【連載】ARTの雑談◎南伸坊——第6回/アラン・ダーカンジェロ

 アラン・ダーカンジェロは、最近あんまり人気がないみたいだ。っていうよりほとんど名前も忘れられてる画家になってしまった。
 私は、銀座の現代美術の画廊で個展をやったのを、芸大浪人のころに見て、かなり好きな画家だったんだけど、あんまり今まで
 ダーカンジェロ
の話でもりあがったことがない。
 パソコンで検索すると、徳島県立近代美術館の「作家情報」ってのが出てくるくらいで、画像にいたっては何でこんな間の抜けた絵が? と思うような(ダーカンジェロの版画なんだけどね)のが出てくる。コレだよコレってカットがやっと出てきたと思ったら、それは以前イラストレーターの伊野孝行さんと対談した時に私が引用した図版なのだった。

 よく知られていた画家が忘れられるなんて、別にめずらしいことじゃありません。ボッティチェッリも、ラ・トゥールも、フェルメールだって、ずいぶん長いこと忘れられてたって話だし、伊藤若冲だって曾我蕭白だってすっかり忘れられていたんです。
 ダーカンジェロは1930年生まれ、1998年に亡くなってます。こんなこといってる私も、ダーカンジェロが亡くなったの知らずにいました。
 1930年といったら昭和5年で、ジャスパー・ジョーンズやスティーブ・マックイーン、ショーン・コネリーや野坂昭如と同い年だ。ジャスパーはまだ生きてる(95)けどみんな死んじゃった。だから、ダーカンジェロが死んでても、そんなに不思議じゃない。
 なんていう画廊だったか忘れちゃったんだけど、1967年だかに東京で個展をやっていて、それが「U.S. Highway 1」っていうシリーズでした。こんなのだ。

 街灯もなんにもない、暗い森の中を一本のハイウェイが、ずっと先まで伸びている。山頭火なら、ずい分さびしがりそうだ。
 キャンバスの大きさも、使ってるアクリル絵の具の色も全部一緒で、ちょっとずつだけ違っている。U.S.1の標識が、小さくなったり、ガソリンスタンドの看板が向こうに見えてきたり、するくらいで、ほとんど同じ風景がボソッとズラッと十数枚並んでるだけの展覧会が、私はすっかり気に入ってしまった。
 まるで、アメリカのハイウェイを、ドライブしているみたいな、少しずつ変わる景色を、ずっと見つづけているような感じがとても面白かった。
 まるで止まってるよう(って止まってんだけど)だけど、猛スピードで車は走ってるんですよ。景色はそっけなくカンタンなんだけど、時々、ガソリンスタンドの看板が見えたり、それがどんどん大きくなったり、ヒュッっと見えなくなったりする。いいねえ。と思った。

 ちなみに徳島県立近代美術館の「作家情報」は、ダーカンジェロの絵について、次のように解説してます。
「ハイウエイを平面に鋭く分割して交通表識や事件の痕跡を投射することで、技術文明がつくり出した記号化、管理化された社会の虚無感を表現する」
 文面からすると、この「U.S.1」シリーズの解説ではなく、私が全然評価してない、半分抽象画みたいな、デザイン学生がやる「平面構成」みたいな版画、私が冒頭で間の抜けたとか、失礼なことを言った版画の解説なんじゃないか? と思います。
 図版がついてないんで、どんな絵なのかわからない。どうして絵の話してんのにその絵をのせないんだろう? と私はいつも不思議です。
 でもこの「管理化された」とか「社会の虚無感」とかって、もっともらしい説明はベンリだからか、実際、前述した私の引用した図版の説明にも、このくだりが引用されてました。
 私はそういうことじゃなく、風景の絵を、止まってるのに猛スピードで走ってるような風景の絵を面白いなと思って気に入ったのです。
 ところで、解説文を読むのが好きな人は、それが面白いんだろうから止めませんが、結果的に絵の前に立ちはだかることになるんで、こういう趣味の人のために、解説文コーナーというものを、展覧会では設置してはどうか? と私は思いますね。
 解説文は大きく読みやすいように、パネル展示してあって、丁度、現在解説文があるあたりに、絵の写真がある。ここで一度勉強したのちに、現物の絵のある方に行って、ここでは絵だけを見る。このようにすると、現在の展覧会の渋滞はだいぶ軽減できるんじゃないでしょうか。
 ダーカンジェロ
の絵は明治の夜景を描いた井上安治の「光線画」に近い魅力がある、と私は思います。
 同じ風景版画でも、もっと人気のある川瀬巴水みたいな、いかにもいい景色じゃない、ちょっとソッケナイみたいなところが、なんかいい。

 この、エッソの看板があって、空も道路も同じ色になっちゃってる絵は、はじめに出てた絵よりは、ちょっと後のシリーズでしょうか、制作年がはっきりしない。
 きっとやってるうちにダーカンジェロ、迷ったんだと思う。「このまま同じじゃ飽きられる」。
 このあと、いくらもしない頃から、絵のカンジが、どんどん違っていっちゃうんです。
 風景画じゃなくなる。この道路の向こうの方に、マリリン・モンローみたいな、巨大女が出てきてり、標識とセンターラインで「平面構成」しちゃったり、どんどん! つまんなくなります。
 70年代に入って、また少し以前のカンジにもどるのは、きっと「昔描いてたみたいなの描いてよ」とか、リクエストがあったんじゃないか、と思いますが、これです。

 う~ん、「平面構成」よりはずっといい。
 80年代には高架のハイウェイを下から描いたり、飛行機の窓からの景色描いたり、車内からの絵にもどってバックミラーにマスコットをぶら下げたり、と工夫してるんですが、はじめのころのそっけないくらいな絵のほうがずっといい。
 不人気の原因は、私が思うに原点に戻るのが遅かった。そこが失敗だったんじゃ? と思いますね。
 80年代に、日本の永井博は、このダーカンジェロが掘って、すぐ埋めてしまった場所から、新しい魅力を掘り出した。
 永井博さんは私と同年代です。きっと、あのころのダーカンジェロを見てただろうなと思って、お会いした時に訊いてみると「そう、ダーカンジェロよかったよねえ」とのことでした。
 はじめてダーカンジェロでもりあがった。
 ダーカンジェロは、あの調子で、昼間の景色を描いてみようと、どうして思わなかったんだろう。
 まあ永井さんがやってくれたからそれでいいんですけどね。永井さんの絵はカラッと晴れた、気持ちのいい景色です。永井さんの絵は若い人に今とっても人気があるみたいです。

南伸坊

みなみ・しんぼう 1947年東京生まれ。イラストレーター、エッセイスト。本の装丁も多く手掛ける。単著、共著、多数。近著に『仙人の桃』(中央公論新社)、『私のイラストレーション史――1960-1980』(ちくま文庫)、『老後は上機嫌』 (池田清彦氏との共著、ちくま新書)など。 

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