【フォトエッセイ】草木を訪ねて三千里◎藤井義晴――第25回/温州ミカンの真実! 

第25回  温州ミカンの真実! 

 ニッコウキスゲ(日光黄菅)やハコネウツギ(箱根卯木)、イブキジャコウソウ(伊吹麝香草)など、地名がついた植物があります。多くはその地に生えている日本在来植物ですが、最近は希少になってしまって絶滅危惧種に指定されるものが多くあります。 

 たとえば、リュウキュウハナイカダ(琉球花筏)。沖縄諸島と奄美群島にのみ生育する固有種で准絶滅危惧種。葉の真ん中に花が咲く珍しい植物です。ハナイカダを初めて見たときは驚きましたが、花は葉から進化したものなので不思議ではないそうです。 

リュウキュウハナイカダ 
6月中旬に撮影 

 キイジョウロウホトトギス(紀伊上臈杜鵑草)は、紀伊半島南部に生息する固有種で、絶滅危惧Ⅱ類に指定。「上臈」は身分や地位が高い人という意味です。仲町六絵さんの推理小説『京都西陣なごみ植物店』シリーズの第一話で「逆さまに咲くチューリップ」の謎として紹介されています。 

キイジョウロウホトトギス 
10月、筑波実験植物園 
キイジョウロウホトトギスの花 
ユリ科のホトトギス属は世界に20種しかなく、その半数の11種は日本固有種で日本が原産地と推定されている。チューリップもユリ科なので、間違えても仕方がないかもしれない 

 ニッコウキスゲはユリ(百合)に似ていますが、最近の研究でアスパラガスの仲間のワスレグサ科に移されました。日光の名前がついていますが、尾瀬や霧ヶ峰にも大群落があり絶滅危惧種ではありません。 
 ただしムサシノキスゲ(武蔵野黄菅)はこの変種とされ、東京都府中市にある標高80mの浅間山[せんげんやま]にのみ自生しており、東京都の絶滅危惧Ⅰ類に指定されています。 

ニッコウキスゲ
6月上旬、箱根湿生植物園 
ムサシノキスゲ
5月下旬、筑波実験植物園 

 キシュウスズメノヒエ(紀州雀の稗)は、1924年に和歌山県で発見され命名されたもので、北アメリカ南部が原産の外来植物です。水田でも畑でも生育可能で、匍匐[ほふく]する茎を刈り取るとその断片からすぐに再生するので難防除雑草です。 

キシュウスズメノヒエ
7月、長崎県島原半島 

 シマスズメノヒエ(島雀の稗)もこの仲間で、1915年に小笠原諸島で発見され和名を付けられました。南アメリカ原産で、原産地では牧草として利用されていますが、日本では全国で雑草化し道端で普通に見ることができます。 

シマスズメノヒエ
9月、つくば市内。上の写真は穂で、毛が多いのが特徴 
シマスズメノヒエ
9月、つくば市内

 さてミカンです。ミカンは、外来種と在来種の名前が逆転しています。 
 江戸時代までのミカンは、キシュウミカン(紀州蜜柑)で、西日本ではコミカン(小蜜柑)と呼ばれていました。紀州の名前がついていますが中国原産で、平安時代に日本に持ち込まれ、15世紀に紀州有田で栽培され広がったのでキシュウミカンと呼ばれるようになったといわれています。 
 しかしキシュウミカンは、小さく種が多く酸味も強かったので、明治時代になってから、ウンシュウミカン(温州蜜柑)に取って代わられました。いまミカンといえばこちらでしょうか。 

キシュウミカン  
筑波植物園で11月に撮影。実は3~5cmくらい 

 温州は中国浙江省の温州市のことです。中国のミカンの産地温州から日本に持ち込まれたと宣伝したかったがための命名のようです。 
 しかしウンシュウミカン、実は日本の九州で生まれた栽培種で、キシュウミカンとクネンボ(九年母)の雑種であることが解明されています(2016~18年、農研機構果樹茶業研究部門での研究成果)。クネンボもキシュウミカンの子なので外来種を元に日本で改良された栽培種だったのです。 

 筑波山には奈良時代から伝わるフクレミカン(福来蜜柑)があります。皮が七味唐辛子に使われ、農水省のWebサイト「にっぽん伝統食図鑑」に記載されています。筑波山みやげに最適です。 

フクレミカンの花 
筑波山北斜面の逆転層で6月に撮影。筑波山はミカン栽培の北限とされる
藤井義晴
モロッコのワルザザード渓谷で

ふじい・よしはる 1955年兵庫県生まれ。博士(農学)。東京農工大学名誉教授。鯉渕学園農業栄養専門学校教授。2009年、植物のアレロパシー研究で文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。『植物たちの静かな戦い』(化学同人)ほか著書多数。 

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