【フォトエッセイ】日本の包み紙 Collection◎上ヶ島オサム――第14回/羊羹の包み紙

第14回 羊羹の包み紙

 羊羹の代表格である煉羊羹は、小豆を煮詰めたペーストを漉して砂糖のシロップに混ぜて作った餡と、寒天を煉り上げて冷やし固めて作られる。羊羹の言葉のルーツは中国の食べ物にあるが、意外なことに菓子ではなく、羊肉のスープを冷やして食される煮凝りだという。

 鎌倉時代から室町時代にかけて、中国で羊肉の煮凝りの〈羊羹〉を目にした日本人は主に留学をした学僧たちだった。羊肉の煮凝りの〈羊羹〉は、それに見立てた精進料理へと転じて日本に伝来した。和菓子の虎屋の資料室・虎屋文庫がまとめた「ようかん年表」によると、室町時代の14世紀後半の史料『庭訓往来』に、点心の料理名として「箏羊羹」「砂糖羊羹」の記述が確認されるという。

 はじめに製法が確立された蒸し羊羹は、小豆の漉粉[こしこ]・葛粉・砂糖などを混ぜて蒸して作られるものになる。蒸し羊羹は日持ちの短い生菓子である。17世紀に羊羹は、日本で発見されたテングサの加工食材・寒天と出会い、糖度が高く保存性に優れた煉羊羹を新たに生んだ。

 17世紀半ばに京都・伏見の美濃屋太郎左衛門が発見したとされる寒天〈寒晒しところてん〉の逸話は、伝承として広く伝わっている。寒天の発見後、江戸で確立された煉羊羹の製法は、その後、江戸へ通じる街道を行き交う人々によって日本各地へと広められていったのだという。

 今回紹介する包み紙は、すべて戦前から戦後にかけての煉羊羹のものである。保存性に優れ、携行にも好適な煉羊羹は、各地の名産品、土産ものの色彩を帯びたものが多い。それぞれの土地柄が思われてくる包み紙のデザインとキャッチコピーに、涼味と旅心がそそられてくる。

〔参考文献〕
虎屋文庫著『ようかん』(新潮社、2019年)
中村弘行著『寒天(ものと人間の文化史 190)』(法政大学出版局、2023年)

【上ヶ島さんの羊羹の包み紙コレクション】

 上ヶ島オサムさんのコレクションから秘蔵の羊羹の包み紙を紹介します。粋な包装紙で味めぐりの旅をお楽しみください。(画像をクリックすると拡大表示されます)

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鬼平の日光小倉羊羹
鬼平の羊羹本舗
(栃木県日光市)
日光煉羊羹
吉田屋羊羹製造本舗
(栃木県日光市)
日光煉羊羹
湯澤屋庄兵衛
(栃木県上都賀郡日光町 現・日光市)
成田の栗羊羹
芦田屋本店
(千葉県印旛郡成田町 現・成田市)
米屋の栗やうかん
米屋本店
(千葉県印旛郡成田町 現・成田市)
柳屋の栗羊羹
柳屋本店
(千葉県印旛郡成田町 現・成田市)
鬼怒川柚羊羹
久保田屋製菓舗
煉羊羹
総本家駿河屋
(京都府京都市)
湯河原名物栗羊羹
不老月山竹羊羹
指月堂
(山形県東田川郡手向村 現・鶴岡市)
登山羊羹
平田屋商店
稲荷羊羹
岡田屋
(愛知県宝飯郡豊川町 現・豊川市)
枇杷羊羹
金木清兵衛
(千葉県安房郡富浦町 現・南房総市)
櫻桃羹
清和堂 西谷重次郎
(山形県山形市旅篭町)
葡萄羹
宮﨑泉月堂
(秋田県由利郡矢島町 現・由利本荘市)
氣比羊羹
指月堂
志゛ねんじよう羊羹
小笠原
(神奈川県中郡大山町 現・伊勢原市)
中村屋の海藻やうかん
中村屋本店
(神奈川県鎌倉郡片瀬町 現・藤沢市)
上ヶ島オサム

かみがしま・おさむ 紙物収集家。1957年北海道生まれ。東海大学工学部卒。著書に『レトロ包装シール・コレクション』(グラフィック社)、『絵はがきのなかの札幌』(北海道新聞社)、『さっぽろ燐寸ラベルグラフィティー』(亜璃西社)などがある。

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