【連載】子どもたちと話したい読書のこと◎島田潤一郎——第20回/日々とヒップホップ

第20回 日々とヒップホップ

 一日五時間、仕事をする。
 一日一時間、本を読む。
 毎日、家族と夕飯を食べる。
 それがいまのぼくの生活のルールだ。
 五時間以上仕事をすることはしばしばあるし、月に一、二度はイベントやら飲み会やらで夕飯の席にいられないことはあるが、だいたいこの五年くらいは、この三つの規則にのっとって毎日を過ごしている。

 一日一時間本を読むと決めているのは、そうしないと、ぼくの場合、本を読まないからだ。
 放っておくと、いつまでもスマホを見ている。
 なにか見逃したくないコンテンツがあるわけではないし、毎日せっせとSNSに書き込んだり、写真をアップしているわけではない。
 ただ、ショート動画を見ている。
 サッカーや、K-POPや、昔のロックの秘蔵映像や、かわいらしい赤ん坊や猫の動画。それらを寝っ転がって、十分とか二十分見る。
 それだけでじゅうぶんな満足感がある。

 ぼくは、いまのエンタテインメントの王者はショート動画だと思うし、とてもではないが、本や雑誌はこれにかなわないと思う。
 では、毎日何時間もショート動画を見たいと思うかというと、そうではない。スマホに触れている時間と同じくらい、そうでないものにも触れたい。
 ぼくは毎日、紙の新聞も読むし、テレビも見るし、わざわざCDで音楽を聴くし、テレビゲームもやる。
 ひねくれているといわれたら、ひねくれているのかもしれない。
 むかしから、ひとがやらないことをやりたくなるし、本であれば、ベストセラーではないものの方により興味がある。
 そのようにして、自分というものを築いてきたのである。

 むかし、ある映画監督が、みんなと違う自分になりたいのなら、いま誰も読んでいないひとりの作家の本を集中して読めばいい、そうすれば、すぐにみんなと違う人間になれる、とインタビューで話していた。
 ぼくがそれを読んだのは、すでに三十代のときだったが、ほんとうにそのとおりだ、と思った。
 ぼくはクラスメートのみんなが小説を読まないから小説を読み、小説を読むひとばかり集まるサークルのなかでは、みんなが古典文学を読まないから古典文学ばかりを読んだ。
 そういう態度をとることで、まわりとのあいだに壁を築き、こわれやすい自分を必死になって守ってきた。

 小学校六年生になったばかりの長男は、一年前くらいからヒップホップに夢中だ。
 ぼくは、そのことをとてもいいと思う。
 もっともっと聴け! と思うし、なんなら、将来はラッパーになってほしいとも思う。

 昨日、お風呂のなかで、息子は「自分にはなんの才能もない」とつぶやくようにしていった。
 ぼくは、そんなことないよ、あなたは放っておいたら、一時間でも二時間でもずっとヒップホップ聴いてるでしょ? それが才能なんだよ、といった。
 クラスメートのみんなはあなたみたいにヒップホップを聴かないし、それこそ努力しないと、そんなに長時間ヒップホップを聴けない。でも、あなたはそれを楽しんでできる。それがすばらしいんだよ。

 息子は友人に誘われて、運動会の応援団に入り、毎日の練習についていけず、悩んでいる。
 昨日も、登校する前に、マンションの入り口の階段に座り込み、どうしたものだろう、という顔で通学路をぼんやりと見つめていた。
 ぼくはその姿を、ベランダから見ていた。
 仕事から帰ると、ぼくは毎日真っ先に息子の姿を探し、今日はどうだった? と尋ねる。
が、息子は「別に」とだけこたえる。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だった」

 ついこのあいだまで、「おかあさんといっしょ」の歌にあわせて小さな身体を揺らし、トミカのミニカーを顔にぶつかるくらいの距離で眺め、うっとりした顔でそれを前後に走らせていた男の子が、親との会話をできるだけ早く終わらせようとし、それよりも早く音楽を聴きたいんだけど、という顔をしている。
二歳下の娘も、兄といっしょに遊ぶことをあきらめて、ソファーの上で漫画を読んだり、テレビを見たりしている。

 ヒップホップよ、息子の魂とともにいつまでも在ってください。
 ぼくはそんなふうに祈りながら、毎日をすごす。

(続く) 

島田潤一郎

しまだ・じゅんいちろう 1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながらヨーロッパとアフリカを旅する。小説家を目指していたが挫折。2009年9月、夏葉社起業。著書に『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『長い読書』(みすず書房)などがある。

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