第20回 絵双六の袋
双六遊びの歴史はとても古く、起源は明確になっていない。日本で双六と呼ばれる遊戯には2種類の遊び方があり、ひとつは盤雙六[ばんすごろく]と呼ばれる。盤雙六は、西洋のバックギャモンと同様に2個のサイコロを用い、対局者2人がそれぞれ15個の持ち駒を駆使して勝敗を競う遊戯である。正倉院には奈良時代の聖武天皇の遺品の双六盤が収められている。
もうひとつは絵双六と呼ばれる遊び方で、正月の伝統的な遊びに数えられる。盤上にスタートの「ふりだし」とゴールの「上がり」のマス目があり、複数人が1個のサイコロを順番に振って出た目の数だけ駒を進めて上がりへの先着を競う。絵双六は江戸時代に普及した遊戯である。
絵双六の原型と考えられるものとして、中世の時代の修行僧たちが親しんでいた仏法双六[ぶっぽうすごろく]がある。これは、修行僧が仏門の言葉である名目[みょうもく]を学ぶために使っていたと伝わっている双六である。ふりだしの南贍部洲[なんせんぶしゅう](人間界)から、上がりの法身[ほっしん](この世に現れた仏の姿)を目指す内容で、同様のものが唐の時代の中国にもあったという。
修行僧が親しんでいた仏法双六から、衆生の庶民たちが極楽浄土への往生を競い合う浄土双六[じょうどすごろく]が生まれた。江戸時代のはじめ頃だと考えられている。
やがて、江戸の社会の印刷と流通の発展により、絵師が描いた下絵を木版で印刷した安価な絵双六が作られるようになった。絵双六で扱われるテーマも、仏法双六や浄土双六などの仏教の教訓を主題にしたものから、世俗のさまざまな題材へと広がった。道中双六や名所双六などの旅を主題にしたもの、歌舞伎役者や武者絵を描いたもの、水滸伝や忠臣蔵といった物語のあらすじを主題にしたもの、町人や女性の処世を主題にした出世双六など、バラエティに富んだ絵双六が作られていった。
今回紹介する絵双六と袋は、明治時代から大正、昭和戦前期にかけてのものである。一部の絵双六は伝統的な木版で刷られているが、多くは近代的な平版印刷を用いて洋紙に刷られている。
東京の名所をめぐるもの、幕末から維新、明治時代までの出来事を題材にしたもの、ラジオ放送と映画のコメディアンの似顔絵を配した双六など、テーマは時代と共に変遷していっているが、盤面のマス目の位置といった絵双六の基本的な構造は、江戸時代から大きく変わっていないことが興味深い。

〔参考文献〕
酒井欣著『日本遊戯史』(第一書房、1983年)
増川宏一著『すごろく 1(ものと人間の文化史 79-1)』(法政大学出版局、1995年)
並木誠士著『江戸の遊戯 貝合せ・かるた・すごろく(大江戸カルチャーブックス)』(青幻舎、2007年)
【上ヶ島さんの絵双六の袋コレクション】
上ヶ島オサムさんのコレクションから明治~昭和戦前期の絵双六を紹介します。ぜひお楽しみください。(画像をクリックすると拡大表示されます)
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武川清吉 明治12年12月15日御届

須原屋画店梓 明治29年発行

古橋新之助 明治29年12月5日発行

青盛堂

明治39年10月28日発行

紙玩社

伊勢土産物販賣聯合

吉田彌七 昭和4年11月15日発行


アサヒ玩具

共同書籍株式會社 昭和16年12月10日発行

かみがしま・おさむ 紙物収集家。1957年北海道生まれ。東海大学工学部卒。著書に『レトロ包装シール・コレクション』(グラフィック社)、『絵はがきのなかの札幌』(北海道新聞社)、『さっぽろ燐寸ラベルグラフィティー』(亜璃西社)などがある。
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