【連載】今日もサメ日和◎沼口麻子——第6回/上越の年末年始に欠かせないもの

第6回 上越の年末年始に欠かせないもの 

 12月も半ばを過ぎた。街中にクリスマスソングが溢れている頃だろうか。私にとっての12月といえば、あることが待ち遠しい季節でもある。それは年に一度のサメ競りだ。 

「サメがなければ年を越せないんです」 

 そう言い放ったのは、サメ食文化研究家の井部真理さんだ。初めての出会いは、東京で開催されたサメイベントであったと記憶している。お互いサメが好きという共通項があったため、すぐに意気投合した。 

 聞くところによれば、彼女は新潟県上越市に拠点を構え、郷土料理やサメ食の歴史について研究しているという。なんでも、上越市では年越しにお雑煮、お平(煮付け)などでサメを食べる文化があり、年末年始においては、スーパーの鮮魚コーナーの一画がサメ一色になるというのだ。 

 サメの水揚げ量が日本一なのは宮城県気仙沼市である。私は気仙沼へはよく訪れるが、そこであっても鮮魚コーナーがサメ一色になったところなんぞは見たことがなかった。これは現地に行って確かめなくてはならない。 

 私は早速、年末の上越市にある大手スーパー「ナルス 南高田店」を訪れた。自動ドアを入り、奥の鮮魚コーナーへ向かうと、ピンク味をおびた切り身のパックが所狭しと陳列されていた。パッケージを見てみると「モウカザメ」の文字。モウカザメというのは地方名で、標準和名ネズミザメという種のことである。鮮魚コーナーの一画がサメ一色というのは本当だったのだ。 

 販売されていたのは切り身や皮、サメとしては珍しい刺身用ハラミもあった。それらは補充作業が間に合わないほど飛ぶように売れていた。そして驚いたことに、陳列棚の真ん中に置かれていたのは、大きなモウカザメのお頭だった。東海大学海洋科学博物館で「出禁」になった思い出のサメの頭との予期せぬ再会となり、苦笑したのも束の間、私の目の前でそれも売れていったのだ。 

 10kgはありそうなサメの頭を購入してどうするのだろう? そんな疑問が頭をよぎり、思わずその男性に話しかけた。「サメの頭のどこの部位を食べるんですか?」すると男性はこう答えた。「丸ごと全部食べるんだ」 

 詳しく聞いたところ、皮やエラの部分を使って煮凝りを作り、お正月用に近所に配るのだう。サメの歯以外は、本当にまるごと食しているということだった。これも気仙沼にはない食文化である。 

モウカザメはオスが美味しい!?  

 このサメはどこから来るのか。2024年12月27日、私は特別に許可を得て、市場を見学をさせてもらうことになった。ホテルまで井部さんが車で迎えにきてくれた。魚市場に到着したのは早朝3時。凍てつく寒さだ。 

 雪は降っていなかったが、外よりも市場の中が冷んやりしていた。それもそのはず。市場の床は打ちっぱなしのコンクリートであるが、その上に大量の氷が敷き詰められていて、その中に2m前後のモウカザメが18尾ほど埋められていたのだ。競りの時間が近づくと、氷の中からサメを取り出して、大きな包丁でぶつ切りにしてから、氷の上に並べていく。 

 私はこんな光景を気仙沼では見たことがない。サメは水揚げされたら大抵の場合、氷を使わずにパレットの上にそのまま置かれているものであるからだ。井部さんは言う。「上越では年末になると雪の中に食材であるサメを保管する習慣があるんです。だから、本来は 雪でやるものなのですが、近年、雪が少なくなったので氷で代用しています」 

 上越では場所によっては2階くらいまで雪が積もる。そんな時は1階の窓をあけて窓枠に合わせて四角く雪をかき取り、天然の冷蔵庫を作るという。雪の中の温度がサメ肉の適温に近いため、お正月料理に使うサメはここに保管して熟成させていたとか。 

宮城の自宅の庭に雪が60cmほど積もったときに、ここぞとばかりサメを雪に埋めてみた。数日後、気がついたらサメがいなくなっていた。キツネにでも盗られたのだろうか。雪がそこまで降らない地区において、天然のサメ冷蔵庫の再現はなかなか厳しそうだ

 7時に開始されたサメの競りは30分足らずで終了した。バイヤーが購入したサメを車に積んでいく。そんな頃、私はあることに気がついた。サメのクラスパーがぎっしりと入ったトロ箱が目に入ったのだ。クラスパーとはサメの生殖器のことである。つまり、オスのモウカザメにしかないものであるから、今回のサメはほとんどがオスであったということだろうか。井部さんに問うてみた。 

「モウカザメはオスが美味しいと言われていて、上越の人はメスを食べないんですよ」 

 続けて彼女は言う。

「全く食べないというと語弊があるかな。正しくはほとんど食べていないというか。佐渡沖でサメが漁獲された場合は雌雄関係なく水揚げされるので、市場にメスが全く並ばないとは言い切れない。しかしながら近年、ここ上越で競りにかけられている大半のサメは気仙沼から陸送されたものなんです。サメの水揚げ量日本一の街から、上物であるオスだけを注文して仕入れているんですね」

 これは大変興味深いことである。東北で食用になっているサメでアブラツノザメという種があるのだが、秋田では本種の刺身はメスに限るという逆の話を聞いたことがあったからだ。 

 モウカザメのオスが美味しいとされるのはなぜだろうか。考察してみたい。本種(標準和名ネズミザメ)は胎生のサメである。母体依存型・卵食様式の繁殖形態を有する。つまり、出生サイズが他のサメに比べて大きいので、お腹の中で大きく胎仔を育てるためには、母ザメは大量の栄養を子宮内に送り込む必要がある。 

大量に栄養をとった胎仔はこのようにお腹がぷくっと膨らむが、出生間近になるとやがて親のサメと同じフォルムになる

 出生サイズは65cm~80cmほど。一度に4尾前後の子ザメが生まれてくる。気仙沼で本種の妊娠個体が確認されるのは冬が多い。よって、このシーズンの妊娠個体のメスはエネルギーを胎仔にとられてしまっているため、オスの方が美味しいと好まれている可能性はないだろうか。 

 一方でアブラツノザメは胎生(卵黄依存型)である。出生サイズは20~35cmほどであり、母体からではなく、主に卵黄から栄養を摂取して成長すると考えられている。妊娠期間は20~22ヶ月と長期にわたる。カナダのブリティッシュコロンビア州沿岸水域においては、オスは全長95cm(体重3.2 kg)、メスは120cm(体重7.9kg)に達するという研究報告がある。アブラツノザメのメスが好まれている理由は、ただ単に、メスの方の魚体が大きいから歩合が良いということなのかもしれない。 

 さて、話をもとに戻したい。私が気になっていたサメのクラスパーがぎっしりと入ったトロ箱。気仙沼でも取材で訪れた海外の漁港でも、この部位だけは残念ながら使い道がないといって廃棄されている。ここでも廃棄されるのではと思ったが、きちんとトロ箱に入れられていることに違和感を覚えた。そんな私の表情を知ってか知らずか、井部さんは嬉しそうに解説してくれた。 

「おいしいクラスパーの選び方ですけれど、色は白でも赤でも関係ないんです。美味しさは独特な白子のようなとろみなので、クラスパーの付け根あたりをみてジューシーなものを選ぶと良いですね」 

 補足しておくと、上越にはサメのクラスパーを食べるという食文化はない。ただ、食文化も大元をたどっていけば、スタート地点があるはずだ。井部さんのような情熱のある方が美味しい新しい食べ方を見出して、100年後に振り返ってみたら、クラスパーは日本のサメ食文化の歴史に名を刻んでいるかもしれない。現に、井部さんの周りではクラスパーを食べ始める人が増えており、食べたい人のためにクラスパーをトロ箱に入れて取っておいていたということがわかった。なんだかこの話には信憑性が加わってきたようだ。 

 この後、彼女のキッチンスタジオに目利きしたクラスパーを持ち込んで、未来の上越のサメ食文化「クラスパーかんずりソース和え」を一から学んだことは言うまでもない。 

 今日も今日とてサメ日和。よろシャーク。 

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沼口麻子

ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、同大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。在学中は小笠原諸島周辺海域におけるサメ相調査とその寄生虫(Cestoda条虫綱)の出現調査を行う。現在は、世界で唯一の「シャークジャーナリスト」として、世界中のサメを取材し、その魅力をメディアなどで発信している。著書に『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)、『ホホジロザメ』(福音館の科学シリーズ)。

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