【連載】世界は音楽でできている◎東海大学教養学部芸術学科――第3回 近藤真由/音楽が心と体を整える⁉

第3回 音楽が心と体を整える⁉——近藤真由

 皆さんは、音楽を聴いて「気分が変わった」と感じたことはありませんか? たとえば、好きなアーティストの曲を聴くことで元気ややる気が出たり、落ち込んだときにその気持ちに寄り添ってくれるような音楽を聴くと少し落ち着けたり……。そんな経験がある人は少なくないと思います。 

 今は、スマートフォンや音楽配信サービスのおかげで、私たちはいつでもどこでも音楽を聴くことができます。通学・通勤中にイヤホンをつけて音楽を聴いている人も多いでしょうし、勉強の合間や寝る前に音楽を流している人もいるかもしれません。音楽がないと「静かすぎて落ち着かない」とすら感じる人もいるのではないでしょうか。 

 それほどまでに、音楽は私たちの日常に自然に入り込んでいます。そんな音楽ですが、私たちの「心」だけでなく、「脳」の働きや「体」の動きにも影響を与える力があることが、科学的にも少しずつわかってきています。では、音楽はどのようにして、私たちの心や体に働きかけているのでしょうか。 

音楽がもたらす心や体の変化

 音楽は、感情ととても深い関係があります。たとえば、映画やドラマの中で流れる音楽を思い出してください。悲しい場面では切ないメロディが流れますし、勝負の場面では緊張感のある音が鳴ります。音楽は、言葉がなくても、その場の気持ちや雰囲気を私たちに伝えてくれるのです。 

 私たちの脳の中では、音楽を聴くと「報酬系」と呼ばれる部分が働きます。そこでは「ドーパミン」という、うれしい気持ちややる気を生み出す物質(神経伝達物質)が出ることがわかっています。これは、美味しいものを食べたときや、好きな人と話したときに出るのと同じ物質です。つまり、好きな音楽を聴くことは、「脳が喜ぶこと」でもあるのです。 

 また、悲しい音楽を聴くと涙が出ることがありますが、それも決して悪いことではありません。涙にはストレスを和らげる作用があり、泣いた後に少しスッキリするのはそのためです。音楽を通して気持ちを整理したり、心の中のモヤモヤを晴らすこともできるのです。

 ただし、同じ音楽を聴いても、感じ方は人それぞれです。ある人には元気が出る曲でも、別の人には少しうるさく感じられるかもしれません。「みんなが好きと言っている曲が、どうしても好きになれない」という経験がある人もいるでしょう。 

 それはとても自然なことです。音楽の感じ方には、その人の経験や思い出、そのときの気分が大きく関わっています。だからこそ、「自分はどんな音楽を聴くと落ち着くのか」「どんなときに音楽を聴きたくなるのか」を考えることは、自分自身を知るヒントにもなるのです。 

 一方で、音楽は体にもはっきりとした変化をもたらします。たとえば、テンポの速い音楽を聴くと一時的に心拍数や呼吸が速くなり、体が活動的になります。反対に、ゆっくりした音楽を聴くと呼吸が落ち着き、リラックスしやすくなります。 

 私たちの体の中には、「自律神経」と呼ばれる、無意識のうちに体の調子を整えてくれる仕組みがあります。心臓の動きや呼吸、体を活動モードにするか休息モードにするかといった切り替えを担っている、大切な働きです。 

 音楽は、この自律神経にも影響を与えると考えられています。元気な音楽は体を目覚めさせ、静かな音楽は体を休ませる方向に働きます。音楽は、気持ちだけでなく、体の「オン・オフ」を切り替えるスイッチのような役割も果たしているのです。 

 そして、この音楽の力は、医療の現場でも使われています。たとえば、手術前の患者さんに穏やかな音楽を聴いてもらうと、不安や緊張をやわらげ、血圧や脈拍が安定することが知られています。また、リハビリテーションの場では、リズムに合わせて歩く練習をすると、体の動きが整いやすくなるという報告もあります。音楽は、心だけでなく体の動きやリズムにも働きかけているのです。 

 このように、音楽は「心」と「体」の両方に影響を与える「二重の働き」を持っています(本当はもっといろいろな働き、たとえば、人と人との関係にも影響を与えるなどの働きもありますが、この点についてはまた次の機会で詳しく紹介したいと思います)。だからこそ、医療の分野で「音楽療法」という専門的な方法が発展しているのです。 

音楽療法ってなんだろう?

 私が研究している「音楽療法」とは、音楽の働きを使って、人の心や体の健康を支える専門的な方法のことです。日本では、音楽療法士という資格をもった方たちが、病院や福祉施設、学校などで活動しています。 

 たとえば、高齢者が懐かしい歌を歌うと、昔のことを思い出したり、言葉が出やすくなったりすることがあります。また、子どもたちと楽器を使って音を出す活動では、自分の気持ちを表現する練習になったり、他の人とのコミュニケーションが生まれたりします。さらに、病気やけがで体を動かしにくい人に対しては、音のリズムを使って歩く練習をしたり、手足の動きをサポートしたりすることもあります。 

 音楽療法は、単に「音楽を聴いて気分を良くする」だけではありません。その人の状態や目的に合わせて、「どんな音楽を、どんな方法で使うか」を慎重に考えるところに専門性があります。 こうした考え方は、実は私たちの日常生活にも通じています。集中したいとき、リラックスしたいとき、元気を出したいときでは、求める音楽は違いますよね。「なんとなく流す」のではなく、「今の自分にはどんな音楽が必要かな?」と考えて選ぶことは、音楽療法の考え方を生活に取り入れているとも言えるでしょう。 

 音楽の力は、人と人をつなぐことにもあります。たとえば、合唱やバンド活動、吹奏楽のように、みんなで音を合わせるとき、ただ音を出しているだけでなく、自然と心も通い合っているように感じることはありませんか。それは、音楽が「同じ時間と空間を共有する力」を持っているからです。 

 これは、言葉が通じない外国の人が相手であっても同じです。世界中で同じ曲を聴いて感動したり、ライブで初めて会った人と盛り上がったりするのも、音楽の力があるからです。この「つながる感覚」は、ストレスの多い現代社会でとても大切なものです。孤独を感じるときでも、音楽を通して「自分は一人じゃない」と感じられるのです。 

 では、タイトルにある「音楽が心と体を整える」とは、どういうことでしょうか。それは、「バランスを取り戻す」ということだと思います。たとえば、テスト前で緊張しているとき、静かなクラシック音楽を聴くと心が落ち着いたりします。逆に、朝の通学時にアップテンポな曲を聴いて気持ちを引き上げることもできます。このように、自分の状態に合わせて音楽を使い分ければ、気持ちや体のバランスを整えられるのです。 

 ただし、使い方によっては音楽が逆効果になることもあります。眠る直前に刺激の強い音楽を大音量で聴いてしまうと、かえって目が冴えてしまいますよね。大切なのは、「たくさん聴くこと」よりも「今の自分に合っているかどうか」です。音楽は、量やタイミングを意識することで、より良い力を発揮してくれます。 

 もしよければ、今日や明日、少しだけ音楽との向き合い方を意識してみてください。「今、どんな気分かな」「この音楽を聴いて、体や気持ちはどう変わるかな」と考えてみるだけでも十分です。そうした小さな気づきが、音楽をより身近で、心強い存在にしてくれるはずです。  

日々の生活に音楽を! 

 最後に、ぜひ皆さんに伝えたいことがあります。それは、「上手に演奏できなくても、音楽を楽しむことには意味がある」ということです。 

 「聴く」「歌う」「奏でる」「感じる」——音楽の力は、どんな形でも発揮されます。だから、「自分は音楽が苦手」と思っている人も、好きな曲を口ずさんだり、リズムに合わせて手を叩いたりするだけで、心と体に良い影響があるのです。 

 音楽は、いつでもどこでも、あなたのそばにあります。気分を変えたいとき、元気を出したいとき、泣きたいとき、前を向きたいとき——音楽は、言葉にできないあなたの気持ちを包み込んでくれる、心の「伴奏者」になるのではないでしょうか。 

 科学的にもその効果が少しずつ明らかにされており、音楽が持つ力は医療や福祉、教育の現場でも活かされています。でも何より大切なのは、「自分にとって心地よい音楽を見つけること」です。それが、あなたの毎日を少し軽くしてくれたり、少しやさしくしてくれたり、やがて音楽があなた自身や、誰かをそっと支える力になる日が来るかもしれません。 

 次回は、宇宙には音がないけれども、地球上の世界は音で溢れている、そんな世界中に溢れる音で音楽を作ろうとする試みについて、檜垣智也先生に紹介していただきます。 

近藤真由(東海大学教養学部芸術学科准教授)

こんどう・まゆ 愛知県生まれ。東海大学教養学部芸術学科音楽学課程卒業。東海大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。日本音楽療法学会監事、日本音楽医療福祉協会理事を務める。認知症予防を目的とした音楽療法の実践や講演活動を通し、音楽が人びとの健康や幸せに貢献できることを目指す。

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