「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、その一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2025年9月12日から10月14日の募集期間に投稿された三十篇の中から選考を行い、マーサさんから講評をいただきました。 今回は前回に続き、二篇ご投稿いただいた方は一篇のみの講評となります。

ペトリコホル 三明十種
雨が 土から にじめば
草は 根から ほころぶ
雨が 川から あふれば
花は 弁から おちゆく
空の上蓋がごつそりはずれてね
雨があふれでてきたものだから
百億の天使の慌てやうときたら
ついいましがたまで
泣いていたのだらう
こんなに地べたが
膨らんでゐる
雨が 路から にほへば
吾は 咎から はなれる
空の上蓋をこつそりはめてきてね
雨をぎゆつと押し込んでおくやう
そのうちまた会いませう、朝夕に


鰓 あらいれいか
紫陽花のかたわらで
ハコニワのようにおきてしまう。
灯台はまだ点っていない
午睡の窪み。ぼうっと燃えている。燃えながら、
消灯された都市模型が。ひとつも やけない
そこではなく、そこではなく、と語るより早く
沈黙より濃く、指先でつつくと あの奥
さらに その奥、しわざのように なおさら
笑ってる垂直に吐きだされるくしゃみが
ちり、って湿地でラッパを吹く
雨が降りますようにではなくて雨が死にますように
ときどき粘りつく貼りつけてくる喉元に
くゎり、くゎり、過する。それが、最後の交信だった
にもかかわらずにもかかわらず私は存在しないが
存在しなさもまたこんなにやわらかく耳たぶのうらで
ちりちりと舞う「さわらないで」と言いながら
さわられたものだけが あたたかい喉に、
結露する。つめたい「みたい」という
延焼。濡れて乾き、乾いて濡れる
あらゆる凹凸を歩いている卓上図に、
だれが湿地にラッパを埋めたの?
いまだ息をしている気がして「きこえるか?」と
問いかけてくる斜光とわずか温度だけが溺れた順に
気配とそっくりな ひかりが一拍ごとに
輪郭を ずらし ながら くちばし を もった
すべての水位を 決めていたかのように
〝振りかざした 五秒しか とどまれない〟ひとの
そこに、海星の口吻を観測する 祝福のよう
静かに。ただの呼気と水準器の誤差
渇いた寝返り裏切り脈打つ午前二時の
遠さ 。 遠さ。遠さ 。
還らない、還らない、還らない
くる 、くる 、 くる 、
午前四時の皮膚片が死にきれずに
しかし溶けかけた包装紙になり果てる
読点が沈む。句点は浮く。鳥が一度だけ止まる
だからしずかに 傾ぐ。いや、そういうことではない
火種を選ばない背後から 「おまえは知らない」
ぬるく、ひらく、うそ。ねぇ それは
〈ひび割れた報酬を嗅ぐ、コバルトの獣〉
ヒンジから覗いた瀰漫の始祖たちが倒れている
そこのそこのそこのほう (古びた玩具箱の
泡沫紀行はうなじのあたりで氷点下にむかって
水温を忘れた歯車と背負って透明な手袋としって
動き出す。ガラスを吸ったみずうみ。――歩いていった!
泡を踏む。踏む。踏む 踏む、踏。踏 ふ、
しわだらけの鉄と震えきる直前に――立ち上がる、の、では、
なく ゆらめく コンクリートと あの あせた日向に
仮留めされたほつれから、潮が満ちたまま、めくらず
日付の、鉛筆の、芯がかろうじて 稜線から引かなくなった
音が 欠けたら、夜の かたまりを、指が 溺れ、雨は死ぬ。




黒い文字に抱擁するような水滴、滲むのはfallingobject. 碧はる
白線を越えると、
黒鍵の
断崖
やがて青
躙り寄る 粉末の射光が
無限の記号をしばらく結んでいる
中身を砕いて
泡沫の夜を抱く
蒼海 外側
氷嚢のような雲
湿る手の——。
(内側の)
手記。
軌跡を指の腹
でなぞれば
すこし青。
静かな場所に
逃避したいのは
誰しもの通行人で
彼らが語りかけてくる
反転する順手の重力で
パスできなかった鉄棒を超えることが可能
蟲が輪唱したような筆致の
和紙の手紙が斜め
に並んでいる
西向きの部屋で海豹が鳴いている
迎えのこないAbandonedamusementparkここは
白波と黒波の波動で養成される
私で
落ちるときにだけ物体となる。


曙光 井上正行
虹は
静かな水にとけて
読みかけの季節が
棚からこぼれる
ゆれるランドセルたちが
固くなったシャボン玉を
蹴飛ばしながら
去っていく
坂道を流れだす
黄昏が
夕闇の海に混ざり
汽水域に溺れた国道が
濡れて
薄紫色になった
唇を
明滅させる
震える肌
ソールに食い込む
小石
ギャリリと
引かれる
傷
偽物の水晶ドクロに刻まれる
本物の
ひび
絵の具を頰張る
筆先から滴る
シネマでは
独り正座する
女の子の丸いひざが
破裂するまで
優しく光った
塗り忘れた
画布の余白に垂れる
色もまた
記憶を翳すラインだった
手相の溝にふく風と
流れる運河が
宿命を風化させる
冷めた景色に
差し込む陽射しを浴び
リュックサックの
ポケットで揺れる水筒たちが
「多分多分」と呟きながら
あの坂を上っていく
講評は次ページに続きます

