第69回 幸せ運ぶ貯穀害虫
もうかれこれ数年間使い続けている、近所の無農薬貸し農園。我が家の食料増産、そしてそこに襲来する数多の害虫を撮影する目論見で借りている場所だ。基本的に「他人の土地」たる農地は、好き勝手に出入りできないため、そこに住む害虫をじっくり観察しようと思ったならば、いっそ自分専用の農地を確保した方が早い。
それに、農作物の害虫ないしそれを攻撃する益虫の写真画像は、農業関係の書籍やパンフレット等、様々な用途に使われるため資料的価値が高く、したがって多くの種数を持っているほど、後々カネになる。昆虫写真家を自称する身にあっては、なるべく多くの害虫写真ストックを構築せねばならず、その上でこの手の貸し農園を借りるのは極めて都合がよいのだ。
しかし、私が標的として狙っている害虫は、農作物そのものに付くものだけではない。
ここの畑の脇には、ビニールの掘っ建て納屋が併設されている。中には肥料やら、畑に撒いて漉き込むための米ぬかやらが袋詰めされ、それが多数山積みに置かれている。ここの米ぬか袋は管理者によってあまりきちんと管理されておらず、中途半端に袋の端が破かれて中身が出された後、封もされずに放置されている状況だ。
するとそこへ、物凄い数の貯穀害虫が発生し始める。貯穀害虫というのは、いわゆる「家の米びつに湧くようなムシ」の類いで、人間にとっては一番身近な場所に発生する害虫の一つであるため、これらの写真も当然ながら資料的価値は非常に高い。
しかし、昨今の気密性の高い近代的住宅において、この手の害虫はなかなか発生しづらく、見ようと思って見られるものでもない。害虫が発生した家にお邪魔して撮らせてもらうのが早道であるが、そんな知り合いは身近にそうそうおらず、また仮にいたとしても「あんたの家に湧いたムシを撮らせろ」などと請うのは、下手をすればタチの悪い嫌がらせにとられかねない。
自宅の米びつを不適切に管理して、何とか害虫を湧かせるという手もあるが、当然ながら家族の承認を得難い。それだけに、この納屋で貯穀害虫が浴びるほど爆湧きしていてくれるのは、涙が出るほどありがたい。
さらに嬉しいのは、どうやらこの農園は毎年違う所から米ぬかを調達しているらしきこと。それにより、毎年見たことのない新しい害虫が次々と姿を現してくれるので、面白いことこの上ない。今年に至っては、この貸し農園を使い続けて初めて納屋でノコギリヒラタムシの発生を認めるに至った。体長3mm程度の極小種ながら、胸のノコギリ状の突起が勇ましくカッコイイ甲虫である。
今度は一体どんな害虫が現れるのか、ウキウキしてしまう。害虫共は、日没後になると活発に動き始め、米ぬか袋の表面を這い回る。誰もいない深夜、納屋でそんな彼らをニラニラと眺める時間は、私にとってのささやかな幸せの刻。ありがとう害虫共、本稿の原稿料を稼いでくれて。
こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。