【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第86回/虫探し悲喜こもごも

第86回 虫探し悲喜こもごも

 微妙な気象条件の変化で大敗を喫する可能性の高い道楽たる虫採りだが、それでも負けた理由が気象条件だけならばまだいい。また次の機会に行けばいいのだから。場合により、フィールドそのものが消滅している場合だってある。生息地がなくなってしまえば、もうそこでは永遠に虫が採れなくなるのだ。

 今の日本は、自然環境の劣悪化が秒単位で急速に進んでいる。多くの虫たちの生息地たる雑木林、草原、湿地に池、海岸が、次々に住宅街やら道路やら、「環境にやさしい」メガソーラーやらに置き換わっている。珍しい虫が数年前(いや下手すれば数日前)に採れたというので、わざわざその生息地に出向いたら、辺り一面太陽光パネルだらけだったという経験は、私も一度や二度ではない。逆に人がまったく手を加えなくなったせいで、元々草原や湿地だった場所が月日と共に森林化・陸地化し、それに伴い草原・湿地性の虫が姿を消してしまう事もよく起きる。それ故、文献上に記された虫の採集記録は、一秒でも最新のものを当てにせねばならない。

コヒョウモンモドキ。2003年、長野県松本市三城で撮影。その翌年以後同地からは姿を消した。シカの食害により食草クガイソウが根こそぎなくなり、絶滅したと考えられる。環境省レッドリスト絶滅危惧ⅠB類
ツヤキベリアオゴミムシ。全国的に非常に稀な湿地性甲虫で、池の岸辺に住む。千葉県外房の某溜池群はほぼ唯一の確実な生息地だったが、数年前の改修工事で池の水かさが大幅に増し、岸辺が広域にわたり水没して以後は絶滅した模様。環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類
ドウイロハマベゴミムシ。かつて塩田があったような海岸沿いの湿地に住むが、全国的に生息地は極限される。本種の生息適地は、メガソーラー建設適地でもある。環境省レッドリスト準絶滅危惧

 反面、数十年も前の昔に珍虫がいたという場所を戯れに訪れた際、今なおそいつが細々と生き延びている様を見た時の嬉しさったらない。お前、よく生き残ってたな! と、つい声に出してしまう。例えばソトオビエダシャクという珍しい(が外見は地味な)ガは、現在国内で確実に生息するのが信州のとある河川敷のみ。当地にて本種の生息が最初に報じられたのはかなり昔の事だが、このガは生息条件として草が繁りすぎず、こぶし大の丸石が堆積した荒れ地を好む。河川敷環境というのは、川の水位増減などにより激しく様相が変化する。まして、昨今は防災対策上の観点から、日本中の河川敷が護岸化や埋め立ての憂き目に遭っている。そんな河川敷の、数十年も前のムシの生息地の状態など、今や完全に変わり果てている。すなわち、もうそんなガなどいないだろうとの思いを抱きつつ、それでも私はつい七、八年ほど前にその場所へ行ってみたのだが、嬉しいことにガは僅かながらも生き残っていた。こういう出会いの可能性もゼロではないからして、古い時代の採集記録も決して軽んじるべきではないのだ。

 文献情報に加えて、昨今の虫マニアが大いに活用するツールが、インターネットの地図検索サービスだ。古い年代の情報をあてに虫探しに行く場合、先述の理由により、虫の生息地がすでに壊滅している可能性が高い。限りある時間と金をかけて、わざわざ出向いた結果がそれではあまりにも報われないため、虫マニアはあらかじめこうした地図の航空写真を家にいながら閲覧し、目的地の近況を確認する。その上で、今なお環境が良好そうならば遠征を決意するし、宅地化しているなど虫の生息がとても望めなさそうな雰囲気なら、その地点から一番近い所にあって環境のよさそうな別の候補地に見当をつける、といった具合だ。

ソトオビエダシャク。2025年9月時点でも、からくも生息地での生存を確認できている。環境省レッドリスト絶滅危惧ⅠB類
ハガヤスデ。アリの巣内に住むヤスデで、1956年、東京都23区内のとある地点で得られた個体に基づき新種記載された。現在その地点は完全に宅地だが、ネット上の航空写真で同地付近のそれらしき環境を見定めて探しに行き、見つけたのが写真の個体
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。

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