第82回 おばけ大国ニッポン?
モンゴルの友人たちは、日本にいるとき、霊をよく見るという。私は長年東京に暮らしているのに、はっきり目撃したことがないので、そういう話を聞くたび不思議な気持ちになる。
あるモンゴル人の青年は、日本に来て最初に住んだ阿佐ヶ谷のシェアハウスで、入居早々に遭遇した。
「夜眠ろうとしたら、気配がして。見ると、ちいさな背丈の……おそらく子どもの霊が部屋にいた」
技能実習生として来日した別の青年は、同じ職場で働くモンゴル人の同僚と、アパートの二段ベッドの上下で眠っていたが、夜中にふと目が覚めた。
すると自分の横に、長い黒髪と白い服の女性が立っていて……。彼は、日本のホラー映画の「貞子」を思い出し、恐怖で身体が硬直して叫ぶことができなかった。
翌朝、同じ二段ベッドで寝ていた同僚に話すと、「俺も昨日、その霊を見た」という。
さらに、隣の部屋で寝ていた別の同僚が、「昨晩うちの部屋にも入ってきた。部屋のドアが開いて、誰かと思って起きてみたら……」と話し、大騒ぎに。
私の親友の女性は、かつて関西の大学に留学中、一人暮らししていた。
ある日を境に、彼女の元を霊が毎晩訪れ、耳元で話しつづけるように。そのせいで、半年間ほど眠れない辛い日々がつづいた。そして彼女はモンゴルに帰国後、霊のお告げに従い、悩んだ末に自らシャーマンになったのだ。
日本でシャーマンというと、青森県のイタコや沖縄県のユタを思い浮かべる人が多いかもしれない。
一方、モンゴルでは、田舎も都会もあちこちにシャーマンがいる。現代でも、人びとは人生に行き詰まったときや病に苦しんだとき、信頼できるシャーマンに相談しに行く。

モンゴル人が日本で霊に遭遇するのは、夜だけではない。
私が芸術家のモンゴル人と、晴れた昼間に、都心の古い洋館をリノベーションしたカフェに入ったときのこと。彼の顔が急に青ざめ、「ここは霊が多くて息苦しい」というので、注文する前に店を出た。
外からその洋館を眺めながら、「屋根から何人も飛び降りているのが見える」と彼はいう。
場所を変え、その芸術家と秋葉原の雑居ビルにある店に入った。すると今度は、「この店の通路は霊で大渋滞している」と、店内を見渡してつぶやくのだった。
彼らの心霊体験エピソードは尽きない。
謎なのは、モンゴルで霊を一度も見ていない人でも、日本では見ていること。一体なぜ……?

モンゴルでは、魔除けのために、乾燥した馬糞を燃やすことがある。草原に生えるハーブを食べて育った馬の糞なので、その煙は良い香りがする。友人の遊牧民に、なぜ馬糞が霊に効くのかを尋ねてみた。
「馬には霊が見えるようだ。馬はとても賢いから、霊がいる場所をちゃんと避けて進むんだよ」との話だった。
動物には本来、霊を見る力が備わっているのだろうか?
昔アマゾンを長く旅した友人から、「現地にいたとき、日に日に自分の第六感が冴えていくのがわかった」と聞いたことがある。彼は都会の住人なので、その話は私をわくわくさせた。
モンゴルでは大自然と密接に生きる人が多い。それもあって、彼らは一般的に霊感が強いのか。

あるいは、本当に、日本に霊が多く存在するのかもしれない。その理由について、これまで私がモンゴル人から聞いた答えは次のようなものだった。
「日本は人口が多いから」(モンゴルの国土は日本の4倍だが、人口は360万人だけで、人口密度が低い)
「日本は地震や津波など、天災で多くの命が一度に亡くなることがあるから」(2011年の東北大震災で発生した津波の映像は、モンゴルでもニュースとして流れ、人びとに大きなショックを与えた)
「霊は水が苦手。日本は海に囲まれているので、霊が日本から出られないから」(モンゴルには海がないため、霊は北のロシアや南の中国へ自由に移動できるらしい)

これらの説が真実かどうかはさておき、日本には霊が多くいると信じるモンゴル人は少なくないので、私は驚く。
モンゴルの面白さのひとつは、こういった目に見えない存在の話が日常的に出てくること。天や大地や山や川などの大自然に神が宿るという考えが、彼らの根底に流れているので、日本人と通じあいやすいのではないかと思う。
ほかの国から来た外国人も、日本で霊を頻繁に見ているのだろうか?

おおにし・かなこ フリーライター・編集者。広島生まれ、東京育ち。東京外国語大学モンゴル語科卒。日本では近所の国モンゴルの情報がほとんど得られないことに疑問を持ち、2012年からフリーランスになりモンゴル通いをスタート。現地の人びとと友人づきあいをしながら取材活動も行う。2023年9月に株式会社NOMADZを設立し、日本で見られるモンゴルの音楽ライブや日本モンゴル映画祭など、イベント企画も行う。

