第8回 切れ味鋭いサメの歯
あるネットニュースが忘れられない。アメリカだったろうか。ホホジロザメ一尾を車の後部座席に乗せた状態で交通事故に遭い、サメの歯が運転手に刺さって何十針も縫う大怪我をしたというものだ。
たとえ死んでいて標本になっていても、サメの歯で重症を負うことがある。ホホジロザメは最大6m以上になる大型のサメ。歯は他のサメと比較してみてもとびきり大きい。さらに彼らの歯の側面は、鋸歯といってギザギザだ。
そんな剃刀のような切れ味がある歯は、魚だけでなく、オットセイなどの鰭脚類[ききゃくるい]や大きなクジラの死骸を嚙みちぎって食べることができる。

昨年、私は人生で初めて交通事故に遭った。交差点での車同士の衝突事故だった。後から聞いたところによると、本線を走っていた私のワンボックスカーに、一時停止を無視した車が左側から突っ込んできたという。
大きな衝撃を感じた後、随分長い間、車が右斜め45度に傾いていたような感覚があった。衝突の衝撃で左のタイヤが浮いたまま、水平方向に180度回転したからだ。その後、運転席側に横転し、助手席にいた私はシートベルトに締め上げられ、宙に浮いた状態となった。
この状況であればいち早く脱出して助けを呼ぶことが先決だと判断し、助手席のドアに手をかけたが、びくともしなかった。「助けてください!」と通行人に向かって何回も叫びながら、一か八か、パワーウィンドウのボタンを押した。
するとウィーンと音を立てて窓が開いた! 横転直後だったので、まだ電気系統が生きていたのだ。自分の体重の重みでシートベルトをなかなか外すことができなかったが、どうにか助手席の窓から脱出。廃車になるくらいの大事故であったにもかかわらず、乗っていた全員の命に別状はなかった。
後日、サメ好き仲間と一緒に事故のことを改めて振り返ってみたところ、不幸中の幸いだと思わされることがあった。それは、先に紹介したネットニュースになっていた事故のように、車の中で「サメ」に襲われなかったから。
私はシャークジャーナリストという仕事柄、車の中にたくさんのサメの標本を積んで、全国各地で講演会を行なう。それに加えて、現在、宮城県にオープン予定のサメサメ・サメ博物館の準備をしている。つまり、今現在の私の車の中は、サメやサメの標本でいっぱいなのだ。しかしながらこの事故の当日は、たまたま標本を全て下ろした後だった。
ノコギリを持つサメに近い仲間
サメサメ・サメ博物館には標本庫があり、軟骨魚類の骨格標本を多数保管している。軟骨は湿気により変形することもあるので、標本庫の湿度と温度管理には気を使わねばならない。正しい管理をすることができれば、優に100年ほどは標本を良い状態を保つことができ、それを目指した管理を日々行なっている。
「軟骨魚類」という言葉は聞き慣れないかもしれない。魚類は骨格の構造によって大きく2つに分けられる。サケやイワシのような食卓に出てくる一般的な魚は硬骨魚類、一方でギンザメ類、サメ類、エイ類を含み、骨が全て軟骨でできている生物グループを軟骨魚類と呼ぶ。
Chondrichthyan Tree of Lifeのサイト(https://sharksrays.org/)によれば、世界中に生息しているサメは505種、エイは643種、ギンザメは50種だ。サメとエイは軟骨魚類の中でも板鰓類[ばんさいるい]というグループに分類され、非常に近い仲間である。両者ともに交尾を行い、体内受精をして子どもあるいは卵を産む。解剖をしてみると、消化管や生殖器官はほとんど同じ構造であることも多い。
一般的には平べったいものがエイで、魚のような立体的な形をしているのがサメというように認識されているが、そうではない。確実な見分け方は、エラ孔がある位置だ。側面にあれば平べったい形をしていてもサメの仲間、腹側にあれば立体的な体の形をしていてもエイの仲間である。水族館に行って、サメやエイのいる水槽があれば、ぜひエラ孔のついている位置を観察してもらいたい。
ノコギリエイという大変魅力的な生き物がいる。姿形がよく似ているノコギリ”ザメ”という種がいるが、これはエラ孔の位置が側面にあるのでサメの仲間。ノコギリエイのエラ孔の位置は腹側にあるのでエイの仲間であり、もちろん、サメとは別種である。
ノコギリエイの仲間は淡水域や沿岸域に生息し、巨大なサイズになる種もいる。巨大生物というだけでも万人を魅了するが、それに加えて彼らは非常に大きなノコギリという武器を持つ。子どもに大人気の危険生物がたくさん掲載されている図鑑にもラインナップされているかもしれない。
サメサメ・サメ博物館に所蔵されている標本の一つにノコギリエイの吻端[ふんたん]がある。平たくて縦長であり、長さは105cmもある。吻端のノコギリの長さはそのエイの全長の3分の1から4分の1だと言われているから、このエイの推定サイズは最大で4.2mということになる。

軟骨魚類は骨が全て軟骨でできているという話をしたが、軟骨といっても柔らかいわけではない。大型個体になると骨の周りが石灰化して非常に固くなるものもいる。所蔵されているノコギリエイの吻端の標本を手に持ってみるとずしっと重い。表面を撫でてみると驚くほど硬いことがわかる。まるでコンクリートの表面を撫でているようだ。
最近の研究で、ノコギリエイは他のエイと筋肉構造が異なり、首を左右に傾けるための特殊な大きな筋肉を持っていることがわかった(※)。巨大なノコギリのついた頭を左右にブンブンと自由に振り回し、吻端のサイドにある無数のギザギザした突起物を使って獲物を突き刺したり、切り裂いたりできるのだ。筋骨隆々の巨大生物が大きなノコギリを振り回したとしたら、ターゲットとなった獲物は真っ二つにされるかもしれない。
もし、あの日、ノコギリエイの吻端を車に積んでいたなら、あの事故と同じくらいの衝撃でノコギリが飛んできたと思うだけでゾッとする。海の中で縦横無尽にノコギリをぶん回して捕食する彼らのことを見たことがあるわけではない。しかし、あの車の中で無傷で済んだはずがないことはわかる。彼らの〝餌食〟とならなかったことこそが、不幸中の幸いなのである。
こんなに力強くて魅力的なノコギリエイの仲間であるが、そのノコギリの形状から、刺し網に引っかかりやすいという特性がある。また、彼らの肉は食用になるだけでなく、ヒレはフカヒレ、吻端のノコギリはアンティークとして人気が高い。つまり、乱獲の対象になりやすいのだ。
またこれに加えて、生息環境の変化や水質汚染も影響し、個体数の減少が懸念されている。日本においては海産魚類で初めて国内絶滅が宣言された。フカヒレはサメのヒレだけだと思っている人も多いかもしれないが、実際には立体的な体を持つエイの仲間のヒレも使われている。サメのヒレよりもフカヒレとして可食部が多く、歩合がよいという話もある。現在はワシントン条約附属書Ⅰにもリストアップされており、国際的な商取引は制限されている。
ヒトに脅威を与えるというところだけがピックアップされがちであるが、ヒトがある生物群を絶滅に追いやっていることにも目を向けるべきである。まずはサメの現状を知ること。それがサメの保全について行動を起こす最初の一歩になることは間違いない。
今日も今日とてサメ日和。よろシャーク 。
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ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、
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