友情の本願since1992
いとうせいこうと、みうらじゅんが、日本各地、ときにアジア各地の寺々に赴き、仏像を拝観してまわるのが『見仏記』シリーズである。道中の記録を、いとうが文にし、みうらが絵にするスタイルの書籍版と並行して、関西テレビ放送による映像版(『TV見仏記』『新TV見仏記』)も、DVDが多数出ている。
このシリーズをきっかけに、仏像鑑賞が趣味となった人は多いのではなかろうか。かくいう私がそうだった。四天王に踏まれる邪鬼の踏まれっぷりとか、十一面観音の後頭部にある暴悪大笑面の表情とか、阿弥陀や地蔵の前のめり具合とか、ここに注目すると、より味わい深くなる、という〝見仏〟の楽しみ方をあれこれ教わった。
二人の独特な言い回しもうつった。参拝した寺に鳥居があれば思わず「神仏習合、出た~」と口に出るし、インド色の激しい仏像を観ると「完全ヒンズー」とつぶやいてしまう。中国の峨眉山[がびさん]に似た奇岩の山肌を目にすれば、さも昔からある言葉のように「ガビってる!」と言いたくなる。
まだ今のようなブームになっていない頃、御朱印にハマったのも、『見仏記』の影響だった。御朱印は「仏像たちのサイン」だという、みうらの解釈に心惹かれ、御朱印帖をあがない、せっせと集めたものだ。が、のちに、みうらは御朱印だけでなく、各寺の御朱印帖自体も集めていると知り、こりゃ敵わんと畏れ入った。
仏像鑑賞の記述以外にも、『見仏記』には、印象的な場面がたくさんある。『海外篇』で、インドのベナレスから、仏陀涅槃[ねはん]の地・クシナガラまで、小型車で8時間かけて向かう道すがら、情緒不安定になったいとうを、みうらが笑わせて励ます場面が忘れられない。互いの両親を連れて旅する『親孝行篇』で、照れてしまったみうらが、両親との見仏を途中で打ち切り、いつもの二人旅に戻る流れも微笑ましい。『道草篇』で「ガビってる」という表現を使っているうち、本家の峨眉山に夢中になった二人が、憧れ高じて中国へ飛び、吹雪の峨眉山に登るという、学生時代の友達同士のような無邪気すぎるノリにも、ウキウキした。
要するに『見仏記』とは、見仏の面白さと、二人の睦[むつ]まじさ(みうらが言うところの〝仏友〟の〝レジェンド仲良し〟っぷり)で成り立っているのである。
シリーズ最初の取材は1992年、奈良と京都の寺を巡るものだった。その別れぎわ、二人は「三十三年後の三月三日、三時三十三分に三十三間堂の前で会いましょう」と約束を交わす。33は観音にまつわる秘数で、33年に一度だけ開帳される秘仏も少なくない。そういったことから思いついたのであろう、冗談のような途方もない待ち合わせが、2025年3月3日、寸分たがわず成就することになるとは……。
67歳になったみうらと、63歳になったいとうが、30代時の約束を大勢のファンに見守られて果たす、友情の奇蹟とでも呼びたくなる一幕が、本書のクライマックスだ。だからできれば『見仏記』第1巻と併読し、時の流れを堪能してほしい。
でもって、これは余談になるが、1992年といえば、小説家の中上健次が46歳で病死した年だった。中上は、1959年の3月3日に自殺した兄について、小説や随筆のなかで何度となく綴ってきた作家だった。2025年は中上の死から33年、中上の兄の死から33+33で66年の年にあたる。といった、不思議な符合もあり、中上を愛読するいとうは、約束の日付に何か思うところがあったのではないかと、私は勝手に妄想する。そして、中上の作品を読むと強く脳裏にこびりつく、忌み数的な3重なりの暗さを、明るさに裏返してくれたのが、みうらだったのだなあと、これまた勝手に感慨にふけった。
三十三間堂の他にも、長浜、関東、東海の寺々に足をのばし、ある時は地方仏を管理する世話方さんにとり囲まれながら、ある時は仏像マニアの少年とコメンテーター対決をしながら、ある時はインバウンド値段で4000円もするおみやげ屋の木刀に面食らいつつ、二人は仏像を見て仲良く話す。かつて『TV見仏記』で紹介され、きわめて衝撃的だった長浜・正妙寺の千手千足観音像は、以来あまりに人気が出て、アクセスしやすいお堂に移設されたという。現代的な仏像ブームの火付け役となり、仏像を動かすまでになった二人の名前は、フェノロサと岡倉天心とならんで、いつの日か歴史の教科書に刻まれるかもしれない。
次の約束の日は、もう33年後と相なったそうだ。その頃、みうらは3桁突入の100歳になっている。調べてみると、2058年3月3日は日曜日だった。サン重なりのサンデー。楽しみに、なるべくゆっくり目指したい。


さとう・やすとも 1978年生まれ。名古屋大学卒業。文芸評論家。 2003年 、「『奇蹟』の一角」で第46回 群像新人文学賞評論部門受賞。その後、各誌に評論やエッセイを執筆。『月刊望星』にも多くの文学的エッセイを寄稿した。新刊紹介のレギュラー評者。
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