内さんのような地権者の存在は、トンネル掘削ができないことを意味する。 

 2022年2月、ある道路計画が持ち上がった。市がリニア神奈川県駅へのアクセス向上として、道路五本の新設/拡幅案を打ち出したのだ。 
 うち三本が、リニアの計画ルートのほぼ直上で、西橋本二丁目と三丁目には最長の大西大通り線(920メートル)が計画された。市はこれら道路開発に市税330億円(うち大西大通り線には約176億円)を投入する。大西大通り線の建設のため約百世帯が立ち退き対象となった。 

 竹内さんはこの計画に憤りを隠さなかった。 
「道路計画は都市計画事業だから、神奈川県がこれを事業認可したら私たちは『出ていけ』となる。そして住民がいなくなればJR東海はリニアの工事に着手する。この道路計画は、リニア工事のために住民を追い出すための手段です。市はそこまでしてリニア計画に協力するのか」 
 Kさんも「『ここで住み続けられる』からとJR東海と契約した。ところが、半年後には『住むな』でしょ」と、市に裏切られた怒りを持つ。 

 竹内さん、Kさんを含めた数十世帯の住民は道路計画反対の声を上げ、本村賢太郎市長との対話を求めた。 
 2023年8月20日に実現した対話集会では、多くの住民が発言した。 
「これはリニア計画ありきのための道路ですよね!」 
「地権者の私たちに何の相談もなく、計画を策定するとはどういうことか!」「私はここに五十年も住んでいる。この道路計画で自宅も工場も失うんですよ」 
 こうした声に対し、本村市長はこう発言した。 
「これだけ反対の声が多いとは。皆さんへの寄り添いが足りなかった。今後も対話を続けることを約束します」 
 だが市長の口から続いて出たのは「しかし計画自体は変更しません」との明言だった。 

 竹内さんは、こう問い質した。 
「市長、あなたは、道路新設にあたり国土交通省の道路計画策定ガイドラインを知ってますよね。地権者には『構想段階から意見を聞いてコミュニケーションを取ること』と明記されています。道路案決定までの過程が地権者に透明であることも記されている」 
 市長はこう回答した。 
「そのガイドラインは大規模な道路整備のためで、(地方道など)全国画一的に運用されているものではありません」 
 市長との対話集会は2024年3月24日、2025年7月13日にも開催された。市長の説明は変わらず、市職員は「本計画は都市計画法に則り適正に進めている」と繰り返した。 

 今年2月12日、市と市民団体との共催で開かれた「市職員への質問&討論会」で、竹内さんは都市計画法を持ち出した。 
「都市計画法第16条1項には『都市計画案を作成する場合は、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする』と明記されております。しかし私たちは意見を求められたことはない。これは違法じゃないですか!」 
 これに対して市は「弁護士に確認したところ、違法性はない」と回答。 
「その弁護士は誰ですか?」 
「申し上げられない」 
 場内はざわつき、複数の住民は、「でたらめだ。絶対に立ち退かない!」と、怒気をあらわにした。 
 前述したように、市は2019年からJR東海の区分地上権の設定のために西橋本を戸別訪問したが、市当局で大西大通り線が策定されたのは、2022年の住民への公表より四年も前の2018年だった。 
「問題は二つ。住民が四年間も蚊帳の外に置かれていたこと。そして市は、JR東海の区分地上権の設定に奔走しながら、同じ時期に決まっていた大西大通り線を私たちに一切説明しなかった。これは信頼保護原則に反するものです」(竹内さん) 

わずか40秒のために

 そもそも大西大通り線の目的は何か? 市の配布資料にはこう書かれている。 

「(高速道路の)圏央道の相模原インターチェンジとの(リニア神奈川県駅への)アクセス機能を向上」 

 去年の7月13日、筆者は、市主催の「近隣住民説明会」閉会後、市のリニアまちづくり課職員に尋ねた。 
――インターチェンジと駅まのでアクセスには既存の「市道大西線」がありますが、大西大通り線ができることによってインターからどれくらいの時短になるのですか? 
「時短は間違いないです」 
――具体的な時間を明示しないと市民は納得しないでしょう。 
「実際に大西大通り線の完成後に車が走らないことにはわかりません」 
――数字はあるはずです。 

 後日、市職員からこのやりとりを聞いた市長から「具体的数値を示せ」と担当部署に指示があり、去年の12月に市が公表した「追加説明資料」で明記されたのは「40秒」だった。 
 今年2月の討論会では、住民が「たった40秒のために私たちが立ち退かされ、176億円もの税金が使われる。冗談ではない。私は絶対に立ち退きませんよ!」と反対の気持ちをぶちまけた。 

 そもそも道路計画が公表された2022年から、住民は「市道大西線を整備すればリニア駅へのアクセス向上になる」との代替案を市に訴えてきた。 
 実際、市が出した数字を見ても、その交通量は大西大通り線の7700台(予測)に対し、市道大西線は6800台とほぼ同じ。だが市は、「市道大西線はリニア駅への導線が直線的ではない」との主旨で「採用できない」と住民に説明した。 
 それでも市道大西線の整備に要する費用や立ち退き軒数などを示せとの市民の粘りに、市は「追加説明資料」(前出)で数字を出した。 

 そこでは、市道大西線の拡幅工事は、大西大通り線の新設よりも工費は13億円安く、立ち退き軒数は五十三軒少ないとの資料の提示があった。ところが、同じ資料で、費用便益(総費用に対する事業便益の比率。1以上が健全とされる)が、大西大通り線の1.56に対し拡幅案は0.78しかないから「採用しない」と同じ結論を説明するだけだった。 
 この説明に、Kさんは、「でたらめですよ。私たちは、ずっと市道大西線の整備に関する数字を出せと言ってきた。やっと数字が出て、やっぱり拡幅案が安いとわかっても、今度は40秒や1.56を年末に突然出してきた。おかしいよ!」と言う。 

「笑顔と希望が溢れる町、相模原」

 大西大通り線の着工に必要な条件は、全世帯から測量の同意を得ること、そして県の事業認可だ。 
 今年4月時点で、市はすでに約百世帯の約六割から測量の了解を得たという。市民団体の調査では、「測量お断り」のプラカードを玄関前に掲示するのは数えた限りで四十一世帯。この数が大きく減らない限り、市は測量を行えず、事業認可を県に申請することもない……と思われた。 
 だが4月19日の四回目となる市長との対話集会での本村市長の挨拶に住民は驚いた。 
「近いうちに、本計画についての事業認可の申請を県に対して行います。私はときとして、皆さんと逆の立場での決断もしなければならない。百人の市民がいれば百人全員に笑顔になってもらいたいが、五十一人に寄り添って四十九人に寄り添えないのも政治です」 

 これを聞いた住民のひとりは「脅しだ!」と言った。 
 Kさんが手を挙げた。 
「市長の言葉は軽い。市の行政改革プランには『笑顔と希望が溢れる町、相模原』と書いている。法的に問題ないというが、どうして私たちを追い出し、そんな相模原が実現できるのか」 
 市長の回答は「笑顔の相模原を作るためには財政改革は必要です」というスローガンにとどまった。 

4月19日の閉会後に本村市長(中央の青いネクタイ)にKさんは、「この計画じゃできっこないよ!」と迫った。だが市長は4月24日の定例記者会見で、先行整備する区間について、近く県への事業認可申請を判断することを明らかにし、5月22日に申請を行った

 住民が測量を拒む限り、市は着工できない。だが、市が住民説明会で配布する資料にはこう書いている。 
「土地収用法も適用する」 
 4月19日の市長対話集会でも、リニア拠点整備事務所の鈴木所長が、「本計画では、事業認可の告示をもって『土地収用法』が適用されます」と説明した。 
 私は、過去に数回、複数の市職員に「強制収用、その後の行政代執行は行使するのか」と質問したが、どの職員も「絶対に使いません」と言った。これは本音だと思う。今の時代に数十人の土地と家屋を強制収用(名義を個人から国に換える)し、人を引きずり出しての行政代執行などできるものではない。 
 では、なぜ「土地収用法」の説明をしたのか。 
 閉会後にこれを尋ねると、鈴木所長は「法律上の手続きの流れを説明しただけ」と釈明した。 
――でも、どの職員も強制収用は行使しないと言っていますよ。 
「その通りです。私たちにそのつもりはまったくない」 
――では、なぜ、その説明をしなかったのですか? 
「……」 

 住民はこれも「脅し」と捉える。たとえ強制収用をしなくても、その文言をちらつかせれば、測量や工事に同意する住民がいるだろうと。 
 住民の多くがリニア工事のためととらえる道路計画。その話し合いをめぐり、「いったい誰に顔を向けての行政なのか」と住民は落胆している。 
 本村市長の政治モットー「誰一人も取りこぼさない市政」が空しく響く。 

市の配布資料には「土地収用法を適用する」と書いているが、職員たちへの個 別取材では「絶対にやらない。やりたくない」と言っている。住民は、これを 脅し文句としての材料と受け止めている

(つづく)

樫田秀樹

かした・ひでき 1959年、北海道生まれ。オートバイの旅に魅せられ、大学在学中にサハラ砂漠横断、卒業後はオーストラリア大陸を旅する。以降、ソマリアの難民キャンプ、マレーシアの環境保護団体での活動に参加。ボルネオの熱帯雨林伐採の実態を伝える記事でジャーナリスト人生をスタートさせる。1997年、ハンセン病のカミングアウトを描いたルポ「雲外蒼天」で、第1回週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞を受賞。98年、車いすの少女の中学校普通学級入りを目指した闘いを描いた「自分に嘘はつかない」で、第3回週刊金曜日ルポルタージュ大賞佳作を受賞。著書に『「新しい貯金」で幸せになる方法』(築地書館)、『自爆営業』(ポプラ新書)、『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社。第58回日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)、『世界から貧しさを救う30の方法』(合同出版。編著)など。近著にリニア計画の問題点を浮き彫りにする『最新報告 混迷のリニア中央新幹線』(旬報社。1980円=税込)がある。 

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