「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、その一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2025年5月9日から6月9日の募集期間に投稿された四十二篇の中から選考を行い、四十二篇すべてにマーサさんからの講評をいただきました。



カイ 更科 憬
母には何も聞けずに、いる。
流れず喰らいついた今生の、
何を諦めきれずにいたのか、
すっかり忘れてしまって只。
役割を全うしていたろ、夜
の踊り場、淡い木目に真四
角の踊り場に腰かけて、眠
れず頬杖ついて待っていた
ろ、灯り点さず、人等の声
が消えるのを玄関の靴が減
っていくのを、おりれず手
持ち無沙汰で壁のクロスを
爪で少しほじくるくらいの
抵抗で、黙していると皆が
よろこぶ、三の指をうまく
つくれなかった頃からの僅
かな知恵。泣き喚く子を横
で冷ややかに見ていたが同
様に交番に連れて行かれて
初めて之の感情を知る、真
似てみるとどうしても説明
できないもので溢れ、止め
たいのに一向に止まらず、
何か別の生物が之の中にい
るとしか思えず制御できな
いことが恐ろしくなった。
<注意深さの機能向上を求めます>
日当たりが決め手だったと
言う南向きの家の午後、庭
側の網戸から心地良い風が
レースカーテンをベルライ
ンに躍らせて足元まで泳い
でくる、眠気で体が熱い、
冷んやりしたところで午睡
したい、ダイニングテーブ
ル下に拵えられた棚、チラ
シや新聞紙の仮置きの隙間、
家族は誰も入れない狭小な
隠れ場、その僅かな空間が
不思議と包み込んでくれる
ようで恰好の居場所に思え、
猫よろしく、畳まれた新聞
紙の隣で同じように横たわ
っている時間が好きだった、
目を閉じ手をだらんと伸ば
せば床近くに群れからはぐ
れた、いや、あれは群れを
諦めきった一匹の魚。水槽
に閉じ込められていること
を知っているようだった、
混ざれば乱すことも知りつ
つ幾度も繰り返してきたん
だろ、距離を取ってずっと
様子を伺っている。棚に段
々とこの頬の熱が伝わって
いってしまう、木目の冷た
さを別の温度をもう少しだ
け感じていたい、あの魚は
何を思ったのか、最後にも
う一度だけ試した、群れは
統制が取れなくなり右往左
往して、頭の中がいつまで
も騒がしい。あの一匹もど
こかへ行ってしまった。
<搭載された強度はこれ以上改良できません>
季節がたずねれば否応なく
役割に目覚めるだろ、花は。
頑なにすぼむことを選んだ
裸子葉は冷たいまま生きる
葉の痕跡、トーンを落とし
た金継ぎ、注ぐものもなく
之で往くことも亦役割か、
雲に痛みと揺らぎ。薄明に
は藤鼠の痂、剝がれて岩桃
(粒子番号:任意)、透き
影にほころんだつぼみのひ
とひらが、この掌の中で、
小さく真っ白い鏡貝に変わ
っていった、どこかにもう
片方がかつて同じ海にいた
ことを静かに物語る形状、
身が流れてもなお、割れず
に深く砂の中でずっと息を
潜めていた、あなた、は蘇
生するために変わってしま
って、もいい。継ぎ目を今
度は叩き割ったとしても、
いい。

墨野 三明十種
墨野なのだ
軟骨を磨り減らせて
コナラの枯レ枝が肩と擦れ合う度に
済みませぬ済みませぬ、
と断りながら、
ずいずい分けいつていけば
うすずみのうつろがうつろひおわり
うすばかげらふのうやむやなうわばみ
うすらばかのうしろすがたがうたう
元元から其処に在つたであらう
棺桶型の更衣室がへしやげて
半開きの扉からだらしなく
雄牛の舌が
垂れて
ゐた
墨野なのだ
墨野なのだからして
こがらしのふくたんびに
このやうにぢすべりするさまで
永年思ひ病んでおつたであらう
未だ青い儘の団栗を
踏み捻り潰せば苦苦しい匂ひ
遺されてある焚火跡
消し炭になつた影が
ひと山越えて
ゆく
さう此処は、
――――――――新世界(或いは人棄テ
こうして坐して待ってゐる
やさしいあの聲で呼ばれることを
それが、二月の、
朝だつたか、昼だつたか、
夕だつたか、定かぢやないが、

群青の空 三明十種
群青の空
TOWER RECORDSの袋
高く舞い上がる
群青の裂け目に
吸い込まれていくというより
群青の綻びに
編み込まれていくというのが近い
バイヤスに
光を和らげながら
群青の空の
最奥へ
・
そして
思い出すのは
吹奏楽部のあのこの
あの半音ズレの
きちがいぢみた甲高いラの音
聴いた空
でも群青で
・・
赤ロゴ逆サ
新自由、NIRVANA、frontman、散弾銃、
灰になつて
群青が
解けてきたら
わずかでいい
赦して
欲しい



川べりの生活 浅浦 藻
洗濯物は入れすぎないこと さもなくば
洗濯槽から水が溢れ 地上は大洪水に見舞わ
れるであろう という 噓くさい禁忌が 共
有ランドリーの壁に貼られていた
しかし
夜 それは起こったのである
洗濯物を溜めすぎた住人が 古びた洗濯機
にコインを入れた 一気に洗濯しようと三日
分の洗濯物を押し込み蓋を閉めると 洗濯機
は一瞬 身震いのような振動をし その一瞬
ののち 地を割るかのような轟音が響いた
洗濯槽から水が溢れ ランドリーは水浸しに
なった 溢れた水はリノリウムの廊下を激流
となって流れていき 暗い水の流れは 蛍光
灯の明かりを弾きながら 玄関のドアの下の
隙間を滑り抜けていく
叩き起こされた古老の管理人がいまいまし
げに叫んだ 洗濯物を詰め込みおったな 壁
に戒めが書かれておったじゃろう
私と同居人は顔を見合わせ 長靴を履いて
外へ飛び出た そこで私たちはこの街が存外
に高低差のあることを知る 奔流が流れ込ん
でいた 住宅街のゆるやかな坂道に そこか
ら少し低くなっている公園に
このあたりは昔 川が流れていたのじゃ
流れが変わって枯れておったのじゃが 追い
ついた古老が言った より低いところを求め
るように 過去の地形をなぞるように 水流
が街を駆けていた 街に川の流れる低い音が
していた 私たちは川べりにいた
そのとき 少し遠くで鳴っていた轟音が
ひときわ大きく響いた 水源――洗濯機の唸
り声であった 古老がふたたび叫んだ いか
ん 暴走しておる 古老と私たちは手に手を
取って逃げた 方舟は間に合わないだろう
川はその夜 大きく蛇行しながら街の低地
を抜け 街は一晩水浸しになった 街の人た
ちは全員無事だった 修理の人がすぐになん
とかしてくれたので 太古の惨劇は繰り返さ
れずに済んだのである ただ三日分の洗濯物
のうちのいくらかは 奔流に流されていき
おそらく海に出たのであろう 朝になって
ふたたび干上がった川べりを 私たちは河口
まで歩いた 私の靴下の片方と同居人のパン
ツはとうとう見つからなかった



扉の向こう あられ工場
うつむいて
右手の爪と左手の爪を
合わせて
カチカチと鳴らす
ほとんど振動しか伝わらない
カチカチなんて、音はしない
それより、むこうから
卓球の音が絶え間なく
聞こえてくる
ワイヤレスイヤホンから流れるサンバを越えて聞こえる卓球の音
そう言えば、吹奏楽部の練習中も、卓球部は無敵だった
卓球台の上を
ピンポン球が行ったりきたり
おじさんとおばさんが
ラケットで打ち返す
ラリーは続く時もあれば
打ち返そうとラケット構えたおばさんの前にスルッと
もうひとりのおばさんが入って打ち返す
ダブルスは難しい
いよいよ打ち返せそうと思ったら
ピンポン球は戻って来ない
いよいよ打ち返せたと思ったら
ヘンテコなところへ飛んでいく
オレンジ色のピンポン球は体育館の床を
コンコンコンと高い音をたててバウンドする
慎重に打ち上げたサーブ
ラリーは続くよ右へ左へと
ステップを踏みながら、球を追う
卓球台の前で軽やかなステップ踏んで
サンバにピッタリ
タイマーが鳴るよメンバーチェンジ
サーブを打つよおばさんサーブ
キレのいいバックスイング
棒立ちしている暇なんて無い
体が勝手に動くよ、サンバカーニバル
平日午後2時
わたしは区民館の2階でパンを食べている
ソファーの隅で
入ったばかりの会社にどう切り出そうか思い詰める
この瞬間も目の前の体育館で
おばさん達はせっせと
右へ左へと球を追い
ラケット振って
体を捻って
あらゆる球を打ち返えす
あらゆる球をだ
とんでもない方向へ打ち返し
空振りする
華麗なサーブに
素早いバックスイング
打ち返そうと構えていたけれど、
ピンポン球がネットに引っかかった瞬間
静かにラケットを下ろすおばさん
みんな、真剣だ
ラケットを振った直後は
腕がまっすぐ伸びる
スマホ教室の休憩タイム
卓球を見に来たおじさん
悪いけど、そこに立つとわたしが見えないわ
わたしはずっと、ソファーの隅で
サンバを聞いて詩を書いている
記録を書かず、仕事の書類も読まず
卓球するおばさんとおじさんをチラチラ見ながら、
わたしは詩を書いている
仕事を辞めたい
講評は次ページに続きます