「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、作品の一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2026年3月23日から4月23日の募集期間に投稿された三十四篇の中から選考を行い、全作品にマーサさんから講評をいただきました。


精霊 森林みどり
ここはどこなのだろう
山小屋 ロッジ
古いがらんとした建物に
ふたりきり
妹がトイレに入っている
なんだかおかしい
この建物 気持ちがわるい
とわたしは言うけれど
妹は返事をしない
建物は膨張して ギシギシいう
縮んでいるのかもしれなかった
ねえ おかしい
狂っているのは あなたのほう
時計は滑るように回転する
妹がトイレの中から平凡な声を出す
精霊よ 精霊がいるのよ
目を凝らせば 空気のなかに
小さな糸くずみたいなものが
無数に見えて
上からどんどん 落ちてくる 落ちてくる
これが精霊
わたしだったもの
あなただったもの
精霊が薄く光る
磨りガラスの向こうにいるみたい
薄くなってるのは あなたのほう
重苦しい息吹に包まれて
妹はいつまでも 姿を見せない


many many あらいれいか
いまは貌を保たない。さわるだけのうごきでありしかいであり
あの空空、真ん中に立ち止まって これからもそののちも
眼窩に溜まった息吹が〝あざやかにふやけてしろくなる〟
そして 結び目 しかのこらないイデア
セルロイドの星が、ガラスのクジラが
正しくは人魚も獣人も みもち(妊娠)でした
いまはその直前に溜めたヤモリが腹を
見せている。/いや、別に、おもいあたる
そのうえ眉をしかめ 背中と同じ、おぶさる
つまり さみしい
/ぢゃあ、
飽いた口も おびただしい げんざいに 及ぶ
峠をみた
アストロスコープから 勿忘草に 相継ぐように
どこにも宿らない声がすみずみまで球果がひとつ
根をはった「杏」 くさむらの奥で拍が空振る
なぜ
なにかがうしなわれる
時折上を向き
「立ち止まり 見渡せる」という場所はある
/あ、
碧い紗漠と珊瑚できるよう飲み下した
汐の風の重さを抱きながら、影が満ち引く
天井の隅で脱力した。はたはたと、溢れている
これを痛みとするにはむず痒い、気の所為ばかりか
折れた枝のまだ若いところに 雨粒のひかる
――まぶたのうらはおもてにみえる
いまのわたしは不在を通過し、おいていかれたかたちだ
輪郭をぼかす茜 水の明るむところに
斜光細く ほどける影絵 弾かれたように引いては
ぱたりぱたりと はて。まちかどになにかが溢れだしてる
メルヘンを重ね 頁が 指の(棄てられたのだと 気づく)
笑みを零しそれは横撓って居たが
まどろみを浮かべ仕舞って来たが
あわれっぽい瞳で それら 都塵の喃語など
こともない梅雨ほど産気づく。崩落する戯言か
鉱石ラジオに併せる まっくろく美しいみつばち
人の丸みを作る匂いだけが 震えているだけ――
また、わたし
ありつづけることが、わたし
指がキーの上で迷って
おはじきを取りだした子どもたち
ただ 石になると 途切れる
また、おさんぽにしよう
びゅっとありつくと少し透明で こんこんと、ふえていく
冷え切った指を絡め取る あさつゆは美しいということ
切れてはまた続くような大陸と島のさかいに
剝げた塗膜のした、青さ のこるところに
切れたあともしばらく、揺れている糸に


栞 まつりぺきん
はっきりとした入射角
とぷんとぷん
微かな音で
生臭い風
光の粒も水面で笑う
赤紫色をした
産毛だらけの蔓
強く握りしめていた
種から伸びて
絡まって
生きものたちの鳴き声が
呼び合って
確かめ合って
少し待って
湖面に浮かべる
ごめんなさい
ばかりでできた空は
いつしか低くなり
責めるように湿って
最後にそっと
乗せました
黴びた
わたしだったもの
山と山の間から
漏れ出し
流れる
霧
薄い灰色の
壊れたみたいに
笑わない
匂いのしない
細い雨

ライブ・イン・フィクション 夕空しづく
そのライブは、五枚切りの耳付き食パンの上で開催された。いちご
ジャム色の照明、スライスチーズのモニター。アーティスト名は読
めない。架空のラテン語らしい。
隣の席の小さな蛇が、ペンライトのかわりに身体をひからせている。
わたしの色とおなじ色。あなたも彼が好きなのね。ええ、そうなの、
わたしはね、小さい頃に死んでしまったものだから。でもライブが
あるって聞いて、うれしくて、チケット取って戻ってきちゃったの。
会えてうれしい。ありがとう。優しいのね。
超圧倒的ひかりと音で、わたしたちはぶち溶かされる。熱でどろど
ろになったジャムが降り注ぐ。きれい!きれい! 誰かがなにか叫
んだ、誰かがそれに答えた。言葉がわからない、だから、教育は大
事なのに! だって仕方ないじゃない! ステージ上の彼と目が合
った。まったく問題ない、と視線は言った。わたしは踊った。踊り
たかったのだった。ららららららら、歌いたかったのだった! 隣
人と手をつないだ、と思ったら、つかんでいたのは花だった。
歌い踊る影は浮遊して、わたしたちを連れ雲の上、ごらんここは晴
れている、でもここまでだ、ここから先へは連れていけない。八割
宇宙みたいな場所で、彼らは消息を絶った。アンコールはなかった。
蛇の姿はすでになかった。
身体のなかに音楽が満ちていて、あふれた音符がそこらじゅうに転
がっていた。そのひとつを、キッチンカーのお兄さんがこっそり拾
っていた。帰りの電車は混むだろうが、彼女は椅子に座れただろう
か。さっきまで彼らが立っていた食パンはこんがりと焼けて、日曜
の朝の匂いがしていた。

I について 緒方水里花
I とわたしの服装はよく似ていた。胸下に何本か白線が通り、上は浅瀬、下は深海。
土手の近くで育ったI にも海があるのは不思議だが、I からはいつも潮の匂いがする。
今日もそうだ。醬油のせんべいが美味い、と言うからにはおそらく小さな古い漁港で、
白い貝殻を右手の人差し指と中指で丁寧に摘んで座る。
I の伸びっぱなしの襟足は切られ、丸い頭と首元を半分隠す紺の襟に、詰襟の学生服
が似合うだろうなと思った。すこし痩せただろうか。でもそれはこの季節に皆がするの
と同じで、I も住む駅を6駅ほど変え体を軽くしたのかもしれない。今日は駅から更に
遠い、小さな森の中が芝居場で、ラッキーセブン。今日わたしが停めた駐車場ナンバー
のことをI は知らない。
I は顔、とひとこと言って、背骨が透ける人のことを歌った。後ろを向き左手を上着
の裾から中に入れて掻く。I の背中がいっしゅん見えたが、ただひたすらに平らな土
で、背骨などない。それでもI はさざなみを立たせた。ギターと優しさが膝の上で倒
れる。おとうとに土をかけるときの手付きで、波はどんどん高くなり、むしゃ、むしゃ、
高波が小さなI の体に覆い被さる。海は紺ではなく灰色でまだ喋ったことのないぼご、
ぼご。毎日変な船が並んで座礁している。でもばくふう、と言った後にあのひんじゃく、
で最後の米と言うのはずるい。I はいつも受け身で、でも受け身であるからの優しさ
があり、感性の網目で掬っていく。紫駅と言わないこと。赤い花と囁くこと。
I のママさんバレーは上達していた。たどたどしかった指先が美しくトスを繋ぐ。今
日は邪魔なオダ達はいない。近付くと白線に見えたのは白い文字で、腕までぐるりと切
られているのはわたしだけで、良かった。本当の学生を前にしてわたしたちの私語は開
き、ひとりぼっちの言葉を渡されI は口髭を藁にする。きっとI もひとりだけど花束
のように伝わるるるるる。あかるい本をたくさんひらく。わたしも言葉を胸に抱く。
I はあたたかい森にいて、わたしは雨の町に出る。けれども夜を飲み干す背中は決し
て白くはならない。じぶんのことだと思っていたいことがときどき、あなたのこと。へ
こんだ土を思い出す。もう少し捲るまでもなく、でんしゃ。I の背骨の数を数える。
講評は次ページに続きます

