講評
◎は佳作(作品掲載あり)、〇は選外佳作、それ以外は作品の投稿順に掲載しています。前回に続き、二篇ご投稿いただいた方は一篇のみの講評となります。
◎「ペトリコホル」三明十種
うたう心が作品から溢れ出てくる。旧仮名遣いは古風さよりも、音と声の遊びを思わせる。「雨があふれでてきた」「泣いていた」「はなれる」という言葉は決して明るいものではないが、この詩の語り手は決して泣いてはいない。だからまた読みたくなる。タイトルを「雨のにおい」ではなく、「ペトリコホル」としたところには遊び心を感じた。
◎「鰓」あらいれいか
書き手が作り上げた不思議な街には、彷徨いこみたくなる魅力がある。七連目、ふわふわとしたイメージが急に重くなって沈み込んでいくような緩急の「急」がある。ひらがな、記号、漢字、外来語が自由自在に飛び交い、水の中を漂うような心地よさがある。重いテーマを扱っているが、語り手の声に絶望を感じなくて良い。
◎「黒い文字に抱擁するような水滴、滲むのはfallingobject.」碧はる
上がり下がりする詩の言葉が、海の波を視覚的に表している。イメージが即興曲のように自由に躍動するが、ひとつひとつのイメージが分散せずに形をなしている。ピアノの白鍵が白波、黒鍵が断崖をなす、箱庭のようなつくりも面白い。自由でいながら、同時に強い緊張感のみなぎる詩でもある。
◎「曙光」井上正行
まさに「シャボン玉」のように繊細な美を隅々まで行き届かせようとする筆者の緊張感が伝わってくる。水彩絵の具の、境界が滲み合う世界観。好きなところはいくつかあるが、七連目の「シネマ」の一文が特に良いと感じた。この語り手の姿だけが唯一、誰からの干渉も受けない(滲まない)はっきりとした輪郭をもっている。
○「月食」夕空しづく
「月」が桃のように美味しそう。月と海、水で満たされた青色の世界が美しく、五感を心地よく刺激される。「月」は「きみ」で、「わたし」は影なのだろうか。月の黒い影の部分を「海」と呼ぶ、ということを思い出した。最終連の展開には息をのんだ。読後にも、作品をたゆたう波がいい余韻となって残る感じがある。
○「渡り廊下」こはく
心からあふれる想いが、唇から声となって奏でられていくような空気感がある。スマートフォンを作動させ光らせる電気は、人にとっては「愛」で、電源コードにさして充電するスマートフォンとは違って、人の「愛」は他所から奪うものではなく、自分のうちから湧き上がるものであるというメッセージを感じる。タイトルの「渡り廊下」は充電のコードであり、「私」が他者とつながるひとときの比喩でもある。
○「川岸の、とある点」白木ニナ
「森」「遺跡」「星の謎」という幻想的な言葉と、「お骨」という民俗的な言葉の融合が不思議な情景を描いている。三連目「葉」と、「墓」の「点」という不思議なイメージが特にこの詩では光っている。音遊びも面白い。今まで投稿作を見てきたが、うたの調子が生まれてより洗練されてきていると感じる。
◯「楽園消失は私のせい」低体温℃
重く暗いシーンを描いてはいるが、語り手の饒舌さによって、沈澱することなく展開していく。沖縄で水牛が、重たい荷車をごろごろと曳いているのを見たときに感じた快さをこの作品からも感じた。テーマに沈み込んで停滞するのではなく、深い痕跡、印象を残しながら進んでいく。この人にしか書けない比喩も良い。
○「紺青蝶」レンネユキ*
感嘆符の挑戦的な試みが面白い。虫の純粋な躍動を思わせる。詩にみなぎる緊張感には、額におさめられたものを余す所なく表現するというよりは、空想の蜘蛛の巣にかかった事物を余すところなく味わう、というような意識が感じられた。音、詩の見た目にも美意識が行き届いた作品。吉増剛造の詩は良い参考になるかもしれない。
○「痛み止め」石渡紀美
水になにか混じって、ゆらめくような、不穏な空気感が伝わってくる。書かずとも、その場の空気感を伝えることができるというのは中々できることではない。空気感と言葉の選択をあわせることができれば、より作品を洗練させられる。夏目漱石が随筆で使うような言葉が世界観に似合うかもしれないと個人的には感じた。
○「静かに檻を眺めては」村口宜史
檻のついた不自由な「閉鎖病棟」と木々の生い茂る自由な檻ともいえる「森」、「俺」と「幼い姉妹」という対立関係が興味深い。「ラッパ」はハーメルンの笛のような意味を感じた。重たく沈鬱な感じが強いが、語り手の「俺」は檻のなかに囚われている状況なので、その沈み込み、止まるという印象は書き手の意図通りだ。
○「生命感」アリサカ・ユキ
「埋めた石」は体内で生じる結石のような、不気味な存在感を放っている。地上に落ちる「影と光」、そして命の躍動と痕跡によって、わたしたちがいま生きている世界を生々しく描き出そうとしている。まずは強い光(白)を置いてから、影の暗色を置いていくような描き方を感じた。
○「闇」花山徳康
最終連が特に鋭くて良い。柔らかく自由に飛び跳ねていくようなイメージが、最終連で統合されていく感じがある。戦争を思わせる、重たく暗い場面を描いているが、語り手の自由気ままな語り口によって沈み込むことなく、連を越えるごとに頼もしく進んでいく感じがある。「……」が休符のように、詩にリズムを生んでいる。
○「みったくない」福富ぶぶ
エンジン音を低く鳴らしながら爆走するような勢いが詩にみなぎっている。三連目の最後の言葉が、まさにその勢いに言葉がのっている感じがあって良い。一連目の「クジラ」のつながりが直感的にわからずに立ち止まったが、車に乗っている時も、窓から見える景色はすべてとけて、かえって面白い光景にみえてくることがある。
○「音のない声」雪代明希
「しんしんと」「ふりつむ」「雪」に焦点を当てることで静止画になっていない。まるで心の中にある景色に向けてカメラを回したかのような、映像的な作品に仕上げている。空から落ちる雪を見ていると、リズムを刻みながら降っていているようにも見える。その雪のリズムがこの詩にも反映されている感じがある。この静けさを守るために、最終行と前行を入れ替えた方がいいのではないかとも思ったが、これは判断の分かれるところだ。
「暁の門通りのふたり」木村文
夜に浮かぶ「わたし」と「あなた」の白い衣装、舞い落ちる雪の色。「眼」の色。暗色と白色はやがて、「暁」色にすべて溶けていくのだろう。「雪」という言葉に不思議な魔法が宿っていて、二人が立つ場所を静かな舞台に変えている。情景と心象がうまく溶けあい呼応しあっている。
「Z世代」多賀嶋
「言い得て妙」な事柄を、言葉の力で大きなスクリーンに映し出しながら表現している。軽妙ではあるが、詩でこそ伝えたいことだったのだという書き手の思いが伝わってくる。種田山頭火の自由律俳句が、この書き手にとって良い参考になるのではないかと感じた。山頭火の作品は短いが、極めて映像的である。
「Apple製品isアンデッド」光枝ういろ
「くさったりんご」と、「半永久的に生き延びる」「ついーと」。現世と常世の対応関係のようにも見える。「レモンアイス」も、瞬く間に溶けてしまうものだ。現世の儚さの中でこそ、鮮烈な一瞬は生まれるのだというメッセージを最終行から読み取った。
「かじ」德永有美
ヘンゼルとグレーテル、赤ずきん、三匹のこぶたといった名作物語が融合しあい、かつ「映るもの全てを美しく見せ移る時を」といった「うつ」の遊びなど、言葉の意味と音も融合し合いながら見たことのない情景を見せる。かけ言葉が面白く、筆者はまず音からイメージを生み、詩へと昇華させていったのではないかと思った。
「まだ生きている」水井良由木
生きていくにはお金がかかる。苦痛に悲鳴をあげる肉体に鞭を打って、「お上」のもとへと馳せ参じていく。その状況はまさに、「アイアンメイデン」に抱かれている状態だといえるだろう。その拷問器具はあえて急所は外して釘を仕掛けていて、苦痛が長く続く。心象描写がうまい。目の前にある情景を同じ熱量で描くことができれば、今後より作品世界の解像度をあげることができる。
「誰かに話したかった今朝のこと」いちのちかこ
「あの子」と「夫」、そして家族で育てている「野菜」、家。この詩に登場する全ての事物に、語り手の愛情を感じる。「一、一」「ただ、今」という言葉遊びは、その言葉を取り巻く情景を想像させる。「お勝手」「菜箸」という言葉から、筆者の上品さが伝わってくる。上品とは優雅であり、優しいということだ。
「わたしと祖父」あられ工場
平和な日常を生きる「わたし」と、原爆によって被爆した「祖父」。祖父の体験をつぶさに描いていくことで、「わたし」の日常から平和の意味合いがおのずと浮かび上がってくる。六連目「戦闘機じゃないといい」にどきりとする。私自身も「無抵抗に空を見上げる」ことしかできないだろうと考えさせられた。最終連もいい。重いテーマではあるが、説明するより、うたうように書けば、より普遍性を得られる。
「転換」各務あゆみ
書き手の中には大きな川が流れていて、それをそのまま注ぎ込んだかのような勢いを感じた。特に一、二行目の「牡蠣」のイメージが面白く、その壮大さを最後まで失わずに走り切っている。生来の大きな川に堤防をたてて、自分の好きな世界を作り上げるには、好きな詩人を見つけることが一番役に立つ。現代詩文庫シリーズや、中原中也賞候補作などを大きな図書館で読み漁ってみるといいかもしれない。
「人生」ショーテン
借り物ではない、自分で得た発見が、この詩の底を光らせている。日記のように何気ない言葉をつづっているように見えるが、声に出して読んでみると、筆者はこの言葉の音感を意識しながら書いたことがわかる。リズムよりも、音への美意識が高いのだと思う。書き続けていくために、現代詩文庫シリーズを片端から読んで、自分が目にしてみたい世界観を探してみるといい。
講評を終えて
詩にはそのときの心象があらわれる。今回は戦争をテーマにした書き手が多く、時勢を感じずにはいられなかった。この投稿欄はまもなく四年目に突入しようとしているが、「戦争」のイメージは夏、終戦記念日に想起されることが多かったように思う。
いつもは手書き原稿なのに、今回はPCを選んだ人。逆だった人もいた。わたしもその時々で、気分によって使い分けている。手書きは散歩、PCは車のイメージ。散歩道で思いがけないものを見つけることもあるし、車でしかたどりつけない場所もある。(マーサ)

1990年埼玉県生まれ。詩人。第五十四回現代詩手帖賞受賞。『狸の匣』(思潮社)で第二十三回中原中也賞、『雨をよぶ灯台』(思潮社)で第二十八回萩原朔太郎賞受賞。
