第2回 宇宙と音楽と人体をつなぐ1/f ゆらぎ——沖野成紀
さて連載第1回の最後で、現代物理学は、数で表現される秩序のあり方に音楽と宇宙の間で共通点があることを見出したと書きました。そして、それが1/f ゆらぎであり、生物に心地よさを与えるとも言われていると書きました。今回は1/f ゆらぎについて紹介しましょう。
※連載 第1回/音楽は宇宙とつながっている⁉ https://web-bosei.jp/?p=8279
自然界における1/f ゆらぎ
まずは、自然界における1/f ゆらぎを見てみましょう。そもそも科学的な意味での「ゆらぎ」とは、広い視野で見ればある一定の平均値の付近で変動する現象です。自然界には、いろいろなところにいろいろな種類のゆらぎが観察されますが、そのうち「1/f α」(f のアルファ乗に反比例)という式に当てはまるものがたくさんあります。
この式で、f は周波数(frequency)を指します。ゆらぎは大小様々な周波数の成分波に分解できますが、各成分波の含まれる強さがその周波数のα乗に反比例するという意味になります。3つの典型的な例として、αが0、1、2の場合をグラフにしてみましょう。

αが0→1→2と変化するにつれて(αは小数値もとりえます)、高周波成分がどんどん弱くなっていくのが分かりますね。こういうグラフを(パワー)スペクトルというのですが、実際のゆらぎの波形がどのようになるか、その一例も見ておきましょう。

違いは一目瞭然ですね。自然界に見られる1/f α型ゆらぎのαは、殆どが0から2の範囲内に収まるのですが、特にその範囲の中間値1近辺のものが、「1/f ゆらぎ」と呼ばれています。
1/f 0 ゆらぎが完全にランダムで目まぐるしい変化であり、次どうなるか分からないという意味で「意外性」をもつのに対し、1/f 2 ゆらぎは、酔っ払いの歩みのように方向は定まらないけど動きは一歩ずつであり、次どの辺りにいるかはだいたい分かるという意味で「期待性」を有しています。そして、それら両極端の中間に位置するのが1/f ゆらぎで、私たちの感覚に対しては、期待性と意外性が混じり合った適度な刺激になるとも言われています。
1/f ゆらぎが初めて発見されたのは、今から100年前の1925年、電子回路の低周波雑音においてでした。かつてのテレビでよく見聞きできた「砂嵐」は、電子回路において自由電子の熱運動による雑音(熱雑音)が増幅されたものです。これはホワイト・ノイズとして有名な例ですが、まさに1/f 0 ゆらぎに他なりません。
ところが、ここにわずかな直流電流を流すと、熱雑音の1/f 0 スペクトルに1/f スペクトルが重なってきます。しかもその現象は、発見時は真空管の回路でしたが、その後、半導体でも金属皮膜でも、さらに炭素棒でも電解質溶液でも、要は素材が何であろうと必ず現れることが確認されたのです。
さらに興味深いことに、電子回路以外にも次々と、自然界の様々なレベルの変動において1/f ゆらぎが見出されてきました。例えば、水晶発信子の周波数変動や神経軸索の膜電位といったミクロなレベルから、脳波のα波の周波数変動、心拍周期、海面上80mほどで測定した風速、年輪の間隔(年単位の気温変動に相当)、何千年におよぶナイル川の水量変化、地球の自転軸の歳差運動、地球磁気圏外で測定した宇宙線強度の時間的変動といったマクロなレベルに至るまで、多くの例が報告されてきました。
このように、生命体や人体まで含む様々な自然現象に見つかった1/f ゆらぎとは、まさにムシカ・ムンダーナとフマーナ共通の「数秩序に裏打ちされたハーモニー」ではないか!と、このことを知った筆者は色めき立ったことを覚えています。
音楽における1/f ゆらぎ
さて、そうなると、自然現象ではないものの、ムシカ・インストルメンタリスはどうなのかと思ってしまいますよね。実際そう思ったからというわけではないでしょうが、音楽に対してゆらぎ解析をした人たちがいます。そして、そこにも1/f を見出したのです。
それは、最初の1/f ゆらぎ発見からちょうど半世紀経った1975年のことです。あの科学雑誌『ネイチャー』に、R. F. ヴォスとJ. クラークによる「音楽とスピーチにおける『1/f 雑音』」と題する論文が掲載されました。
専門ラジオ局からの連続信号を解析した結果、信号のうち音の強弱変動と音高変動において、特にクラシック音楽専門局では「1/f のような」スペクトルを、そしてロック専門局やジャズ・ブルース専門局、ニュース・トーク専門局では1/fから多かれ少なかれ外れたスペクトルを、それぞれ見出したというのです。さらに、1/f 雑音から作ったメロディは、1/f 0 や1/f 2 雑音からのメロディより快いと判断されたことも報告しています。結論として、「1/f 音楽」の有効性を説きました。
ここで「1/f ゆらぎ」とは言っていないことに注意しましょう。音楽に自然現象としての1/f ゆらぎが現れるとしたら、例えば演奏時の拍のゆらぎにおいてと考えられます。でも彼らが「1/f のような」スペクトルを見出したのは、作曲家や演奏家が意図的にコントロールする強弱変動や音高変動(単旋律ならメロディ・ラインそのもの)のうちであり、そのような特性をもつ音楽を「1/f 音楽」と呼んだのです。
なぜ、自然現象ではなく、音楽家がコントロールする音高や強弱の変動においても、特にクラシック音楽は1/f を示すのでしょうか。音楽家が音高や強弱を人が最も快いと感じるような仕方で変動させようとした時、ある意味「自然な」1/f スペクトルに近づくことが考えられます。実際、先の図に挙げた1/f α ゆらぎ3典型の波形例から筆者の作ったメロディ(もどき)を見てください。

「もどき」というのは、これらはゆらぎ波形をそのまま音高に置き換えただけなので、演奏してもらえば直ぐ分かるように、普通の音楽らしからぬ、どちらかといえば不快なメロディになっているからです。でも、音の上下行パターンからいうと、1/f メロディが最もありそうなパターンですよね。もちろん、音楽の表現内容や部分によっては1/f 0 や1/f 2 に近づく場合もありますが、平均するとクラシックは1/f に近づいていくようです。
1/f 音楽の人間に対する影響
さて、3つのムシカに共通点があるとしても、それらは相互にどのような関係にあるのでしょうか。ここでは、特に1/f 音楽の人間に対する影響を取り上げましょう。
既にヴォスらの研究において「1/f 音楽」の快さが説かれていましたが、それ以降20世紀の間、音楽のゆらぎ解析が続々試みられ、1/f 音楽と快さや癒しの関係、音楽療法などへの応用も議論されてきました。特に日本においては、1980年に出版されたブルーバックスの一冊、武者利光著『ゆらぎの世界』が研究者だけでなく一般の方たちにも読まれ、ゆらぎブームとなっていきました。
その結果、1990年代前半、レコード店の「ヒーリング」コーナーには、「1/f ゆらぎ」と銘打ったCDがあふれていた記憶があります。音楽だけではありません。当時の電気製品には「1/f 」と称するボタンが付いていて、これを押すと、出てくる風がゆらいだりしました。
しかし、ブームとは往々にして専門家や研究者を遠ざけることになります。鋭い批判を投げかける専門家もいました。そして、ブームは去って、1/f ボタンは自然風モードに名前を変えました。その頃、筆者はゆらぎの研究をスタートさせたのです。1/f とは一体何だったのか。確かにそれは、魔法の杖などではありませんでした。でも、ブームで片付けるにはあまりに惜しい可能性がちりばめられているように思えたのです。
確かに筆者の共同研究でも、効果のある音楽を解析すると1/f が多く、実際それらを用いて実験すると一定の効果があったという結果は出ています。しかし、だからといって、それらの音楽の1/f 性そのものが効いていることの証明にはなりません。
そこで、1/f α そのものである、あのメロディ(もどき)を聞いてもらって、心理テストや心電図によってその効果を測るという実験も、何回かやってみました。結果は微妙でした。やはり、いくら1/f パターンで音高変動していても、ハ長調やニ短調といった調性音楽でないと、それに慣れた私たちの耳には快く響かないようです。それでも、1/f 0 や1/f 2 よりは1/f の方が、まだ効果がありましたが。
このように、音楽には実に様々な要素からなっていて、癒し効果の要因も一つではなく、いろいろな要因が絡まっているものと考えられます。そして、そのような要因の一つとして1/f がある、と考えるのが妥当なようです。音楽聴取による癒しプロセス全体を見据えつつ、それを構成する様々な要因の中で、1/f がどのような働きを担っているのか。これに答えるためにはさらに研究を進めねばなりません。
さて、今までムシカ・フマーナとインストルメンタリスの影響関係の一例として1/f ゆらぎを見てきましたが、そればかりにこだわらない方がいいでしょう。20世紀以降、人間(時には他の動植物も含む)の心身に音楽が与える効果や影響について、心理学や生理学、医学的なアプローチなども本格的に始まりました。例えば、音楽療法です。次号では、近藤真由先生にこの音楽療法について解説していただきましょう。

おきの・しげき 1960年兵庫県生まれ。東京大学基礎科学科卒業、同大学院人文科学研究科博士課程満退。1996年、東海大学教養学部芸術学科に赴任。専門は哲学的音楽美学から実験音楽美学へとシフト。論文はインターネット上で閲覧可。著書に『古楽の音律』(共訳。春秋社)、『人はなぜ音楽を聴くのか』(共訳。東海大学出版会)など。
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