【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第85回/雨の三日も降った日には

第84回 雨の三日も降った日には

 虫マニアが虫を採りに行く際、当然だが自分の標的たる種の虫に関する情報を事前に、徹底的に調べ上げる。こうして、標的との遭遇確率を少しでも上げようとする訳だ。

 日本各地には、そこ特有の虫マニア同好会が設立されており、それらが定期的に刊行する会誌に「いつ、どこで〇〇虫が採れた」という情報が掲載される。原則、これら会誌はその同好会に会費を納入した会員しか入手できないが、会によりネット通販などで非会員にも販売する。これら同好会誌には、時にとんでもない珍種が採れたとの報告が載るため、それら文献を逐一ネット上でチェックしては購入し、虫マニアは来るべきフィールドでの決戦に備える。

ジュズフシアリ。屋久島にて。南方の島嶼域の地中に住み、滅多に見つからない珍種のアリ
ヤクシマエンマコガネ。屋久島の固有種。翅が退化して飛べなくなった糞転がしで、環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類

 しかし、相手は自然だ。こっちがいくら情報で武装しようとも、様々な要因で標的に掠りもせず、無様な敗退を喫することも稀ではない。例えば、悪天候。特に沖縄など離島の場合、季節により台風とかち合う事がある。何ヵ月も前から高い飛行機代・宿泊代を「課金」して沖縄まで行くも、滞在期間中全て暴風雨に見舞われて宿に閉じ込められ、一匹の虫も採れぬまま帰還を余儀なくされた虫マニアの泣き言を聞くのは、毎年の恒例行事だ。私も、数年前に虫探しのため訪れた屋久島で台風に、五島列島で記録的な大雪にそれぞれ閉じ込められた「悪夢」を思い出すと、全身震えが止まらない。

 また、例え雨が降らずとも、気象条件の微妙なまずさでボウズともなりえる。

 クロオビヒゲブトオサムシは、鬱蒼とした森林内に生える生木の、小さな樹洞の深部に形成されたアリの巣内に住む。たかだか米粒程度の大きさながら、異様に太い触角、燃えるように真っ赤な色彩など、マニア心を否応なしにくすぐる珍奇な風貌だ。

クロオビヒゲブトオサムシ。日中しか表に出てこないため、派手な色彩は捕食動物への警戒色の意味合いがあるのかもしれない。環境省レッドリスト準絶滅危惧

 こんな珍虫、採れるものならば誰もが採りたいが、いかんせんこいつが生息するのは固い生木の中。木を破壊してこの虫を採るような真似は、物理的にも倫理的にも不可能だ。そのため、アリの巣から巣へと(恐らく配偶相手を探すため)移動すべく外へ這い出た時を狙うしかない。

 その、外へ出てくる気象条件というのが、非常に繊細で厳しい。初夏の日中(なるべく正午前後)の晴天時、高温かつ無風でないとダメ。この条件が一つでも欠けると、まず見られない。私も昔、この虫の生息地に遠路はるばる赴き、二日がかりで探しまくった。一日目はまさしく晴天かつ無風で、一度に2匹も樹幹を這うのを見つけた(逆に言えば、これだけ条件が良くても一日に2匹ぽっち見られたら幸運、というレベルの珍種なのだ)。ところが、その翌日は雨こそ降らないものの薄曇りだったのだが、前日見つけた場所で丸一日右往左往して探しても1匹も見つからなかった。この時の遠征は、多大な時間と旅費を投じていたため、もし初日の収穫がなければ危うかった。

「〇〇殺すにゃ刃物は要らぬ、雨の三日も降ればいい」という都々逸があるが、特殊な気象条件を活動に要求する珍虫を探す虫マニアとて、旅先で三日も雨に降られたら死ぬ。下手すれば、薄曇りですら死にかねない。

トゲアシアメンボ。日本では与那国島でしか見られない、巨大アメンボ。環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類
アカマルハナバチ。日本では北海道でしか見られないハチ。現地では少なくないが、本州に住んでいる身としてはとても珍しい種
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。

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