第15回 世界を物語る主体について ——「梟の神の自ら歌った謡『銀の滴降る降るまわりに』」をめぐって——
私が大学生のとき、詩の実作演習に、荒川洋治さんがゲストとしていらっしゃったことがあった。たった一日の出会いだったが、あれから十年以上経った今でもふとした瞬間に思い出す荒川さんの言葉がいくつもある。
「作家は文学のほかに、もう一つの柱を持った方がいい。たとえば宮沢賢治であれば、文学のほかにも科学、農業といった柱がある。高村光太郎であれば、彫刻という柱がある。文学をやる人間が文学にしか関心がなく、文学という柱一本しか持っていないと、作品がつまらなくなる。逆に柱がたくさんあればあるほど、面白い作品を書けるようだ。だからみなさんも、文学以外の柱を持つといい」
こんなお話を聴きながら、自分にはどのような柱があるだろうかと考えていた。その時には、「アイヌ文化」という大きな柱があった。
2020年、萩原朔太郎賞を受賞した際のスピーチで、私は詩を二つ朗読した。一つは萩原朔太郎の「大渡橋」。もう一つは『アイヌ神謡集』(知里幸惠 編訳/岩波文庫)に収録されている「梟の神の自ら歌った謡『銀の滴降る降るまわりに』」。「大渡橋」は萩原朔太郎の印象深い作品として取り上げたが、「銀の滴降る降るまわりに」は、私が詩人として世界を物語る上で、その世界観を決定した重大な作品だったからだ。こうして、萩原朔太郎記念館で受賞者展が開かれた際には、「銀の滴降る降るまわりに」は壁一面に大きなパネル展示をしていただいた。
アイヌ文化に興味をもつようになったのは偶然だった。埼玉県で生まれ育ち、北海道に住んでいる親族もいない。むかし、宮城県気仙沼市に住んでいた祖母から、気仙沼という地名はどうやらアイヌ語からきているらしいという話を聞いた時、不思議な気持ちがしたくらいだ。北海道もアイヌ民族も、私にとっては像も結ばないくらい遠い存在だった。
大学図書館で萩尾望都や山岸涼子などの名作マンガを借りてから帰るのが日課のようになっていた時期があって、ついにマンガコーナーにあるマンガを読み尽くしてしまった。どうしようかな、と振り返った先にあったのが、民俗学の書棚だった。単に、マンガ棚の向かいが民俗学の書棚だった。一番手近にあった本を手に取ってみた。
それが『アイヌ神謡集』だった。五十音順に本は並べられていて、一番上、一番右端にあったのだと思う。
「銀の滴降る降るまわりに,金の滴
降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り,人間の村の上を
通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になっていて,昔のお金持が
今の貧乏人になっている様です.
「梟の神の自ら歌った謡『銀の滴降る降るまわりに』」(下部に全文掲載)
高らかで清々しい詩の声が聴こえた。もちろん、音声データが流れたということではなく、詩を黙読するときに聴こえてくる「詩の声」である。
しかし、とても読みにくい。油の膜がはってあるかのように、世界に意識を浸透させることができない。意味も情景もはっきりと摑み取ることができなかった。やはり他民族の詩を理解することは容易ではないのだろうかとも思ったが、一方で、「昔の貧乏人が今お金持になっていて、昔のお金持が今の貧乏人になっている」という諸行無常の思想が身近にも感じられた。
(どうして、こんなに読みにくいのだろう)
そんな素朴な疑問が浮かんできて、すぐに棚に戻すつもりだったその本を、立ったまま、じっと読んでいた。それでようやく、この詩の主体が人ではなく、神様であり、しかも正真正銘の動物であるという世界観がうまく飲み込めていないのだということに思い至った。
「アイヌ神謡」とは、アイヌの神々が自身の体験を物語るという形式の口承文芸である。アイヌの少女・知里幸惠が編訳した『アイヌ神謡集』には、梟[ふくろう]、うさぎ、狐、沼貝といった動物たちが、神として主体的に世界を物語る。
アイヌ神謡は叙事詩である。物語形式で、詩がひろがっていく。「銀の滴降る降るまわりに」と歌う梟は、やがて自分を弓矢で射抜こうとしている子どもたちを見つける。そして、お金持ちの子どもたちが放つ美しい金の矢を上へ下へと避けながら、貧乏な子の放った素朴な矢をわざとその羽に受けるのだ。
(略)昔貧乏人で今お金持になってる者の
子供等は,金の小弓に金の小矢を
番[つが]えて私を射ますと,金の小矢を
私は下を通したり上を通したりしました.
(中略)
歌いながらゆっくりと大空に
私は輪をえがいていました.貧乏な子は
片足を遠く立て片足を近くたてて,
下唇をグッと嚙みしめて,ねらっていて
ひょうと射放しました.小さい矢は美しく飛んで
私の方へ来ました,それで私は手を
差しのべてその小さい矢を取りました.
クルクルまわりながら私は
風をきって舞い下りました.
こうして貧乏な子は、自分が射抜いた梟を獲物としてではなく、神様からいただいた宝物として家に持って帰る。
アイヌ民族の世界観では、神はもともと神の国に暮らしている。そして人間に肉や毛皮といった贈り物を与えるために、動物の肉体を着物のように羽織って、人間界に下りてくる。人間に自身が携えてきた命を贈った後は、また神の国に帰って、人間たちを見守る。
私はもともと、動物好きだった。動物が登場する絵本を幼い頃から数多く読んできたし、家には飼い犬もいた。学校で生き物係だったこともある。「動物は友だち」という意識を持っていたのは間違いないのだが、対等以上の存在として見ていなかったことに気がついた。動物はあくまで飼い、支配する存在だったのだ。
人が下等な動物を出し抜いて狩っているのではなく、動物が自ら人に命を与えているのだとしたら、この世界を物語る主体は確かに逆転する。飼い犬も、人が捕まえてきて飼っているのではなく、人のために犬が訪れたのかもしれない。動物に限らず、植物、自然も、人に支配されているのではなく、まるで親のように、本当は人に命を与えているだけだと言い換えることもできる。『アイヌ神謡集』を読むと、アイヌ民族は動物・人・自然と絶えず主体を交代させながら、支配者としてではなく一員として考え、行動し、世界の均衡を保っていたように思える。もし現在、「梟」を主体としてこの世界を見つめ、語り直してみたらどうなるだろう。人はもはや、人以外の存在に、世界を物語る主体を一瞬でも明け渡すことを恐れるかもしれないとも思う。
『アイヌ神謡集』に出会った後、友人と鱒釣りに出かける機会があった。池に鱒の影が浮かび上がり、まるで糸で引かれるようにまっすぐ私の垂らす釣り針に食らいついたとき、思わず、あっと声をあげた。本当に、鱒が自分の身を私に差し出したように見えたのだ。
詩は世界を物語る言葉だ。梟の神の歌った「銀の滴降る降るまわりに」の謡で私の世界は一度逆さまになり、古い考えが出され、後には世界の見え方もどこか変わっていた。その純粋な驚きが、今も詩を書く燃料になっている。
梟[ふくろう]の神の自ら歌った謡
「銀の滴[しずく]降る降るまわりに」
「銀の滴降る降るまわりに,金の滴
降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り,人間の村の上を
通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になっていて,昔のお金持が
今の貧乏人になっている様です.
海辺に人間の子供たちがおもちゃの小弓に
おもちゃの小矢をもってあそんで居ります.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」という歌を
歌いながら子供等の上を
通りますと,(子供等は)私の下を走りながら
言うことには,
「美[い]い鳥! 神様の鳥!
さあ,矢を射てあの鳥
神様の鳥を射当てたものは,一ばんさきに取った者は
ほんとうの勇者,ほんとうの強者だぞ.」
言いながら,昔貧乏人で今お金持になってる者の
子供等は,金の小弓に金の小矢を
番[つが]えて私を射ますと,金の小矢を
私は下を通したり上を通したりしました.
その中に,子供等の中に
一人の子供がただの(木製の)小弓にただの小矢
を持って仲間にはいっています.私はそれを見ると
貧乏人の子らしく,着物でも
それがわかります.けれどもその眼色を
よく見ると,えらい人の子孫らしく,一人変り
者になって仲間入りをしています.自分もただの小弓に
ただの小矢を番えて私をねらいますと,
昔貧乏人で今お金持の子供等は大笑いをして
言うには,
「あらおかしや貧乏の子
あの鳥,神様の鳥は私たちの
金の小矢でもお取りにならないものを,お前の様な
貧乏な子のただの矢腐れ木の矢を
あの鳥,神様の鳥がよくよく
取るだろうよ.」
と言って,貧しい子を足蹴にしたり
たたいたりします.けれども貧乏な子は
ちっとも構わず私をねらっています.
私はそのさまを見ると,大層不憫に思いました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」という歌を
歌いながらゆっくりと大空に
私は輪をえがいていました.貧乏な子は
片足を遠く立て片足を近くたてて,
下唇をグッと嚙みしめて,ねらっていて
ひょうと射放しました.小さい矢は美しく飛んで
私の方へ来ました,それで私は手を
差しのべてその小さい矢を取りました.
クルクルまわりながら私は
風をきって舞い下りました.
すると,彼[か]の子供たちは走って
砂吹雪をたてながら競争しました.
土の上に私が落ちると一しょに,一等先に
貧乏な子がかけついて私を取りました.
すると,昔貧乏人で今は金持になってる者の
子供たちは後から走って来て
二十も三十も悪口をついて
貧乏な子を押したりたたいたり
「にくらしい子,貧乏人の子
私たちが先にしようとする事を先がけしやがって.」
と言うと,貧乏な子は,私の上に
おおいかぶさって,自分の腹にしっかりと私を押えていました.
もがいてもがいてやっとの事,人の隙から
飛び出しますと,それから,どんどんかけ出しました.
昔貧乏人で今は金持の子供等が
石や木片[こっぱ]を投げつけるけれど
貧乏な子はちっとも構わず
砂吹雪をたてながらかけて来て一軒の小屋の
表へ着きました.子供は
第一の窓から私を入れて,それに
言葉を添え,斯々[かくかく]のありさまを物語りました.
家の中から老夫婦が
眼の上に手をかざしながらやって来て
見ると,大へんな貧乏人ではあるけれども
紳士らしい淑女らしい品をそなえています,
私を見ると,腰の央[なかば]をギックリ屈めて,ビックリしました.
老人はキチンと帯をしめ直して,
私を拝し
「ふくろうの神様,大神様,
貧しい私たちの粗末な家へ
お出で下さいました事,有難う御座います.
昔は,お金持に自分を数え入れるほどの者で
御座いましたが今はもうこの様に
つまらない貧乏人になりまして,国の神様
大神様をお泊め申すも
畏れ多い事ながら今日はもう
日も暮れましたから,今宵は大神様を
お泊め申し上げ,明日は,ただイナウだけでも
大神様をお送り申し上げましょう.」という事を
申しながら何遍も何遍も礼拝を重ねました.
老婦人は,東の窓の下に
敷物をしいて私をそこへ置きました.
それからみんな寝ると直ぐに高いびきで
寝入ってしまいました.
私は私の体の耳と耳の間に坐って
いましたがやがて,ちょうど,真夜中時分に
起き上りました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」
という歌を静かにうたいながら
この家の左の座へ右の座へ
美しい音をたてて飛びました.
私が羽ばたきをすると,私のまわりに
美しい宝物,神の宝物が美しい音をたてて
落ち散りました.
一寸のうちに,この小さい家を,りっぱな宝物
神の宝物で一ぱいにしました.
「銀の滴降る降るまわりに,
金の滴降る降るまわりに.」
という歌をうたいながらこの小さい家を
一寸の間にかねの家,大きな家に
作りかえてしまいました,家の中は,りっぱな宝物の積場
を作り,りっぱな着物の美しいのを
早つくりして家の中を飾りつけました.
富豪の家よりももっとりっぱにこの大きな家の
中を飾りつけました.私はそれを終ると
もとのままに私の冑[よろい]の
耳と耳の間に坐っていました.
家の人たちに夢を見せて
アイヌのニシパが運が悪くて貧乏人になって
昔貧乏人で今お金持になっている者たちに
ばかにされたりいじめられたりしてるさまを私が見て
不憫に思ったので,私は身分の卑しいただの神では
ないのだが,人間の家
に泊って,恵んでやったのだという事を
知らせました.
それが済んで少したって夜が明けますと
家の人々が一しょに起きて
目をこすりこすり家の中を見るとみんな
床の上に腰を抜かしてしまいました.老婦人は
声を上げて泣き,老人は
大粒の涙をポロポロこぼして
いましたが,やがて,老人は起き上り
私の処へ来て,二十も三十も礼拝
を重ねて,そして言う事には,
「ただの夢ただの眠りをしたのだと
思ったのに,ほんとうに,こうしていただいた事.
つまらないつまらない,私共の粗末な家に
お出で下さるだけでも有難く存じますものを
国の神様,大神様,私たちの不運な
事を哀れんで下さいまして
お恵みのうちにも最も大きいお恵みをいただき
ました事.」と言う事を泣きながら
申しました.
それから,老人はイナウの木をきり
りっぱなイナウを美しく作って私を飾りました.
老婦人は身仕度をして
小さい子を手伝わせ,薪をとったり
水を汲んだりして,酒を造る仕度をして,一寸の間に
六つの酒樽を上座にならべました.
それから私は火の老女,老女神と
種々な神の話を語り合いました.
二日程たつと,神様の好物ですから
はや,家の中に酒の香が
漂いました.
そこで,あの小さい子に態[わざ]と
古い衣物を着せて,村中の
昔貧乏人で今お金持になっている人々を
招待するため使いに出してやりました.ので
後見送ると,子供は家毎に
入って使いの口上を述べますと
昔貧乏人で今お金持になっている人々は
大笑いをして
「これはふしぎ,貧乏人どもが
どんな酒を造ってどんな
御馳走があってそのため人を招待するのだろう,
行ってどんな事があるか見物して
笑ってやりましょう.」と
言い合いながら大勢打ち連れて
やって来て,ずーっと遠くから,ただ家を見ただけで
驚いてはずかしがり,そのまま帰る者もあります,
家の前まで来て腰を抜かしているのもあります.
すると,家の夫人が外へ出て
人皆の手を取って家へ入れますと,
みんないざり這いよって
顔を上げる者もありません.
すると,家の主人は起き上って
カッコウ鳥の様な美しい声で物を言いました.
斯々[かくかく]の訳を物語り
「この様に,貧乏人でへだてなく
互に往来も出来なかったのだが
大神様があわれんで下され,何の悪い考えも
私どもは持っていませんのでしたのでこの様に
お恵みをいただきましたのですから
今から村中,私共は一族の者
なんですから,仲善くして
互に往来をしたいという事を皆様に
望む次第であります.」という事を
申し述べると,人々は
何度も何度も手をすりあわせて
家の主人に罪を謝し,これからは
仲よくする事を話し合いました.
私もみんなに拝されました.
それが済むと,人はみな,心が柔らいで
盛んな酒宴を開きました.
私は,火の神様や家の神様や
御幣[ごへい]棚の神様と話し合いながら
人間たちの舞を舞ったり躍りをしたりするさまを
眺めて深く興[おもしろ]がりました.そして
二日三日たつと酒宴は終りました.
人間たちが仲の善いありさまを
見て,私は安心をして
火の神,家の神
御幣棚の神に別れを告げました.
それが済むと私は自分の家へ帰りました.
私の来る前に,私の家は美しい御幣
美酒が一ぱいになっていました.
それで近い神,遠い神に
使者をたてて招待し,盛んな酒宴を
張りました,席上,神様たちへ
私は物語り,人間の村を訪問した時の
その村の状況,その出来事を詳しく話しますと
神様たちは大そう私をほめたてました.
神様たちが帰る時に美しい御幣を
二つやり三つやりしました.
彼[か]のアイヌ村の方を見ると,
今はもう平穏で,人間たちは
みんな仲よく,彼のニシパが
村に頭になっています,
彼の子供は,今はもう,成人
して,妻ももち子も持って
父や母に孝行をしています,
何時でも何時でも,酒を造った時は
酒宴のはじめに,御幣やお酒を私に送ってよこします.
私も人間たちの後に坐して
何時でも
人間の国を守護[まも]っています.
と,ふくろうの神様が物語りました.
『アイヌ神謡集』(知里幸惠 編訳/岩波文庫)より
ローマ字で音を起したアイヌ語の詩の原文は、上記の『アイヌ神謡集』や青空文庫でお楽しみください。
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1990年埼玉県生まれ。詩人。第五十四回現代詩手帖賞受賞。『狸の匣』(思潮社)で第二十三回中原中也賞、『雨をよぶ灯台』(思潮社)で第二十八回萩原朔太郎賞受賞。

