第18回 「小ぎつね」
小学校二年生にあがるタイミングで、娘はピアノのグループレッスンから抜けた。
娘は、みんなが弾けているのに自分だけが弾けないというシチュエーションに陥ってしまうことを極度におそれ、次第にレッスンを休みがちになっていた。
ぼくも毎週、娘を家から連れ出すことに疲れていた。
娘はまだ、自分の気持ちをうまく言い表すことができなかった。口にするのはだいたい「疲れた」の一言で、そのあとは「今日は行きたくない」ぐらいしかいわず、ぼくが言葉を促しても反応しなかった。
「たくさん練習したし、パパはみんなより上手だと思うけど」といっても、「がんばってピアノに行ったら、そのあとは、がんばったな、行ってよかったな、って思うはずだよ」といっても、「帰りにセブン-イレブンでお菓子でも買おうよ」といっても返事はかえってこなかった。それどころか、目も合わせてくれなかった。
こうしたことが、このくらいの年齢の女の子にはよくあることなのか、それとも我が家だけに起こっていることなのか、ぼくにはよくわからなかった。
教室の担当者に、「申し訳ないですが、今月でレッスンをやめさせてください」と連絡しようとしたことも数え切れないくらいあった。
が、いつもすんでのところで踏みとどまった。
ぼくは自分が冷静でないことがはっきりとわかっていたし、それになんとなくだけれど、ピアノが弾けるようになることが娘の将来の役に立つように思えてならなかったからだ。
ピアニストになってもらいたいわけではなかったし、芸術を学んでほしいというわけでもなく、芸術にたいする理解を深めてほしいというのでもなかった。
それよりも、たんじゅんに、ピアノを弾くことで気を紛らわせてほしかった。
自分の気持をうまくコントロールできないとき、いらいらするとき、不安で仕方ないとき、家族ともしゃべりたくないとき、そういうとき、彼女の人生のかたわらにピアノがあったらどれだけいいだろう、と思うのだった。
娘はこれからの人生で、もっともっと苦労をするような気がする。
それは、彼女のパーソナリティがもたらすだろうもので、彼女が努力を怠ったからではない。
もちろん、学校が、社会が悪いからでもない。
彼女は彼女のかけがえのない個性とともに、人生を生きていく。
あるときまでは、ぼくや妻が彼女の手となり、足となって、彼女の人生を支えるだろう。
ぼくたちにとってそれが生きがいで、自分の人生よりも、息子と娘の幸せのほうがよほどたいせつだ。
でも、いつの日か、ぼくや妻は息子と娘をうまくサポートできなくなるのだ。
それは、ぼくたちが年をとり、子どもたちのこころの動きを上手く理解できなくなっていくからかもしれないし、子どもたちがぼくたちの意見よりも、もっと違うものを信用し、そこにこころを委ねるからかもしれない。それとも、子どもたちがぼくたちの老いに気づき、彼らがぼくたちをサポートしようと考えはじめることで、関係性が変わっていくからかもしれない。
いずれにせよ、ぼくが経験的に知っているのは、親と子は、子どもたちが小学生のころの関係のままではいられないということだ。
娘は小学校にも行かず、ピアノにも行かず、すでに何回も読み返している『コロコロコミック』をソファの上で寝そべりながら読んでいる。
夢中で読んでいるというのではなく、時間潰しにただ読んでいるという感じだ。
「ピアノの練習でもする?」と聞くと、五回に一回くらいピアノの前に座り、「小ぎつね」や「大きな古時計」を弾く。
「上手いね、最高だね」というと、満更でもない顔で微笑む。
「パパはもうそんなふうには弾けないな」というと、「ちょっとだけでもやったらいいじゃん」といって、ぼくをピアノの椅子に座らせようとする。
ぼくは楽譜を指でなぞりながら、「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ソ……」と弾きはじめる。
が、どうしても右手と同時に左手を動かすことができない。
「パパ、お下手」
娘はそういって、得意げな様子で、また同じ曲を弾く。
「動画に撮っていい?」
娘の了解をとってから、iPhoneで娘がピアノを弾いているさまを撮影する。
ふたりでその動画を見ているうちにお腹が減ってきて、「お昼はなにが食べたい?」と娘に尋ねる。
(続く)

しまだ・じゅんいちろう 1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながらヨーロッパとアフリカを旅する。小説家を目指していたが挫折。2009年9月、夏葉社起業。著書に『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『長い読書』(みすず書房)などがある。
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