【フォトエッセイ】草木を訪ねて三千里◎藤井義晴――第31回/この植物、縁起がいい?悪い?

第31回  この植物、縁起がいい?悪い?

 名前やイメージから、縁起が良い、あるいは悪いといわれたりする植物があります。 
 まずはヒガンバナ(彼岸花)です。お彼岸の頃に咲き、お墓に植えられることもあって、縁起が悪い花として嫌われてきました。しかし、そうした先入観のないヨーロッパ人は、豪華な花として持ち帰り、珍重しました。 
 球根(鱗茎)には、リコリンという神経毒がありますが、水でよく洗えば、30%含まれる澱粉が食用となり、飢饉のとき、多くの日本人を救ったとされます。とくに東北地方では、飢饉のときにはヒガンバナが売られていたといいます。 

 北原白秋は、 

曼珠沙華[まんじゅしゃげ]の花あかあかと咲くところ 

牛と人とが田を鋤きてゐる 

と詠んでいます。ヒガンバナはちょうど稲が実る頃に赤い花が咲きますが、昔はその後で麦を作ったので、田を耕していたのです。

茨城県の水田の畔に咲くヒガンバナ

 ソテツ(蘇鉄)も縁起が悪いといわれることがあります。蘇鉄の「鉄」が「金を失う」と書き、財運が衰える、葉が鋭いので触れると怪我をする、実には毒が含まれていて中毒になる、などといったことから庭に植えるのを避けたと思われます。 
 しかしヒガンバナ同様、ソテツの実には澱粉が含まれ、有毒成分のサイカシンを除去すれば食用になります。沖縄や奄美大島などの南西諸島では、飢饉のときに利用され、現在も奄美大島などでは「蘇鉄味噌」が製造されています。風水では、幸運を引き寄せる植物とされ、魔除けとして、家の玄関やトイレなど、「気」をよくしたい場所に置かれ好まれています。  

ソテツの葉は尖っていて触るとかなり痛い
ソテツの実。この中に赤い種子がある 

 同じく厄除け、魔除けとして好まれているのがナンテン(南天)です。ナンテンは「難を転じる」とされ、古くから縁起の良い植物とされました。冬にできる赤い実は美しく、お正月飾りに使われてきました。 
 しかし、葉には猛毒のシアン化水素が含まれ、アレロパシー活性が強い植物です。実は「南天実」として、鎮咳作用があるので、薬として使われますが、実に含まれる有効成分ドメスチンは、人間の大脳、呼吸中枢、知覚、運動神経に強い麻痺を引き起こすので、注意が必要です。縁起が良いといっても毒を持つのですから、良い悪いは裏腹の関係にあるようです。 

ナンテンの葉。3枚に分かれるので別名は「三枝[サエグサ]」
ナンテンの果実。初冬に熟し、お正月に飾られることがある

 サルスベリ(猿滑、百日紅)も、縁起が悪い植物として庭に植えてはいけないとされます。樹皮がツルツルしていて、木登りが得意な猿でも滑って木から落ちるといわれてきたように、子どもが登って落ちたら危ないという意味で嫌われたようです。また、滑るという音から、受験生がいる家庭では嫌がられるようです。 
 しかし、百日紅(中国語)の名のとおり、赤い花が美しく、長く咲くので、最近では庭木として植えることもあるようです。ただ落葉が激しく、掃除がたいへんとの声もあります。 

サルスベリの樹皮はツルツル
サルスベリの花は7~10月に100日くらい咲くので「百日紅」
サルスベリの木の下には葉や花がぽろぽろ落ちて積もるので、雑草が生えにくいようですが、庭に植えると掃除がたいへん  

 シクラメンも花は美しいのですが、「死」と「苦」を連想させ、病人のお見舞いには持って行ってはいけないとされます。 
 和名は二つあります。大正時代の歌人、九条武子が篝火のように美しいと誉めたことを知った牧野富太郎がつけたカガリビバナ(篝火花)、英語名のsows bread(雌豚のパン)を直訳したブタノマンジュウ(豚の饅頭)。ですが、どちらも広まらず、学名のCyclamenそのままのシクラメンが使われています。 
 豚の饅頭といわれるのは、ヒガンバナ同様、球根(塊茎)に多量の澱粉を含み、有毒成分のサイクラミンを含むものの、豚は我慢して(?)食べるといわれたことに由来します。でも豚は臭覚が優れているので、毒を嗅ぎ分け食べません。ヨーロッパでは古くから食用とされ、ヒガンバナやソテツのように有毒だけれど、困ったときには食べていた大切な食糧でしたが、ジャガイモの登場によって食べられなくなったようですね。 

 シネラリア(Cineraria)も、「死ねらりあ」と読まれ縁起が悪いとされましたが、サイネリアと呼び変えられ、次第にこの呼び方が広がっています。シクラメンも、サイクラメンと呼び変えてはどうでしょうか。アメリカ人はサイクラメンと発音するので、世界的にもこちらのほうが通用しそうです。 

  日本のシクラメンの育種技術は世界のトップレベルです。1975年、布施明が歌った『シクラメンのかほり』(小椋佳作詞・作曲)が大ヒットしたことを受け、埼玉県農林総合研究センターが、本来は香りがなかったシクラメンから、よい香りのする品種を作り出しました。以降、日本では、従来はなかった「芳香シクラメン」が流通するようになりました。 
 下の写真は、福島県の矢祭園芸さんで写したものです。同社の代表取締役の金澤美浩[よしひろ]さんは国内最高峰の育種家で、実に多くの美しい新品種を作り出しています。おめでたいときのプレゼントにも適しています。 

矢祭園芸のシクラメン。独自に育種され栽培されている
私が一番気に入ったシクラメン。奥ゆかしいが芯があるようで、とてもいいですね

 福寿草は、花が旧暦の元日ごろに咲くので、縁起がよい植物とされています。ちなみに2026年の旧正月は2月17日です。古典園芸植物で、多くの品種が作られてきました。しかし福寿草は毒草です。ゴボウのような根は特に毒性が強く、アドニトキシン、シマリンといった「強心配糖体」と呼ばれる成分を含んでおり、誤って食べると心臓が止まり死亡することもあり危険です。 

「福寿海」(つくば植物園で2月上旬に撮影)。福寿草とミチノクフクジュソウをかけ合わせた園芸種 

 縁起が悪いといわれても非常食になったり、薬用成分を含んでいて有用だったりするもの。逆に縁起がいいといわれていても、有毒成分を含んでいて、注意しなければならないもの。いろいろあります。 
 源頼朝、義経の兄にあたる源義平は「鎌倉悪源太」と呼ばれましたが、ここでの悪は悪い人という意味ではなく、強い人、勇敢な人という誉め言葉です。「悪」には「突出した」という意味があり、必ずしも悪い意味ばかりではなかったのです。 
 悪いといわれるものにもいい面があり、いいといわれるものにも悪い面があります。シェイクスピアは、『マクベス』の冒頭で、「きれいは穢い、穢いはきれい」と魔女たちに言わせています。一方的に決めつけず、反対にもなりうることを教えてくれる――さすがシェイクスピアですね。 

藤井義晴
モロッコのワルザザード渓谷で

ふじい・よしはる 1955年兵庫県生まれ。博士(農学)。東京農工大学名誉教授。鯉渕学園農業栄養専門学校教授。2009年、植物のアレロパシー研究で文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。『植物たちの静かな戦い』(化学同人)ほか著書多数。 

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