「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、その一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2025年7月11日から8月12日の募集期間に投稿された四十二篇の中から選考を行い、マーサさんから講評をいただきました。 今回は応募多数につき、二篇ご投稿いただいた方は一篇のみの講評(佳作は除く)となります。



しあわせの三人 長澤沙也加
うみぞらのさかいがきえた
くろいまどのむこうで
たたみじきの部屋をひたしながらやってくる
なみおとをきき
眠れないながら眠りにおちた
やみのたかぞらには
色とりどりせいだいな花火のしたに
しっているかおの三人がある
しっているけれど
生まれたことがない三人が
きっと人はしあわせになるため
それだけがために生まれてくるのだと
はなすこごえがひとりねのみみもとに
つよくへばりつきそれは
うみぞらのなくなったさかいめから
ずうっと ざわ、ざわざわと
花火のうちあがるおとは
ピストルのおとににて
ずうっと
ときょうそうではしれなかったよと
三人は
ひとりがひとりをわらわせれば
べつのひとりがもっと、もっとと
もうひとりをわらわせて
わらいごえはふくれて花火にうちあがり
またわらった背中しかない
背中をひとり
わたしはたたみのうえにふせり
やみにひきずられそうなまどのむこうに
カーテンをひくため
袋になったおもたいからだを
よっこいせとたちあげれば
ひとりがひとり
まどにうつるくらいひとりの背中が
みえないどこにもない
わすれたの、この袋には三人の
ひとりにみえても三人の
くらいさかいめのないとおいまどから
悲しくない、悲しくないよと
わたしという袋には
生まれおちたそのときから
うちがわにしあわせの三人がある
しりたいとねがったのではなく
ただあるということでしか
あることができない背中が
くらいうみだったもののひょうめんで
霧になってしらなくなってぼうぼうと
すててもいいよ、いいよ痛くないから
むねのふくらみにてのひらをあて
つよくつぶした
ひとりはひとりに
四人目のひとりに
しみるなみのあしが
かききえながらひいていく


純粋な時間 一関なつみ
我ながら
子どもの頃から
ずる賢いタイプの人間なので
如何に親に注意されず
好きなことができるか考えていた
例えば小学校のイラストクラブ
資料として学校に漫画を持ち込み
放課後図書室横の閲覧室で
おばあちゃん先生監督の下
友人とイラストを描く静かな時間
例えば高校の文芸部
部室の一つはパソコンルーム
パソコンが精密機器のため
夏は快適なクーラー完備
部活の原稿をやっているが
高確率で
各々がピンボールか
ソリティアに脱線する
ふと、
ガラス張りの背後に目をやると
顧問の先生でもない
数学の先生が張り付いて
凝視していたりする
いま思うと
部員三、四人の廃部の危機も考えず
大会や表彰式の遠征も
楽しんでいた
純粋な時間 


大人になったら 一関なつみ
小学生の頃も
中学生の頃も
大人にどこか憧れていた
担任の先生や
周囲の大人に恵まれていたのだろう
大人になったら
もっと文章力が就いて
すごい超大作の小説が書けると思っていた
大人になったら
もっと画力に磨きが掛かって
素敵なイラストが描けると思っていた
大人になったら
もっとスタイルがよくなって
どんな服でも似合うと信じていた
大人になったら
臨機応変スマートに
仕事もなんでもできると思った
大人になったら
お金に困らず好きなだけ
なんでも得られるそんな気でいた
大人になったら
時間もお金も限られて
思っていたのと結構違った
大人になったら――
後悔だとか挫折とか
大なり小なり些細なキズを
ひっそり抱えているけれど
命を棄てず
生きててえらい


Scrambled eggs あらいれいか
ひらかれることのない傘が
舗道の粒に包まれてく
(ミントの味がしたぼくは
  噛まずに喉へおくった
カーテンのはるかぜが
チープなほこりをくゆらす
 ゲートではない
ふるいテープに託す みづにおとなう
多言語案内板の裏面に、あわだつ
通信をわずかに振動させる。褪色
 そこは立ち止まったひとたちなのさ
爪の間にのこった土がかわき
だれかの骨をけずり
かわりゆくことを
体の芯が/とまとスープで/みたされない
まだ届かないきみは目を凝らし
ぎょっとする参列者で。
背にういた鱗をしっていて、
にげた蛇は知覚に隠れる。
(ずっと、切り 離して
  走る 口を 開けた、いまだ)
海につきかけた指先が
縁をなぞると
すり減ったひびがまた
柔らかい波だとこぼした
たとえ、ほんのすこし
あかるい 廃墟の駅でも
てのひらの線が わたしをわすれて、
なくした時間をかさねみる未発行のきっぷ
ちゅうぶらりんな、ひよこ。『期限切れ』
つよめの弱火にして割りいれる
置きさられた通り
青信号がまたぐ交差点は
 ひとつ、み、ひとつと
陽のきれた公園、
お箸をもつほうじゃないから
うもれた眸につぶさに録画して
受付の名簿をだいてねむるコトバではなく
「誰もみていない限り、罪は存在しない
順番に仰げば星のかわりに焦がれている
さめたコーヒーの淵が舌を射す
青でも赤でもない部品
「すべての窓が流していたとおもうな
 公衆電話の受話器が、
 シグナルの真似を やめるまで。
あさのキッチン
バターがとけるおと。
Scrambled eggs
すぐちかくで
   くしゃ、ほろ、ぺた。


西郷星 花山徳康
上野は
すーっと高く
森の色の 雹も
……ほとりなら帰れる……
ガラスに
髪の影
……星が近く……
銃を振り上げている?
光のまま
……
ヨハン・シュトラウスのワルツ
針ほどの
……とりあえず登る
見えている気がした海のキラキラしたもの
まるで
定規につき破られている
雲
こぼれていくもの
夜を建てたようなネオン
広い屋根と軒に沿うシンプルなラインだけで誇る
ここが どこかを答えず
闇から一本
指さして
線路の下のザラっとしたトンネルを抜けて
すぐまた 別の入口 また
長いトンネルを抜けたら右に曲がって
着くから
戦艦を
照り返す
白いおしぼり
緑色の指をのばしてのばして飲む
熱さ
魚だらけ
どこも
ながれていく木の影
埴輪に呼ばれて立ち止まる……
割れる音はどこにもなく
さくらに溶ける……
黒い鳥
オフィスビルの空へ向かう角
もはや横顔……
歌碑に
耳をふさぎ
遠くへ踏み出る
気になった 気になった
講評は次ページに続きます


 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			