お札と缶詰②

赤瀬川原平に「宇宙の缶詰」という作品があります。これの現物がどこにあるのか、あるいはないのかもしれません。
その作品写真を見せたところで、一体どこが宇宙の缶詰なのか分からないでしょう。
なぜかといって、それは単にラベルを剝ぎ取った「何かの缶詰」か「単なる缶」にしか見えないからです。
缶詰にはラベルが貼ってある(近頃は缶に直接印刷されているものがほとんどですが、昔の缶詰はたいがい紙のラベルが巻かれていたものです)
そもそもラベルのない缶詰は、「缶詰」とは言えない。「単なる缶」か「何らかの内容物の入った缶」というしかないシロモノというわけです。
「宇宙の缶詰」のオリジナルは1964年に帝国ホテルで行なわれたイベント「シェルタープラン」の会場で販売されました。が、それがどういう人に買われたのか、中味を見た人がいるのかどうか? わかっていません。
何が入っているか明らかでない缶を、普通はなかなか買えないものです。いくつか用意されたその得体の知れぬ「ハイレッドセンターの缶詰」には中味を表わす暗号のような印がつけられていたらしいんですが、それを照合するためのメモが失われて、誰が買って、どこで放置されているのかも誰にもわからないということになってしまいました。
缶詰のほとんどは買い手がついて、当然のように買った人は缶詰を開けて中味を見たいから開けてみたことでしょう。
その一つは、ずっしり重く、開けてみると一円玉がギッシリつまっている。缶いっぱいの一円玉に見えますが、その一円玉が削られて半分になったもの、ほとんど爪の切りくずのようになったものと、単なるアルミ粉がつまっていたそうです。
実は一円玉は見た目ほど多くなく工場でもらい受けた、アルミの削りカスの中に、一円玉と削りかけの一円玉が入れられていた模様です。
缶詰はイベントの招待客のほとんどが買ってくれたということですが、その後日談となると、もう一例が紹介されているきりです。
その買い手が、あのボクシングペインティングで知られる篠原有司男(ギューちゃん)氏です。同時期に会場の近所の画廊で個展をしていたギューちゃん「やっぱ缶詰一個くらいは買うしかないかあ」と購入して画廊に戻った。
「缶切りある?」と聞いてみるけど、そんなモノは画廊には置いてない。じゃあ、というので、トンカチと五寸釘で、フタの縁に穴をあけながら、周囲をグルリと、根気よく切り取っていくことにします。汗みずくの一心不乱です。
缶はもうデコボコ。半分くらい開けたところで、待ちきれず力まかせにメリメリと、缶のフタをこじあけると、中から
缶切りがでてきたそうです
ピエロ・マンゾーニ(1933~1963)というイタリアの前衛芸術家がいますが、彼は自分の大便を30g缶詰にして「芸術家の糞」という作品を作りました。
缶詰ですから当然ラベルが貼ってあります。マンゾーニは、その30gずつの缶を90缶つくって、その価格を金30gの時価相場で売ったそうです。
売れ行きはどうだったのか、いまその缶が、世界じゅうのどのあたりに分布しているのか、知りたい人はインターネットで調べてみましょう。
私は、少なくとも「芸術家の糞」のラベルのデザインに、あまり感心しませんでした。
赤瀬川原平は
宇宙の缶詰の作り方
を、惜しげもなく明かしています。
○カニの缶詰を買ってくる。(かなり高価)
○缶詰の中味を食べる。(もったいないから)
○缶詰のレッテルを注意深く剝がす。
○剝がしたレッテルを缶の内側に貼る。
○フタをハンダ付けして密閉する。
これで宇宙の缶詰が出来たというんですが、なんのことやら??? という人もあるでしょう。
見た目は単なる缶です。しかし、内側には、カニの絵のラベルが貼ってあって、そのラベルの内側、すなわち、我々がいて家や街や陸地や空や雲や月や土星や星雲とかのある側は、つまり
紅ずわいがにである
とされている。そうしてそうであるならば空っぽの缶の中こそが「宇宙」ということになるではないかという理屈なのでした。
私は赤瀬川原平先生とは10歳違いのおじいさんですから、カニ缶が、高価でなかなかお目にかかったり、自ら購入するようなモノと違う。という気持ちはよくわかる。
そうしてこの缶詰の表裏を裏返すという逆転の発想というもののおもしろさもわかるけれども、
実にバカバカしい発想だ
という感想もまた持ちます。
我々はラベルやレッテルが必ずしも内実を表わしていないと知っているし、ラベルやレッテルを貼ったり剝がしたり、ラベルやレッテルを信じたり、疑ったりもしているのでした。
マンゾーニの缶の中に入っているのは、ただの石膏の塊だという人もあるそうです。ほんとうにマンゾーニの大便かどうか? 調べるために缶を開けて「作品」を「台なし」にしようと思う人はなかなかいないでしょう。本当なら臭いし。
しかも、それが事実マンゾーニの大便だ。とわかったとしても、それがどうした? ということになりかねません。
そうなると、かえすがえすも、「芸術家の糞」のレッテルの出来が、それほどよくないというのは決定的ではないでしょうか。
ラベルのデザインがいい。という意味では、ウォーホルの「キャンベルスープ」は、すばらしい。と私は思います。このデザインは、過不足なくしかも強く美しい。
「なぜキャンベルのスープ缶なんですか?」
という質問は何度もくり返されたと思います。その都度、ウォーホルは「いつもこのスープを飲んでいたから」とか「このスープが好きだったんだ」とかいっていますが、なんでほかにもあるスープ缶ではなく、このキャンベルを選んだのかといったら、ホンネは、このデザインが好きだったということだと、私は思います。
ウォーホルが選んだモンローの写真、ウォーホルが選んだ「Brillo」の箱、「コカ・コーラ」、「ダンス・ダイアグラム」、投稿写真の「花」「牛」「HEINZ」の箱、すべてデザインがいい。
つまり、ウォーホルは「選択眼」が優れていた。本人はそんなの関係ないというかもしれませんが、これはマルセル・デュシャンのレディ・メイドにも、そのままいえることです。デュシャンの「自転車の車輪」にしても「瓶乾燥器」「泉」「旅行者用折りたたみ品」「なりたての未亡人」すべてデザインのセンスがいい。このセンスが悪かったら、デュシャンの作品は残らなかったでしょう。
つまりウォーホルはデュシャンの直系だった。
ネオ・ダダのジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグよりさらにウォーホルこそが直系だったのだと私は思います。
そして、同じように、いたずら好きでばかばかしいくらいの屁理屈好きという意味で、我が赤瀬川原平もまたデュシャンの直系なのであって、ウォーホルと赤瀬川原平は、双子のデュシャン・チルドレンであると私は思っています。
二人ともお札の絵を描いたとか、二人とも缶詰に縁があったとかというよりも、デュシャンの直系だったということがつまり二人の共通点なんでした。
同じお札を描くのでも一人はプロジェクターでトレース、一人は方眼で手描き模写、一人は30年間毎日食べた缶詰、一人は数えるほどしか食べたことない缶詰だったとしても。
二人は双子のように似ています。


みなみ・しんぼう 1947年東京生まれ。イラストレーター、エッセイスト。本の装丁も多く手掛ける。単著、共著、多数。近著に『仙人の桃』(中央公論新社)、『私のイラストレーション史 ――1960-1980』(ちくま文庫)、『老後は上機嫌』 (池田清彦氏との共著、ちくま新書)など。

