【連載】投稿の広場◎マーサ・ナカムラ——第19回

「投稿の広場」は、詩の投稿を募り、その一部をご紹介するコーナーです。選者は「詩のとびら」の著者である詩人のマーサ・ナカムラさん。今回は2025年3月10日から4月11日の募集期間に投稿された三十一篇の中から選考を行い、三十一篇すべてにマーサさんからの講評をいただきました。 

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夜桜  井上正行 

ばらまかれた命が 
真っ白な香りを 
夜道に投げかけている 

飛び散った矢印の先で 
かつての友人たちが 
季節を蹴飛ばしながら 
過ぎ去っていった 

薄暗い団地の脇から 
風を切る音がする 
野球帽に乗せられた 
小さな花びらが 
どこかの食卓を見つめていた 

夜に濡れた壁を 
コンビニのライトが乾かしていく 
窓ガラスからこぼれる 
キャラメル色の団欒は 
今日のエンドロールを 
うすもやの空に映し出していた 

どこへいくあてもなく 
空腹を携えたまま 
街に溶けていく 
私の足音が 
時の流れを進めて 
私の気配は 
排気ガスと混ざり合っていった 

誰もいなくなった道端 
猫背になった街灯 

その傍らで 
桜の手のひらが 
誰も知らない星座を 
抱きしめていた 

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命と、命  村口宜史  

人斬りの人と云う字は 
人ではない 

そう、述べるやいなや 
男は、張扇で床を 
三つ叩く 
ドン、ドン、ドン 
語り手と聞き手の間に 
ひとつの空間が 
あらわれて 
人斬りなるものの 
その斬殺や 
夏も、夏、 
その夏の打ち上げ花火 
ヒュー、ドン 
バリ、バリ、バリ 
ドッ、ドッーン 
夢では、おまへん 
命を三つ頂戴し 
なぜに、人斬りなぞと 
なれの果て 

ドン、ドン、ドン 
床を三つ叩く音 
語り手と聞き手の間に 
日常という距離感が 
あらわれる

ここ最近、えらい雰囲気 
かわってもうて 
どないしたんや

いやね、医者の話では 
村瀬さん、あんまり長くないで 
夏までやな 
/ 
夏まで、らしいですわ 
私の命も 

舞台の床に、座布団が 
一枚、敷かれてある 
その床を、張扇で 
三つ叩く 
ドン、ドン、ドン 
それが、世界です 

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四月四日  いちのちかこ

それは大きな大きな木でした
金平糖の突起を長く伸ばしたような 
無数の枝にブランブランと 
ぶら下がった袋には 
一つ一つ違うクエスチョンが入っていて 
風が吹くと一斉に揺れるのです 
それがまるで綺麗な花のようで 
目が離せなかったのですが 
桜が満開のニュースの日に 
花のようなその袋たちは破れて 
飛び散ってしまって 私は 
拾い集めることさえできませんでした 
あれは何だったのか 
下で長電話をしている人の語気が 
強くなって思わず聞き耳を立てました 
無知は怖い 
思わぬところで足をすくわれます 
この状況もこの空気もいつもと変わらない 
と、落ち着け、と言い聞かせるように 
赤く染めた髪を触る手を止められない人 
一人置いて帰るのが私はとても不安でした 
飛び散った袋の破片があの子の体に 
びっちりと付いていたから 
私は何を何を何を見ていたのか 
へばり付いたそれを一枚一枚剝ぎ取って 
花弁にしてまたあの子の体に 
付けてやりたかった 
知らない事が多すぎて悲しくなります 
せめてあの子が綺麗な花になれば 
みんなが敵に見えることもないでしょう? 
私が見間違えていた袋の 
中のクエスチョンが 
針のようにあの子を刺している 
刺されていながら笑っている 
笑っていながら泣いている 
泣きながら謝っている 
何に? 
四月四日、桜が満開を迎えました 
花見客で各地にぎわっていますよ 
笑顔も満開です 

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日々のゆくえ  碧 はる

背骨からはみだしてくるきみの吐露を海で融解して進もうね 
変化を知らないままの 
月光の伸びが 
きれいに並んでいて 
ここからでは到底 
届かない祈りの 
星の煌めきなんかを 
もっと届かないものにしていること 
堂々巡りの季節の中を日々泳ぐみたいに 
ごく自然に 
みてとれるよ 
届かない祈りはもうひとつあって、三白眼みたいな平凡の中の静けさがある、桟橋の軋みはね、もう、ここからは海のゆりかごで上書きされていて、聴こえないんだけどね、たしかにあそこにあった、って、そうだった、って、僕たちは気づいたら祈ってて、ねえ、いつまで泣いてるの、霧だよ、はみだすほど、オールのもたれは累積されていく、いいけどさ、いいけど、(霧、だよ、)真白の中にいる、行く宛のない不在が、どこまでも続いていく様、不安といっしょに、このながいながい航路に乗って、どこまでも進んでいくよ、こわいよね、戻りたいよね、助かりたいよね、歯車になるオールを安心して動かす、(あ、シンクのネット替えるの忘れてた、)この白いものが晴れたら、次に停滞するとき、いっしょにいこっか、(黒い水流には、月光の表面性と、動き続ける物体と、愛たちが映る)調光される空の中には、僕たちの、破裂してはまた膨らむ生活たちも、酔ってて、徐々に、徐々に白んでいく、あがるボルテージに呼応するように、すっかり朝だよ、光はこんなにも不在を晴らすんだね、進む向こうの、水平線が眩しい、ねえ、もう顔あげて、ほら、春。 
オールの動きを止める 
春の中で 
残り香のようにまだ、立ち込める霧と 
どこまできたのかわからないきもちと 
海と 
時間、その全て 
周る朝日の煌めきによって光になる 
君から溢れる涙の 
ひとつひとつは分かっていたように 
風にさらわれて海とつながる 
まだ頰に残っている 
  ありがとう、おはよう、おやすみ、おはよう、じゃあね 
探らない 
わからない部分を残しておきたいから 
進む船は 
いつまで経っても辿り着きそうにない  

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猫以前  花山徳康

一刷け 
猫が灯る 
数えてみろ 
猫ですらない 

一人 二人 
透き通るのはどこの国 
どのタイミング 

……青い桜 
まだ小さい小さい 
お椀を 
往き来して 
さらに分けそれから 

振り向くことはないんだ 

横に 
ふすまの線へ 
窓の窓へ 
仰向き 
……数え 
……やっと 

テレビにグラフが灯る 
天の川と 
川の間 

講評は次ページに続きます

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