【連載】ARTの雑談◎南伸坊——第7回/高松次郎

エイムズの家具

 高松次郎さんに直接お会いしたことはないので、その人柄が、ほんとはどんなだったかは知らないんですが、だって、あの赤瀬川原平とあの中西夏之と三人でハイレッドセンターなんていう人を喰ったグループを組んでたんだから、三人はやっぱり共通して「冗談好き」だったに違いない。というのが私の考えで、今でもそのように得心しています。
「影」の作品や「遠近法」がテーマの作品も、だから真面目一方の、現代芸術なんかじゃ絶対ないよ、と思ってるんですよ。
 高松次郎の作品のホンモノに初めて出会ったのは、きっと銀座の現代芸術の画廊だったと思うけど、いつも画廊回りをしていた、高校生や浪人生だったころは、一度に何軒も見て回ってるから、全体ゴッチャになっていて、いつどこで、どの作品と出会ってたのかウヤムヤです。
 ただ、美学校の落第生だった1971年に都美術館の「現代美術展」で見た
「題名」
って(実はいま初めて題名を知った)作品はくっきり覚えてます。
 一斗缶っていうのか、よく灯油なんかの入った四角い缶、おそらく業務用のペンキなんかが、この缶で売ってたんだと思うけど、まっ赤なペンキが入ってるのが、フタあけたら溢れちゃいました。みたいな「状態」。

 昔、イタズラ玩具で、インクの壜が横倒しになってるところに、樹脂で作ったニセモノのインク溜まりを添えて、大事な書類なんかの上に置いて驚かせるってのがあったけど、いわばアレの盛大なペンキ版だ。ととっさに思った。
 私は、すごく嬉しくなって、
「やるなァ! 高松次郎」
 さすが、ゲンペーさんの友達だ。と思った。
 それでこのイタズラの題名が「題名」だなんていうのは、読みもしないでその状態だけをクッキリ記憶したというわけです。
 いまネットで作品写真をよく見ると、ペンキのこぼれたヤツは、ニセモノじゃなくて、ほんとのペンキだしまだ生乾きみたいにも見える。
 作品写真はネット上に何枚かあがってて、鉄板の上にペンキがこぼれてるのと、床に直接こぼれてるのと両方ある。私が見たのは床に直だった気がする。
 都美術館はまァ、後始末のことがあるから、きっと、「直はコマります」というだろうから、妥協して鉄板込みで作品にしたのかもしれないけど、私が好みなのは、イタズラ玩具のインク壜みたいなほうなので、あの時よろこんだ方向は、作者にとっては苦笑いかもですが、私は今でも「高松次郎はイタズラっ子だ」というアングルで、理解してます。

「空間から環境へ」展、ていうデザイナーと画家や彫刻家のあつまった展覧会で、
「遠近法の椅子」
だったか「遠近法のテーブル」ってのを見た時も、そのていねいな冗談を私はとてもよろこびましたが、いま、その解説や作品評価をみると、たいがいひどく生真面目なことになっています。
 高校生が見るなり笑ったのは、そのバカバカしいようなカタチ自体にでしたが、そこに実は作者との共鳴があったともいえるんですよ。
 私がその時、想起していたのは「エイムズの部屋」でした。
 エイムズの部屋というのは、アメリカ人のアデルバート・エイムズ・ジュニアっていう科学者で眼科医で実は画家でもあった、というヘンな人が作った装置で、のぞき穴から見ると、部屋の中を人や動物が横に移動するたびに、いきなり大きくなったり縮んだりする。
 この部屋、実は歪んでつくられているんですが、片目で定位置から(つまりのぞき穴から)見ると、まともな部屋に見えてしまう。
 部屋がまともに見えるから、人が大きくなったり縮んだりするので、まァ面白いんですが、この一つだけうがたれたのぞき穴からみる光景こそが、伝統的な遠近法絵画の画家の視点そのものなんでした。
 しかし、そんなことが分かったからって、別におもしろくないでしょう。ところがそう思っている人だって、実はおもしろがってはいるんです。
 自分の脳ミソのしくみを、自分の脳ミソが考えはじめてしまっているからです。
「遠近法の椅子」とか「遠近法のテーブル」とかが奇妙な、おもしろみを感じさせるのは、そういうキッカケを与えるように「工夫」がされているからです。
 遠近法というもの、脳ミソのしくみというものが、なんだかぼんやりわかる、わかるからこそ、奇妙な気分がしたりおもしろかったりするわけでした。
 おもしろい
というのは、脳ミソがすでに分かっていることを、違うスジミチで分かり直したときのよろこびです。
 そう感じた時に、じんわり快感汁が出ている。と私は思います。
 遠近法を問題にする、というのは60~70年代の世界の美術界の流行りだったらしいです。
 私はジャクソン・ポロックのペンキを垂らした絵を、たいしておもしろいとも思わないんですが、その絵を評価したグリーンバーグという批評家が、誉めそやしてその理屈を真面目に捻り出した。
 500年近く、絵は遠近法でカッチリ描くのが正統、とされてきたのを、まず印象派がくずした。遠近法に根っから馴染めないセザンヌの絵を見てピカソがキュビスムを発明した。
 そこから次々に発明競争がおこって、ついにポロックが、やぶれかぶれでペンキをぶちまけた。
 それをグリーンバーグが誉めそやしたという流れです。
 別にいい。いろいろやってもらったほうが退屈しない。と私は思いますが、そうかといって二次元平面に、三次元の様子をあたかもしれないようにイリュージョンを描くのは「もう古いからやめなさい」と、グリーンバーグが言うっていうのはどうなんでしょう?
 どういう事情があったのか知りませんが、このグリーンバーグの「いいつけ」を、みんながけっこうよく守ったらしいんです。
 ジャスパー・ジョーンズだって、標的だの旗だの数字だのって、平面的なものしか描いてませんし、アンディ・ウォーホルだって、漫画だの新聞紙だのお札だの、缶詰のラベルだの、写真だのって平らなものしか描いてない。
 まァ、「平面には平面的なものを描く、平面なんだから」っていうのはたしかに「新しい」理屈ですが、別に平面に三次元のイリュージョンを描いたっていいじゃないですか、とか反抗期の中坊みたいに私は思います。
 ところが、そこでまるで「エイムズの部屋」の家具みたいな作品を作ったりっていう冗談で答えるという高松次郎は大人です。私は、高松次郎もまた、エイムズみたいな冗談好きの大人な画家だった、エイムズに先をこされた、と思っている画家だった。と考えています。

「影」っていうのは、言うまでもなく、二次元の平面にペタリと貼りついている状態です。
 グリーンバーグの「いいつけ」をちゃんと守った上で、返す刀で、三次元のイリュージョンをくっきり描いているというのが高松の「影」なんです。
 初期の「影」はジャスパー・ジョーンズの標的みたいに、立体と平面を混在させている。しかしそれも「冗談好き」だから、本物のフックをキャンバスにうちつけて、ブラシの影をその実体のフックに引っかけたりしています。
 そのうち、光源を複数にすることで、影に「空間」のイリュージョンを作り出した。油絵500年のテクニックを最大限に利用して、二次元平面に三次元の影を描き上げたわけです。
 高松次郎の「影」は、アートのグローバルスタンダードへの、冗談好きな画家の解答だったと、私は考えたいんですが、どうですかね。

 高松次郎さんは、上のような観念芸術の冗談もやってます。この絵っていうか、字っていうか、
 この七つの文字
というしかないこの絵っていうのも、なんだか、とぼけてるなと私は思います。

南伸坊

みなみ・しんぼう 1947年東京生まれ。イラストレーター、エッセイスト。本の装丁も多く手掛ける。単著、共著、多数。近著に『仙人の桃』(中央公論新社)、『私のイラストレーション史――1960-1980』(ちくま文庫)、『老後は上機嫌』 (池田清彦氏との共著、ちくま新書)など。 

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