【フォトエッセイ】日本の包み紙 Collection◎上ヶ島オサム――第21回/手ぬぐいの熨斗紙

第21回 手ぬぐいの熨斗紙

 現在の手ぬぐいは、幅が一尺(33~35cm)で、長さは三尺(90cm)や長尺(110~120cm)と呼ばれているサイズのものが流通している。その名称からは、タオルの前身として日本人の暮らしの中にあった歴史が思われてくるが、手ぬぐいがいわゆる湯手ぬぐい(今日の浴用タオル)として使われるようになったのは、江戸時代になってからである。

 古くは、太乃己比[たのこい]、巾子[たなこい]、手巾[てのこい]、帛巾[たなこい]といった名称が伝えられている手ぬぐいの主な用途は、もっぱら被り物としてあった。手ぬぐいを頭部に巻いて結び留める鉢巻には、ねじり鉢巻、向こう鉢巻、後ろ鉢巻などがある。鉢巻は主に男性がするものであったが、頭痛や出産に際して女性がする場合もあった。幅広に頭部に被せて結び留める被り方には、顎の下で結ぶ頬被り、後ろ首で結ぶ姉さん被りなどがある。

 主な用途が被ることであり、日常的な使用頻度の高いものであった布の呼び名が、なぜ手ぬぐいに定着したのだろうか。民俗学者の柳田國男は、昭和18(1943)年に発表した「手拭沿革」の中で次のように述べている。
「テヌグヒは上品な良い言葉であって、多分は現実に是で手を拭った階級の命名であろうが、それを受入れた人々は其語源までは考慮せず、ただ覚えやすい良い言葉として、自分たちの持つ同じ物に、この名を流行させてしまったのである。」

 現在の手ぬぐいの染色技法の「注染[ちゅうせん]」は、明治時代に確立された。型紙で防染糊を印捺[いんなつ]し、染液を注ぎ込んで模様を染め描く方法で、昭和初期に、口で吹いたりふいごを使う代わりにコンプレッサーで染料を吸引させる方法が開発された。
 中世の時代の手ぬぐいの染色は、布を糸でくくって模様を作る絞染や型紙と刷毛を使う摺込染が主だった。江戸時代に型紙と防染糊を使った型染が行われるようになると、商人や役者が家紋や屋号を入れた手ぬぐいやオリジナル柄の手ぬぐいを作って、得意先や贔屓筋に配る風習が広まった。粋人の間では、趣向を凝らした手ぬぐいを持ち寄って品評し合う「手拭合[てぬぐいあわせ]」と呼ばれる催しも開かれていたという。

〔参考文献〕
『定本 柳田國男集 第14巻』(筑摩書房、1962年)
日本民具学会編『民具学事典』(丸善出版、2020年)
川上桂司『てぬぐい風俗絵巻』(雄山閣出版、1975年)
文・大澤美樹子、写真・岡本寛治『注染 手拭いづくし』(バナナブックス、2005年)

【上ヶ島さんの手ぬぐいの熨斗紙コレクション】

 上ヶ島オサムさんのコレクションから秘蔵の手ぬぐいの熨斗紙を紹介します。ぜひお楽しみください。(画像をクリックすると拡大表示されます)

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御手富貴
御年賀
おてふき
御年玉
御年玉
御年賀
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御手富起
御手富貴
御手婦き
御手富貴
御手富貴
手婦起
御年玉
御年玉
上ヶ島オサム

かみがしま・おさむ 紙物収集家。1957年北海道生まれ。東海大学工学部卒。著書に『レトロ包装シール・コレクション』(グラフィック社)、『絵はがきのなかの札幌』(北海道新聞社)、『さっぽろ燐寸ラベルグラフィティー』(亜璃西社)などがある。

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