【望星インタビュー】山里亜未さん――音楽の力で睡眠は改善できる! 

私たちの日々の生活のなかにはたくさんの音楽が存在している。その音楽を使って身体や心の状態を整えるのが「音楽療法」の技術。近年の研究では、音楽で睡眠の質を改善できることが分かってきているという。音楽療法と睡眠の研究をする東海大学健康学部の山里亜未さんに聞いた。

音楽を使って心身を回復させていく

――はじめに、音楽療法とはどのようなものなのかを教えていただけますか?

 音楽には生理的、心理的、社会的な働きがあると言われています。そうした働きを用いて、身体と心両面の障害の回復、機能の維持・改善、生活の質の向上、あとは行動を変える行動変容などに音楽を活用していくことが「音楽療法」と定義されています。 

 音楽療法と聞くと、「モーツァルトを聴けばいいんですよね」とよく言われるのですが、そうでもあり、それだけでもないというか……(笑)。音楽療法で大切なことは、対象となる人が何に困っていて、何を求めていて、そこに音楽のどのような機能や働きが使えるのかを考えることなんです。ですから、モーツァルトが効く人もいれば、J-POPのほうが効く人もいるわけです。 

 音楽の使い方も、聴くだけに限らず、音楽に合わせて歌ったりする場合もあります。たとえば認知症の患者さんですと、懐かしい曲を一緒に歌うことで当時の記憶が呼び起こされて、暴れたり会話もままならなかった方が昔のことを生き生きと話し始めたりすることがあります。  

 また、発達障害のお子さんの場合だと、音楽を使ってコミュニケーションを促したり、バランス感覚を養って機能改善につなげたりといった面でアプローチをしたりします。 対象とする患者さんやクライアントに合わせ、心身の状態の回復や向上のために音楽を使ってアプローチしていくのが音楽療法なんです。 

音楽療法の科学的根拠を究めたくて研究者に

――そもそもですが、山里さんが音楽療法に関心をもたれた理由というのは?

 音楽療法の存在を知ったのは、高校から大学に進学するときです。高校の先生から「こういうものもあるらしいよ」と教えてもらったのがきっかけです。 

 高校では音楽科に通っていて、マリンバという大きな木琴の演奏をしていました。ずっと音楽が身近にあったことで、私の中では生涯音楽に関わって生きていきたいなとの思いがあったんです。そこから音楽療法を学んでみたいと思うようになりました。

――演奏家になることは目指されなかったのですか?

 演奏することもすごく好きだったのですが、演奏家として食べていくのはかなり厳しいのも現実で。進路選択では正直悩みましたが、音楽を使って人と関わっていきたい気持ちがあったので、音楽療法士の資格が取れるコースのあった東海大学に進んで、音楽学の勉強を続けながら4年間かけて音楽療法を学び、日本音楽療法学会認定の音楽療法士の資格を取得しました。 

 ただ、音楽療法って日本ではまだまだメジャーな領域ではないんですよ。その要因のひとつが科学的な根拠が十分ではないところにあるのではないかと考えました。そこを究めて、音楽療法の効果を自分の言葉で伝えたいと思い、大学院では医学研究科に進学して、自閉スペクトラム症の方や大学生を対象に睡眠障害に対する音楽療法の研究を行ってきました。 

音楽は睡眠障害や行動障害も改善してくれる 

――音楽は睡眠の質を向上させるのでしょうか?

 睡眠障害と音楽との関係についての研究は世界中でもたくさん行われていて、音楽を聴くことで睡眠の質が改善するといった報告はしっかりとなされています。 

 私が取り組んだ自閉スペクトラム症の子どもに対しての研究でも、睡眠障害の改善に効果が認められています。自閉症の方は睡眠障害を抱えやすいと言われているんですね。研究では、本人と保護者の同意をいただいたうえで、3歳から15歳までの子どもたちに1ヵ月間、毎日音楽を聴いて寝てもらったのですが、睡眠が改善されただけでなく、発達障害の子どもが抱える行動障害についても改善が見らるという興味深い結果になりました。  

――行動障害にも効果があったんですか。

 はい。子どものうちは睡眠時随伴症(パラソムニア)といって、怖い夢を見て泣き叫んだり、寝たままウロウロ歩いたり、突然起き上がって絶叫したりといったことが起こりやすいのですが、音楽を聴くことによってそれが改善されて、さらには日中の問題行動も改善されていました。 

――音楽の力ってすごいですね! 子どもたちに聴かせていたのはクラシック音楽ですか?

 睡眠障害の研究でよく使われるのはクラシック音楽なんですけれど、子どもにしてみるとクラシック音楽は難しいですし、興味もないですよね。そうした音楽を聴かせると、結果に影響する可能性がありますので、慣れ親しんだ曲であることを考えて子守唄にしました。私がマリンバで演奏して、それを録音したものを聴いてもらったんです。

睡眠改善に効くのは「1/fゆらぎ」の特徴をもつ音楽

――先ほど、音楽療法で考えるとJ-POPのほうが効く人もいるということでしたけれど、睡眠を改善するとしたら、どんな音楽がいいのでしょうか? 

 私も、どういう音楽が睡眠の質に最もよいのかを調べたいと思いまして、音楽の楽曲分析とランダム化比較試験(※)、それからメロディやテンポを解析して数値化するといった研究を行いました。 

 結果的には、テンポはゆっくり、リズムもゆっくりであまり変化がなく、メロディは滑らか、メロディの音高変動を数値にすると「1/fゆらぎ」の特徴をもつ音楽が睡眠を改善してくれることが分かりました。「1/fゆらぎ」というのは、一定のようでいて、わずかに変化しているリズムのことで、ロウソクのゆらめく炎であったり、川のせせらぎであったり、自然界の音に多く存在していると言われています。 

「1/fゆらぎ」をもつ音はリラックス効果も高いと言われているのですが、実際に私の研究でもそのことが証明されています。 

――寝つけないとか、夜中に何度も起きてしまうとか、睡眠に関して悩んでいる人って多いと思いますが、就寝時に音楽を聴くことで、そんな悩みも解消できたらうれしいですよね。 

 入眠時間、夜間の中途覚醒、早朝覚醒が不眠症の3つの症状ですが、先行研究でも、寝るときに音楽を聴くと入眠時間が短くなる、夜間の中途覚醒や早朝覚醒を減らせるといった結果はいくつか出ているんですね。

――音楽は寝ている間もずっとかけていたほうがいいのですか? 

 睡眠中もずっと聴いているのは睡眠の妨げになってしまってよくありませんので、寝つく時間に聴いていただくのがよいと思います。寝る状態をつくってから実際に眠りにつくまでの入眠潜時は、一般の健康な成人で10~20分ぐらい、高齢者の方だと13~35分程度かかると言われています。寝つけない時間もすべて網羅できることを考えて、音楽をかける時間は40分ぐらいに設定しておくとよいのではないでしょうか。 

※ランダム化比較試験 研究対象者を複数のグループに無作為に分けて、治療の効果などを検証する研究手法 

就寝にはどんな音楽が効果的なのか

――聴くとしたら、クラシック音楽がいいのでしょうか? あるいは好きな楽曲のほうが効果は高かったりするのですか?

 音楽の好みが与える影響に関しても、大学生120名を対象に調べてみました。「1/fゆらぎ」の特徴をもっている音楽、これはクラシック音楽のCDアルバムを選んだのですが、それを聴いてもらうグループと、自分の好きな音楽を聴いてもらうグループ、それから何も聴かないで寝るグループの3つに分けてランダム化比較試験を行ってみたんです。自分の好きな音楽については、「何でもいいけれど、寝る前に聴くので眠りによさそうだと思う音楽を選んでください」と伝えました。 

 痛みや不安に対しては自分の好きな音楽が一番よいという先行研究はあるけれど、眠りにはどうなのか、好きな音楽はかえって覚醒を促してしまうのでは? と思ったのですが、結論としては、こちらが指定したクラシック音楽のグループも、好きな音楽を聴いたグループも、どちらも睡眠の質に改善が認められました。ですから、クラシック音楽のほうがいいということはなく、自分が好きな音楽を聴きながら寝るというのも選ぶポイントのひとつになると思います。 

 とはいっても激しい曲はやっぱり向かないので、自分にとって眠りによさそうだなと思う好きな音楽を選んでいただきたいのと、テンポはすごくゆっくりで、リズムの動きも激しくないものを選択してもらうとよいのではないかと思います。 

「指定音楽(クラシック)」「好みの音楽」を聴く群と、「非音楽聴取(音楽を聴かない)」群の3つで、「睡眠の質」を評価するPSQI(ピッツバーグ睡眠質問票)の変化量を比較。「指定音楽」「好みの音楽」を聴く両群で睡眠の質に有意な改善が認められ、両群の間に有意差はなかった

――もしクラシック音楽を選ぶとしたら何がお勧めですか? クラシック音楽にもいろいろあって、ベートーベンの『運命』などは、かえって目が冴えてしまいそうです。

 クラシック音楽なら、たとえばパッヘルベルの『カノン』やバッハの『G線上のアリア』、サティの『ジムノペディ第1番』、メンデルスゾーンの『バイオリン協奏曲ホ短調 作品64-II 』、ドビュッシーの『月の光』のような、ゆっくりとしていて落ち着いた曲がよいと思います。 

――歌詞がある曲でも効果はあるのでしょうか?

 睡眠改善のために歌詞があるものを聴いている方もいるのですけれど、先行研究では歌詞のないもののほうが多く使われています。ただ文化的な背景もあって、国によって自国の民族音楽が一番いいといっている研究もあるんですね。そこから考えると、歌詞の有無よりは、どれだけ慣れ親しんでいるかが大事かもしれません。

ひと晩で効果は出ない、4週間は続けてみることが大事

――睡眠改善に音楽を生かす際、気をつけたいポイントはありますか?

「音楽で睡眠が改善するなら聴いてみよう」と思って試していただくとき、すぐに結果が出なくても諦めずに続けていただきたいということですね。〝眠れない〟というのは、その方にとっては深刻な問題ですから、ひと晩聴いてみて効果がないと「やっぱりダメじゃないか。効果なんてないじゃないか」となってしまうかもしれません。でも、ひと晩ではやっぱり効果は出にくいんです。 

 これまでの研究からは、音楽を聴き続けることが大事で、継続率が長くなるほど改善効果が高いことが分かっています。具体的には4週間以上聴くと、効果がより大きくなると言われているんです。 

――ひと月は続けてみるということですね。

 寝る前に音楽を聴く効果としては、もちろん音楽自体のもつ効果もあるのですけれど、毎日音楽を聴きながら寝ることをルーティンにして、習慣化していくところにもあります。 

「毎日寝る前に、音楽をこのぐらいの時間聴く」ということを意識して布団に入ってもらうことで生活リズムが改善されますし、音楽の効果も得られるので、諦めずに継続して聴き続けていただきたいなと思います。 

 それから、聴くためのデバイスも大事です。まず、イヤホンはできるだけ避けたほうがいいですね。体勢を変えるのに邪魔ですし、つけていると気になってしまうと思います。また、CDは使いやすいとは思うのですが、音に敏感な方だとプレイヤーの中でCDが回る音が気になってしまうという場合もあるんですね。 

 眠れないと音に過敏になってしまいやすいので、雑音が気になる場合はスマホを使うなど工夫していただくとよいと思います。少し離れたところにスマホを置いて、タイマー機能で時間設定をしておかれるとよいのではないでしょうか。 

管楽器を吹くとひどい「いびき」が治る!?

――最後に、これからやってみたい研究などがあれば教えてください。

 睡眠障害の研究をずっと続けてきたのですが、今は音楽がメンタルヘルス全般に与える影響についても研究を始めています。たとえば抑うつ症状に対する音楽の影響などです。ただ、音楽に限らず、趣味を使ったメンタルヘルスへの効果というように、少し枠を広げて研究をしてみたいとも思っています。 

 あとは音楽療法も、歌うとか、楽器を演奏するとか、聴くだけではなく、さまざまな方法があります。睡眠に関連したものですと、たとえば「睡眠時無呼吸症候群」や「いびき」などが縦笛を吹くことで改善されたといった研究もあったりするんですね。 

――縦笛で「睡眠時無呼吸症候群」や「いびき」が改善できるんですか!? 困っている方も多いと思うので、それはすごい朗報ですね。リコーダーでも効果はあるんでしょうか?

 縦笛といっても、研究で使われていたのは「ディジュリドゥ」という長い笛で、残念ながらリコーダーとは違うんです。ただプロの演奏家でも、管楽器のオーボエやファゴットを吹く人は、鼻から気管支あたりまでの上気道の筋肉が鍛えられるため、「睡眠時無呼吸症候群」や「いびき」が少ないというデータが出ています。そうした楽器と睡眠との関係も、まだまだメジャーな分野ではないので、ぜひ調べてみたいなと思っています。 

(構成・八木沢由香)

山里亜未

やまさと・あみ  2015年、東海大学教養学部芸術学科音楽学課程卒業、2023年、同大大学院医学研究科先端医科学専攻修了。博士(医学)。現在、横浜市立大学の研究・産学連携推進センター客員講師も務める。研究テーマはメンタルヘルス、発達障害、睡眠障害、音楽療法。