2歳にも90歳にもなることができた詩人
ダークグレーのシンプルなセーターに身を包み、柔和な笑みを浮かべたおなじみの谷川俊太郎さんの横顔が本書の表紙を飾る。タイトルの「みんなの」には、多くの人に愛された詩人への親しみと、精一杯の賛辞がこめられている。〈私は背の低い禿頭の老人です〉という文句で始まる、穏やかなユーモアを含んだ巻頭詩「自己紹介」(詩集『私』より)も、詩や絵本・翻訳・写真など谷川さんの仕事の全貌を紹介しようとする本書の始まりにぴったりだ。
前半は、詩人本人と長男賢作さん・長女志野さんへのロングインタビューをはじめ、仕事上交流のあった医師の徳永進さんや画家の下田昌克さんら4氏の証言、感銘を受けた作品について語る各界の著名人たちの言葉などで構成され、谷川さんがどんな詩人だったかを、いわば周辺から探る内容となっている。
ともに仕事をした人々がしばしば口にするのが、谷川さんのもつ「子ども性」についてだった。〈谷川さんは自分の中に子どもがいるから、90歳にも2歳にもなれる〉(「メリーゴーランド」店主・増田喜昭)、〈谷川さんの中にはずっと〝子ども〟が存在していて、年齢を重ねれば重ねるほどことばの精度と破壊力が増している〉(絵本編集者・筒井大介)、〈無邪気さや他意のなさっていうんですかね。谷川さんには子ども的なものが見えているんだと思うんです〉(漫画家・しりあがり寿)といったぐあいだ。
この子ども性とは、たとえば人がしばし日常から離れ、童心に帰るといった場合とはまったく別個の、永遠の子ども性を意味する。何に対しても素直に反応し、見たまま、感じたままを表現する。しりあがりさんが指摘するように、谷川さんの詩には作者の存在があまり感じられず、よけいな自我が挟まれないのだ。収録の最果タヒさんのコラム「最大級に透明な詩人」という形容にも通じる。
後半には、谷川さんの多彩な仕事を紹介するページが続く。1952年から2023年、20代から90代までの主な作品を年代ごとにまとめた「谷川俊太郎作品選集」は、美しい表紙と内容紹介を眺めているだけでも楽しい。デザイン性の高い紙面構成で知られる雑誌Penらしい、谷川ワールドを一望できる贅沢なつくりになっている。2023年7月の谷川さん特集号を再編した経緯から、その後の作品が含まれていないのだけが残念だ。
詩や翻訳ほどには知られていないものの、複数の写真集の著作もある詩人の作品をじっくり鑑賞できるのも、本書の魅力となっている。鏡越しにとらえた若き日のセルフポートレートや静謐さを湛えた母・多喜子の肖像、親しい人々の和やかな瞬間を切り取ったスナップ、自宅の庭に遊びに来た犬の表情、それらいずれもが非凡な才能を感じさせる。
さらに特筆すべきなのが、ひらがな詩の豊かさであろう。〈わたしたちは/いつか/いなくなる/のはらでつんだはなを/うしろでにかくし/おとうさんにはきこえない/ふえのねにさそわれて/わたしたちは/いつのまにか/いなくなる〉(「いなくなる」より)。表音文字であるひらがなで書くことで昔に遡れる感じがあると、谷川さんは本書のインタビューで語っている。日本語の基本にある〝質感〟のようなものが表現できるのだ、と。
谷川さんの詩に接するとき、私たちはいつも生まれたての言葉にふれたような感動をおぼえる。三番目の妻・佐野洋子さんを母にもつ絵本作家の広瀬弦さんが、「誰の人生にもぴったりと重なることができるのが、谷川さんの詩の凄さ」と語るように、あまりにも自然に読者の心に流れ込み、沁みわたり、突き刺さるのだ。いったいなぜこのような作品が生み出せるのだろう? そんな素朴な疑問も胸の奥に湧き上がってくる。このかけがえのない宝を誰かに伝えたいという思いが本書のような企画の原動力となり、まだ見ぬ読者へとリレーを繋いでゆくのだろう。

CEメディアハウス 1980円(税込)
谷川俊太郎[たにかわ・しゅんたろう] 1931年、東京生まれ。詩人。1952年、詩集『ニ十億光年の孤独』刊行以来、多くの作品を発表している。また、童話・絵本・翻訳などの分野でも、幅広く活躍。詩集に『六十二のソネット』『旅』『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』『はだか』『私』『ベージュ』『虚空へ』『どこからか言葉が』など。2024年逝去。

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『ことばあそびうた』(谷川俊太郎 詩・瀬川康男 絵、福音館書店、1973年)
まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。

