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【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第71回/ドウガネブイブイの来訪

第71回 ドウガネブイブイの来訪

 ドウガネブイブイは体長2センチ程度、全身が銅色の丸っこいコガネムシの一種だ。成虫は各種農作物の葉を食い荒らす害虫として、農家からはとても嫌がられている。 

 幼い頃、夏の夜の街灯にこいつらがたくさん飛来して、翌朝になっても惰性でずっとそこに居続けているのをよく見たものだった。カブトムシやクワガタ目当てで早朝に街灯巡りをすれば、大抵それらがいない代わりにおびただしい数のドウガネブイブイを視界に入れることになった。別に派手でもなければ大仰なツノもキバも持たない、しかも素手で握れば必ず汚らしいクソを手に引っかけてくるこのシケた甲虫を、私を含めどこの田舎のガキ共も捕らえようとはせず、必ず跨いで通った。ほとんど、背景みたいな存在だった。それくらい、このドウガネブイブイという虫はありふれた奴だったのだ。 

ドウガネブイブイ。マメ科植物の葉は、特に好物 

 そんなド普通種の虫が、近年どういう訳か全国的に著しく数を減らした。特に、関東の平野部におけるこの虫の減りっぷりはあまりにも顕著だ。代わりに、かつては東日本ではまず姿を見ることのなかった、その親戚筋で全身緑色のアオドウガネが急速に分布を拡大しており、都市部では夏の夜のコンビニの灯りに大量の緑のコガネムシが集結する様が常態化している。 

「温暖化の影響により、暖地を好むアオドウガネが北上してきて、先住のドウガネブイブイを追いやってしまったのだ」と、多くの虫マニア共は確固たる根拠がある訳でもなしに言い、自身を納得させている。本当にそれが(いや、それだけが)原因かは判然としないが、とにかく現在、ドウガネブイブイを関東平野で見つけ出すのは至難で、恐らくひと夏をかけて探さねばならないような虫になってしまった。 

「少し山間部へ行けば、まだ普通に見られる」などと吐かす虫マニアもいるが、私は都合十三年間過ごした長野県において、記憶する限りこの虫を三回くらいしか見た記憶がない。ただ山へ行きさえすればいるという虫でもないと、私は思う。そんなこんなで、私は久しくこのドウガネブイブイを見ずに生きてきた経緯がある。 

アオドウガネ。全身緑なのを除き、背格好はドウガネブイブイと大差ない 

 2024年の夏、私が使っている北関東の無農薬貸し農園にて、そのドウガネブイブイが突如複数個体現れた。夜間(昼間では暑すぎて死にそうなので)、草むしりをしに畑へ行った際、無数のアオドウガネとクロコガネに混ざり、インゲンの葉を食い荒らしているのを見た。数年来使ってきた畑だが、ここでドウガネブイブイを確認したのはこの年が初めてだ。調べてみると、今年は日本各地の複数の畑で異例の大発生を認めた箇所があったと見える。 

 その理由は定かではないし、それがいいことなのか悪いことなのかも分からないが、私にとっては十数年来消息を知らなかった旧友が訪ねてきてくれたような心境だった。 

丸みのある顔は愛らしいドウガネブイブイだが、農家にとっては酌量の余地なき害虫 
クロコガネ。やはり農作物の葉を食い荒らす 
畑のインゲンの葉は、夜間に多数のコガネムシの襲撃を受けやすい 
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。